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初恋 エルヴァート 下
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「……は?パートナー交代?」
何故に。そもそもアナスタシア王女のお披露目だろう。
「それが……娘は高熱を出しまして、歩くこともままならないのです。しかし、殿下がいらしているのですから、夜会は開きませんと」
ルルティア国王にすまなそうに言われ、私は驚いた。というか……やっぱりあの時、もう具合が悪かったのだな。
「で、どなたに?」
「他のお披露目の令嬢を、とも思ったのですが、それではいらぬ勘違いを招きそうですからな。息子の婚約者の、フロリアーナ・ティアール嬢に」
「しかし、ティアール嬢はまだ9歳では?」
あの難しいダンスをさせるのは、気の毒じゃないか?
「それは、大丈夫です。彼女は優秀でしてな」
顔を緩めて嬉しそうに笑う国王に、感心する。
……子煩悩なのだな、ルルティア国王は。確かにティアール嬢は息子の婚約者だが、あなたの娘ではないだろうに。
「判りました、そちらがそれでよろしいのでしたら」
「突然の変更を受け入れてくださり、感謝する」
軽く礼をして国王が立ち去ったので、私は大きく伸びをした。
さて、どうするかな。アナスタシア王女の具合も気になるけれど……私が訪ねる訳にはいかないしな。
それはあとで花でも届けるとして……無難なのは散歩か。
侍従に花の手配を頼み、ぶらぶら歩き出す。
あまりうろつくのは良くないだろうから、この辺りで……と思った時、微かな呟きが聞こえた。
「……ん?」
物陰からそっと覗くと、そこにいたのはティアール嬢だった。
耳を澄ますと、聞こえてきたのは……。
「大丈夫、大丈夫、あんなに練習したのだもの、大丈夫、わたくしには出来るわ」
胸の前でギュッと両手を祈るように握りしめ、俯いて一心不乱に呟いている。
可哀想に、やっぱり不安なんじゃないか。元々アナスタシア王女のお披露目のために来たのだし、それは今日でなくても……。
私はそう、彼女に声をかけようと思った。そして、ティアール嬢の不安を晴らしてやろう、と。だが。
「お嬢さま、お時間です」
「……はい」
すっ、と顔を上げた彼女には、不安げな様子など一切なかった。微笑みさえ浮かべ、美しい所作で踵を返す。
そして、侍女と一緒に歩き去ってしまった。
人の気配がなくなっても、私はその場から動けなかった。
あんなに不安そうだったのに。今にも頽れて、泣き出しそうだったのに。
何て、強いひとなのだろう。
何て、眩しいひとなのだろう。
圧倒される程のその芯の強さに、私は抗いようもなく恋に落ちたのだった。
▼△▼△
純白のドレスに身を包み、可憐な微笑を浮かべた少女とダンスを踊る。
ティアール嬢は、1度もステップを間違えず、バランスを崩すことさえなかった。
誰よりも完璧に踊り終え、微かにホッと息を吐く。注意していなければ気づかないだろうその仕草に、当たり前のように気づいてしまう。
自分がこんなにコントロール出来ないものだとは思わなかった。自分の微笑の方が、揺らぎそうだ。
「お見事でした、ティアール嬢」
「ありがとうございます」
カーテシーをして、彼女はもう退がってしまう。
離せなくて、そのままエスコートした。もちろん、中央扉の方にだ!
