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真実の愛事件

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「悪かったって。謝るから、そこまであからさまに不快を示すのはやめてくれないか」

 あからさまに不快──扇で目許近くまで隠したエヴァンジェリンに、クローディアスは眉を下げた。

「エヴァ。相談もしなくて悪かった」

 ツーンと横を向いた婚約者に、席についていたクローディアスが、身を乗り出す。

「興味本位で見に来て悪かった。エヴァ、こっち向いて」

 視線だけこちらによこしたエヴァンジェリンは、ようやく口を開いた。

「では、殿下。わたくしの言うことをひとつだけ聞いて下さいます?」

「聞く!何でも聞くから!」

「……王族として、その態度もどうかと思いますけれど……」

「エヴァなら、私に無茶は言わないだろう?」

 甘い微笑みを浮かべた婚約者に、エヴァンジェリンは渋々扇を下ろした。

「まあ、言質は取りましたし、良しとします」

「言質って……だから、悪かった。……それにしても、斬新な撃退だったね。まさか金銭関係からとは」

「……この間、“真実の愛事件”を詳細に学びまして、つい」

「ああ、王族なら必ず学ぶアレかぁ」

「アレです」

 真実の愛事件とは。

 昔々の王太子が、可愛らしいだけが取り柄の、何の後ろ盾もない子爵令嬢を真実の愛である、と宣って、側妃とした。

 その笑顔に癒やされるのだ、四角四面な我が婚約者では私の心は救えない、などと大変なご寵愛ぶりだった。

 子爵令嬢も、始めは良かった。令嬢の家は国内でも有数の商会を営んでいて、下手な伯爵家よりも裕福だったからである。

 子爵令嬢が開くお茶会に、高位貴族の令嬢は来なかったけれども、下位貴族の令嬢はちゃんと出席したし、その時に身につけていたものだって、それなりに売れた。

 特に、デザインだけを取り入れ、宝石を誰でも買えるグレードに落とした“愛され側妃の”と銘打った、愛されシリーズは庶民に爆発的に売れた。

 だが、その寵愛も3年と持たなかった。何故なら、正妃に子どもが生まれたからである。

 どんなに癒やされる笑顔だろうと、愛らしい顔立ちだろうと、美男美女夫婦の間に生まれた、美しい赤ちゃんに敵う筈がない。

 まっさらな赤ちゃんが自分を見て笑い声を上げることに、王太子はメロメロになった。

 側妃は更に着飾って、王太子の気を惹こうとした。
だが、赤ちゃんに夢中な父親が、女を全開に迫って来る側妃に惹かれる筈もない。

 だんだんと、側妃のお茶会に出る者もいなくなり、いつの間にか完全に孤立した。

 余波を受けたのは、子爵家である。

 そもそも子爵家は、管理している街から上がる少ない税収ではなく、商会の売上げによって、潤沢な資金を得ていた。

 それが税収なら、そもそも街から人が全員いなくなりでもしない限り、最低限の収入はある。

 だが、商会からの収入を主にしてしまった子爵家は、何の見返りもない側妃に資金を注ぎ込み続け、とうとう持たなくなって破綻した。

「癒やされる笑顔とやらが売りの子爵令嬢では、夜会にすら出せなかったでしょうしね」

「マナーの1つも知らないのでは、ドレスの立ち姿も美しくないだろうからな」

 つまり、高価な品の広告塔にすらなれない。

 “愛され側妃”と言われている間は良かったが、ほんの数年。その後は何年も、まったく実りのないことにとんでもない額の資金を注ぎ続けて……。

「最期は餓死ですってね」

「側妃予算は、生活費を含まないからね」

 離宮で生活するのは大変だ。何しろ、節約というものが出来ない。

 王族のために仕入れる食材は超一級品、そこから必要なものを買い取らねばなない。服は当然ドレスだ、ここは王宮なのだから。

 安いものを手に入れたければ、自ら買いに出るか、そのルートを構築するしかない。

 ルートの構築、なんて何の素養もない元子爵令嬢に出来る訳はなく、側妃である以上、王宮の外には出られない。
 雇われているメイドは、離宮の維持管理をするためだけの特殊技能の持ち主で、自分の世話をしてくれる訳ではない。

 八方塞がりで、どうすることも出来ず──頼みの王太子は、側妃の存在を思い出しもしなかった。

「離宮を損ねたから反逆罪に問いたくても、一族郎党すべて破滅していたみたいですね」

「子爵家が管理する街に影響が少なかっただけ、マシだったんだろうな」

 そういう訳で、レンドールこの国に限り、側妃として嫁ぐには、村と街の管理者でしかない低位貴族ではなく、領地を有することが許される、伯爵家以上の高位貴族と決められたのである。

「ところで、殿下。どうして転入生あの人をわたくしに対処させようとなさったんですの?」

 まだ気分を害しているようで、名を呼んでくれない婚約者に、クローディアスは困った顔のまま、素直に答えた。

「……私が何を言おうとも、聞く耳を持たなかったから。『自分はこの世界のヒロインだ』とか、『悪役令嬢をザマァして王妃になるのよ』とか言うだけで、男と見ると身体を押し付けようとするし」

「……まあ」

「何を言っているのかさっぱり判らなかったが、悪役令嬢だ、と言い張るきみに対してはまともなことを言ってたし、まだ言葉が通じるんじゃないかと思って」

 悪かった、ともう一度謝って来たクローディアス攻略対象に、エヴァンジェリン悪役令嬢は、悪役らしい艶やかな笑みを浮かべた。

「まあ、奇遇ですわね」
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