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第三章 白い悪魔と呼ばれる者達

第十六話

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 リヒトさんの邸宅に来てから早一ヶ月。
ここはウィルフリードさん達が住う邸宅と同じ位の広さと大きさを誇っていた。外観は比較的新しそうだったので「いつ建ったんですか?」と聞くと、リヒトさんは渋い顔をしながら「……六年前だ」と答えていた。

 後からテオバルトさんがコソッとこの邸宅は奥様の希望に沿って建てたものだと教えてくれた。確かに内装や家具などが高級そうに見えたので、なんだかリヒトさんらしくないなぁ……とは思っていたけどそういう事情だったなんて。

 あ、そうそう! くだんの奥様は屋敷には居なかったの。どうしていないんだろうってたら、ここでずっと働いていた使用人達がリヒトさんの顔を見るなりシクシクと泣き初めたからびっくりしたわ。使用人達の意見をまとめた結果、奥様が「暫くこの屋敷には帰らないから♡」とある日いきなり宣言した後、大きな荷物を持って出て行ったらしいの。

 それと同時に使用人達の給料が支払われていなかった事も判明したわ。それはリヒトさんが帳簿を確認してすぐに未払い分を支払いしてたけれど。その時のリヒトさんの顔は鬼のような形相をしてて、さすがの私も近寄らないでおこうって思ったくらい。

 でも、諸悪の根源である奥様がいないお陰でリヒトさんはストレスを感じる事なく、自分の家に帰って来れてるみたい。目元の隈も無くなってきてるようだし、ぐっすり寝れるようにもなった––––そのはずなのに、今も私と一緒に寝てるの。

 この前、リヒトさんに「別々の部屋で寝ないんですか?」って聞いたら「……まだ完治してないから」って言ってはぐらかされてしまったわ。なんだか大きな子供と一緒に寝てるみたいな心境ね。嫌じゃないから、今でもリヒトさんと一緒に寝てるんだけど、側から見たら変……かな?

 あ! これは最近発見したんだけど、寝てる時のリヒトさんがすっごく可愛いの! いつもは顰めっ面なんだけど、寝てる時は童顔に変わるんだ~! これはリヒトさんに言ってないから、私だけの秘密なんだけどね!

 ––––と、ここまでが私の回想である。

 今はリヒトさんに与えられた私の部屋でドロテーアにお茶会の作法を学んでいる最中だ。テーブルの上にはティーセットとケーキスタンドが置かれており、ケーキスタンドには下段にはキュウリのサンドウィッチ、中段にはスコーン、上段には小さくて可愛いケーキ達が乗せられている。

「落とさないように……落とさないように……」

 私は真剣な表情でブツブツと呟きながらナイフとフォークを巧みに使い、サンドウィッチを取り皿に移す事に成功した。心の中でガッツポーズをした後、そのままナイフで一口サイズに切り分ける。だが、スライスしたキュウリ達が中からグチャリとはみ出してしまい、結局落胆する事となってしまった。

「うーん、難しいなぁ……」
「シャリファは上達するのが早いから大丈夫! 普通の人でも難しいから気長に練習しましょ!」

 サンドウィッチの具材がはみ出ないように食べるのが一番綺麗な食べ方らしいが、私にはまだまだ難しい。私は唇をツンと尖らせて「リヒトさん、早く帰ってきて欲しいなぁ……」と呟く。

「シャリファったら、さっきからそればっかりね」
「うん……だって、リヒトさんの許可がないと外に出られないんだもん」

 一口サイズに切ったサンドウィッチをフォークで刺して口に運んだ後、カトラリーを置いて私はティーカップに手を伸ばした。

 この紅茶はリヒトさんがコーヒーが飲めない私の為にわざわざ茶葉を買ってきてくれたものだ。これにミルクとお砂糖を入れて飲むのが私の日課になっている。私はいつも通りミルクとお砂糖を入れ、ティースプーンでくるくるとかき混ぜながら憂鬱そうな顔でキャラメル色の紅茶を見つめた。