「エルヴァート殿下……?」
「……大役をこなしたあなたに、プレゼントを贈ってもいいだろうか。もちろん、婚約者が嫌がるなら、やめておくけれど」
彼女は、ルルティアの王太子の婚約者だ。……そういえばあの子ども、少しはまともになったのだろうか。
「……そうですね、お聞きしてみます」
儚げな微笑。あんな強さを秘めた少女には、とても見えない。それも、この少女の強みなのだろう。
彼女の手に触れていない方の手を、爪が食い込むくらい握りしめる。
そうでもしないと、抱きしめたい衝動を堪えきれなかった。
私の微笑は、歪んでないだろうか。
「ありがとうございました、エルヴァート殿下」
扉の外に出て、カーテシーをして、背を向けて歩き出す。
いつまでも彼女を見つめている訳にもいかず、私は夜会に戻った。
▼△▼△
彼女は結局、私からの贈り物を辞退した。レオナード王子は、姉の婚約者からのプレゼントさえ許さなかったらしい。
いずれは義兄妹になるのだから、いいと思うのだけどね。
私はなるべくルルティアに通って、4人でお茶会をした。まあ、次期国王夫妻たちの集いな訳だし、今から親睦を深めておくのはいいことだろう、きっと。
それに……色々と見えてくるものもあるし、ね。
「エルヴァート殿下、お聞きしたいことがありますの」
「奇遇だね、私もだ」
今日のお茶会には、あの2人はいない。公務中だそうだ。
「……何でしょう?」
「君からどうぞ」
「あの……」
言いづらそうに言葉を濁し、それでもアナスタシア王女は顔を上げた。
「あなたは……その、わたくし以外に好きな方、が」
「ねえ、アナスタシア王女」
「……はい」
「それは君も同じだよね」
「……っ!」
咄嗟に表情を取り繕ったアナスタシア王女を、安心させるように微笑む。
「私は……もちろん君のことは、結婚相手として大切にするし、この国のことも大事だと思えるよう、努力しよう。それが、政略結婚の意義だと思う。……ただ」
この関係を壊す気はない。私は……私たちは王族なのだから。個人的な感情を優先する程、馬鹿ではない。
それに、アナスタシア王女が相手として不足している訳でもない。充分に、私の妃としての務めを果たしてくれるだろう。それは、判っている。
「ただ……?」
「花を1輪、ある人に贈ることを許して欲しい」
アナスタシア王女は、大きな瞳を更に瞠った。こぼれ落ちないのかな、あれ。
「それだけで、よろしいの?」
「今日から共犯ですね」
それだけ、って程軽くはない。婚約者持ちが──それも王女の婚約者が、この国の令嬢に花を贈ろうというのだから。まあ、深刻になる程でもない、というところがミソかな。
「では……わたくしも、……他の人を好きでいることを、許してくださる?もちろん、あなたの妃として、恥をかかせることはしませんわ」
「構いませんよ」
アナスタシア王女が、こんなに心のまま笑うのを初めて見た。
そんなに好きなのだな、公爵令息が。
「わたくしたち、良い関係になれそうですわね」
「そうですね。……両国のためにも、よいことだ」
お許しも出たことだし、早速花を選ぶとしよう。
贈る花は決まっている。彼女に似合う、淡いピンクのマーガレット。
花言葉は……秘めた恋。
何故に。そもそもアナスタシア王女のお披露目だろう。
「それが……娘は高熱を出しまして、歩くこともままならないのです。しかし、殿下がいらしているのですから、夜会は開きませんと」
ルルティア国王にすまなそうに言われ、私は驚いた。というか……やっぱりあの時、もう具合が悪かったのだな。
「で、どなたに?」
「他のお披露目の令嬢を、とも思ったのですが、それではいらぬ勘違いを招きそうですからな。息子の婚約者の、フロリアーナ・ティアール嬢に」
「しかし、ティアール嬢はまだ9歳では?」
あの難しいダンスをさせるのは、気の毒じゃないか?
「それは、大丈夫です。彼女は優秀でしてな」
顔を緩めて嬉しそうに笑う国王に、感心する。
……子煩悩なのだな、ルルティア国王は。確かにティアール嬢は息子の婚約者だが、あなたの娘ではないだろうに。
「判りました、そちらがそれでよろしいのでしたら」
「突然の変更を受け入れてくださり、感謝する」
軽く礼をして国王が立ち去ったので、私は大きく伸びをした。
さて、どうするかな。アナスタシア王女の具合も気になるけれど……私が訪ねる訳にはいかないしな。
それはあとで花でも届けるとして……無難なのは散歩か。
侍従に花の手配を頼み、ぶらぶら歩き出す。
あまりうろつくのは良くないだろうから、この辺りで……と思った時、微かな呟きが聞こえた。
「……ん?」
物陰からそっと覗くと、そこにいたのはティアール嬢だった。
耳を澄ますと、聞こえてきたのは……。
「大丈夫、大丈夫、あんなに練習したのだもの、大丈夫、わたくしには出来るわ」
胸の前でギュッと両手を祈るように握りしめ、俯いて一心不乱に呟いている。
可哀想に、やっぱり不安なんじゃないか。元々アナスタシア王女のお披露目のために来たのだし、それは今日でなくても……。
私はそう、彼女に声をかけようと思った。そして、ティアール嬢の不安を晴らしてやろう、と。だが。
「お嬢さま、お時間です」
「……はい」
すっ、と顔を上げた彼女には、不安げな様子など一切なかった。微笑みさえ浮かべ、美しい所作で踵を返す。
そして、侍女と一緒に歩き去ってしまった。
人の気配がなくなっても、私はその場から動けなかった。
あんなに不安そうだったのに。今にも頽れて、泣き出しそうだったのに。
何て、強いひとなのだろう。
何て、眩しいひとなのだろう。
圧倒される程のその芯の強さに、私は抗いようもなく恋に落ちたのだった。
▼△▼△
純白のドレスに身を包み、可憐な微笑を浮かべた少女とダンスを踊る。
ティアール嬢は、1度もステップを間違えず、バランスを崩すことさえなかった。
誰よりも完璧に踊り終え、微かにホッと息を吐く。注意していなければ気づかないだろうその仕草に、当たり前のように気づいてしまう。
自分がこんなにコントロール出来ないものだとは思わなかった。自分の微笑の方が、揺らぎそうだ。
「お見事でした、ティアール嬢」
「ありがとうございます」
カーテシーをして、彼女はもう退がってしまう。
離せなくて、そのままエスコートした。もちろん、中央扉の方にだ!
