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初恋 ライナス

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 私は随分と、卑怯だったな。

 子どもの頃を思い出すと、苦笑を浮かべざるを得ない。

 アナスタシア殿下が、口癖のように好きだと言ってくれたから。
 光栄だ、なんて言って誤魔化していたけれど、本当に嬉しかったのに。
 結局、自分の口からは何も言わなかった。

 1臣下という意味では、正しかったのかも知れないが。

 婚約が決まる1年程前から、アナスタシア殿下が私と結婚する、と言わなくなった。周りの大人は子どもの憧れが冷めたのね、なんて言っていたが、多分違う。

 向けられる瞳の色は、前と変わってないから。

 つまり……もう、その言葉を言えない事態が、起きるということ。

「思ったより、短かったな。……いや、長かったのか」

 3年間も、夢を見られたのだから。

「私も、夢から醒める時が来たのだろう」

 アナスタシア殿下が泣きに行く時は、すぐに判る。目立たないようにだけど、歯を食いしばっているから。あれ、本人無意識なんだろうな。
 歯を痛めないといいけど。

 陛下の執務室から出て来た殿下アニーがまた歯を食いしばっていたので、私はクッキーと飲み物を取りに行った。
 いつも、料理長に頼んであるんだ。
 食べなかった時は、みんなの分にしていいから、と言って。

 殿下アニーはやっぱり、いつもの場所で泣いていた。
 フロリーより、よっぽど泣き虫だと思うよ。あの子は実際、あんな儚げな姿をしているけれど、とっても感情の切り替えが上手い。
 そのためか、本当に幼かった頃しか、泣いてるところを見たことがない。

 だから、私は。泣き虫な殿下アニーが可愛くて。泣かないように、支えてあげたくて。

 でも、もう、駄目なんだね。

 初めて抱きしめたアニーは、とってもあったかくて、いい匂いがした。



▼△▼△



「……は?お披露目にフロリーが出る?」

 何だか慌ただしくドレスのサイズを合わせている理由を聞けば、アナスタシア殿下が高熱で倒れたとのこと。

「大丈夫なのか?フロリー。まだ、ダンスの練習していないだろう?」

「わたくしは、アニーさまの練習を見ていましたから、何とか頑張りますわ。……それよりお兄さま、アニーさまのご様子を伺って来てくださいませ」

「……何?」

「今は、みなわたくしにかかりっきりで、アニーさまがお1人だと思いますの。もちろん、侍女はいるでしょうけれど……」

「……しかし」

「ご様子を伺うだけですわ。……そう!わたくしのお見舞いをお届けしてくださいませ。わたくし、練習で忙しくて、全く時間がありませんの」

 ……うちの妹は、意外と鬼畜である。

「ね?お兄さま」

 そこで首を傾げて可愛く笑うなー!

「……1回だけだぞ」

「ありがとうございます」

 本当は1回でも駄目だろうけどね!淑女の寝室を、婚約者でもない男が訪ねるなんてね!!

 妹に押し負けた私は、お見舞いの品をたくさん持って、アナスタシア殿下の元に向かったのだった。



▼△▼△



 お見舞いだ、と申し出てみると、本当に申請が通ってしまった。

 いいのか、それで。

 薄暗くした部屋で、アナスタシア殿下が眠っている。扉を半分程開けたままベッドに近づくと、殿下が目を覚ました。

「アナスタシア殿下?」

「これは……夢?」

「……殿下?」

「だって、ライナスさまがここにいる訳ないもの。さようなら、したのだもの。だから、これは夢よね」

「…………」

 夢じゃない、と言ったら、もう君は私に笑ってくれないのだろうか。
 久しぶりに見た素の笑みに、言葉を失くす。

「あのね、ライナスさま。わたくし、こんなつもりじゃなかったの。フロリーに迷惑をかけるつもりなんかなかったの。わたくし……っ……」

 ああ、また泣いてる。

「大丈夫だよ、フロリーは頑張るって言ってた。あの子がやるって言ったら、ちゃんと出来るよ」

「だって、フロリーはハイヒール履いたことないもの。あれは歩くのも大変なのに……」

「大丈夫だよ、何とかする。……どうしても駄目なら、履かなければいい」

「駄目よ!だってお披露目だもの!」

「君のお披露目の代わりなんだよ、アニー。だから、大丈夫。ダンスだって、最悪お披露目の奴じゃなくても、どうにかなるよ」

 まあ、あの妹は本当に何とかするのだろうけど。

「君は元気になることだけを考えればいいんだよ。……いや、考えなくていいから、ただおやすみ」

「いや!ライナスさまがいなくなっちゃう!いや!」

「……泣かないで、頼むから」

 抱きしめたくなってしまう。

 どこまで許される?髪にキス……は駄目だろう。頭を撫でるのはいい?

 ああ、もう、いい!

 持っていたハンカチで涙を拭き、ゆっくりと頭を撫でる。

「安心しておやすみ。君が眠るまで、ここにいるから」

「大好き……ライ兄さま。わたくし、ライ兄さまのお嫁さまになるの。絶対、なるの」

「……そうだね」

 私だけは、君を信じようか。

 君が、絶対私のお嫁さんになってくれるなら。私は君が結婚式を挙げるまで、婚約者を作らず待っていよう。

「ちょっと、キャルに犠牲になってもらおうかな」

 ふと、自分に忠実で、賢い愛犬の顔を思い浮かべる。うん、確かにキャルなら婚約者にしたい。……オスだけど。
 キャロラインって、私の乳母の名前なんだよな。だから、生まれた時から一緒のキャルも同じ名前で呼んでて、定着してしまった。……オスなのにゴメン、キャル。

 ま、相手が犬だとバレないように、根回しの仕方を考えないとね。

 ……ちょっと、父上の胃が大変なことになりそうだけど。



▼△▼△



 アナスタシア殿下が覚えてなかった、この時の戯言が本当になるのは、また別の話。
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