 何故、私がここまで沈んだ気分になっているのかというと「外は物騒だから」という理由で一歩も外に出してくれないのである。なんと中庭でさえもだ。

 窓から外を眺めても平和そうだし、リヒトさんは意外と過保護なのかな? と思ってきた所である。

「ドロテーア~、本当に外は物騒なの?」
「本当みたいよ? 最近、市街地の至るところで認可されていない武器が見つかってるらしいわ。だから、リヒト様も神経質になってるんでしょうね」

 ドロテーアは難しそうな表情をしながらティーカップを持ち上げた。

 ちなみに彼女が私に対して敬語を使わないのは、私から気軽に喋って欲しいとお願いしたからだ。最初は使用人と客人という立場だったので敬語で喋っていたものの、最近は慣れたのか二人きりの時は友達みたいに喋ってくれている。

 今まで仕事中の姿しか見ていなかったが、プライベートの彼女はとてもお喋りで会話に飽きる事なく過ごせていた。

「うーん、そろそろベルタさんと会って喋りたいなぁ……」
「ベルタ様と? そういえば、二人はいつも何を喋っているの?」
「えっとね……」

 私は口籠った。ふと、ベルタさんとの会話を思い返してみたのだが、リヒトさんの事ばかり喋っていた事に気が付いたのだ。

 私からは今日は何をしたとか、昨日はこんな事があったとか近況を話したりするんだけど、ベルタさんは「キスはもうした?」とか「夜の生活で困った事があったらいつでも教えてあげる♡」とか言われたのを思い出したのである。

 ……夜の生活ってあれよね? ベルタさんとウィルフリードさんがしてた時みたいな感じの事をするの? でも、具体的にどんな事をしてるんだろう?

 それが最近の悩みだった。夜の生活とは具体的に何をするのか? 私は全く検討がつかなかったのだ。

「……ねぇ、ドロテーア」
「うん、なぁに?」
「赤ちゃんってどう作るの?」
「ブフッ!」

 ドロテーアが盛大に紅茶を吹き出した。どうやら紅茶の雫が気管に入ってしまったようで、口元を手で隠しながらせ返している。

「だ、大丈夫!? もしかして私、変な事聞いちゃった?」
「ゲホゲホッ! そ、そうね……もしかして、ベルタ様とはそういう話をしてるの?」
「うん。リヒトさんとキスはもうした? とか、夜の生活の事とか。でも、夜の生活って具体的に何をするんだろうって思って。リヒトさんとは一緒に寝てるだけだし……ドロテーアは夜の生活で何をどうするか知ってる?」
「んんぅ、それは……」

 ドロテーアの頬が赤みを帯びていく。いつもハキハキと喋る彼女がこうもたじろぐとは。彼女の表情を察するにとても恥ずかしい内容らしい。

 どうしよう。もっと踏み込んで聞いた方が良い? でも、困らせちゃってるっぽいしなぁ。でも、知っとかないとベルタさんとの話についていけなさそうだから……こうなったら聞いちゃえ!

 私は意を決して「お願い、ドロテーア! 私に夜の生活を具体的に教えて欲しいの!」と頭を下げた。

「ぐ、具体的に?」
「そう! 具体的に!」
「そ、それは……その。えーっと、リヒト様に教えてって言えば教えてくれるんじゃないかな……アハ、アハハ……」

 視線をあちこちに向けながら顔を真っ赤にさせて言うドロテーアを見て「リヒトさんに聞けば分かるの?」と首を傾げながら聞く。すると、彼女は「う、うん。あ! でも、私がそんな事を言ったとは恥ずかしいからリヒト様には言わないでね!」と念を押されたので、私は力強く頷き返した。

「じゃあ、一緒に食事を取る時に聞いてみる!」
「しょ!? しょ、食事の時はやめときなさい! 使用人達がいるもの! 二人きりの時に聞くのが一番だわ!」

 ドロテーアが勢いよく立ち上がったせいで椅子がバターン! と後ろに倒れてしまった。

 普段見られないドロテーアの反応に驚きつつ、私は「わ……分かった!」と返事をしたのだった。
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