「エルヴァート殿下……?」
「……大役をこなしたあなたに、プレゼントを贈ってもいいだろうか。もちろん、婚約者が嫌がるなら、やめておくけれど」
彼女は、ルルティアの王太子の婚約者だ。……そういえばあの子ども、少しはまともになったのだろうか。
「……そうですね、お聞きしてみます」
儚げな微笑。あんな強さを秘めた少女には、とても見えない。それも、この少女の強みなのだろう。
彼女の手に触れていない方の手を、爪が食い込むくらい握りしめる。
そうでもしないと、抱きしめたい衝動を堪えきれなかった。
私の微笑は、歪んでないだろうか。
「ありがとうございました、エルヴァート殿下」
扉の外に出て、カーテシーをして、背を向けて歩き出す。
いつまでも彼女を見つめている訳にもいかず、私は夜会に戻った。
▼△▼△
彼女は結局、私からの贈り物を辞退した。レオナード王子は、姉の婚約者からのプレゼントさえ許さなかったらしい。
いずれは義兄妹になるのだから、いいと思うのだけどね。
私はなるべくルルティアに通って、4人でお茶会をした。まあ、次期国王夫妻たちの集いな訳だし、今から親睦を深めておくのはいいことだろう、きっと。
それに……色々と見えてくるものもあるし、ね。
「エルヴァート殿下、お聞きしたいことがありますの」
「奇遇だね、私もだ」
今日のお茶会には、あの2人はいない。公務中だそうだ。
「……何でしょう?」
「君からどうぞ」
「あの……」
言いづらそうに言葉を濁し、それでもアナスタシア王女は顔を上げた。
「あなたは……その、わたくし以外に好きな方、が」
「ねえ、アナスタシア王女」
「……はい」
「それは君も同じだよね」
「……っ!」
咄嗟に表情を取り繕ったアナスタシア王女を、安心させるように微笑む。
「私は……もちろん君のことは、結婚相手として大切にするし、この国のことも大事だと思えるよう、努力しよう。それが、政略結婚の意義だと思う。……ただ」
この関係を壊す気はない。私は……私たちは王族なのだから。個人的な感情を優先する程、馬鹿ではない。
それに、アナスタシア王女が相手として不足している訳でもない。充分に、私の妃としての務めを果たしてくれるだろう。それは、判っている。
「ただ……?」
「花を1輪、ある人に贈ることを許して欲しい」
アナスタシア王女は、大きな瞳を更に瞠った。こぼれ落ちないのかな、あれ。
「それだけで、よろしいの?」
「今日から共犯ですね」
それだけ、って程軽くはない。婚約者持ちが──それも王女の婚約者が、この国の令嬢に花を贈ろうというのだから。まあ、深刻になる程でもない、というところがミソかな。
「では……わたくしも、……他の人を好きでいることを、許してくださる?もちろん、あなたの妃として、恥をかかせることはしませんわ」
「構いませんよ」
アナスタシア王女が、こんなに心のまま笑うのを初めて見た。
そんなに好きなのだな、公爵令息が。
「わたくしたち、良い関係になれそうですわね」
「そうですね。……両国のためにも、よいことだ」
お許しも出たことだし、早速花を選ぶとしよう。
贈る花は決まっている。彼女に似合う、淡いピンクのマーガレット。
花言葉は……秘めた恋。
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