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前編

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「もう、アンディさまを縛りつけるのはやめてくださいっっ!!」

 可愛らしい顔を真っ赤にして、ぷるぷる震えながら叫んだのは、マイナ・ドナート男爵令嬢だった。

「……はい?」

 優雅にお茶を嗜んでいたサフィーラ・ランドルーズ侯爵令嬢は、思わず首を傾げる。

「アンディさまも、邪魔だって言ってました!身分だけで人を縛りつけるなんて、最低だと思いますっっ!!」

 言ってやった!と、ドヤ顔をしているマイナに、サフィーラはにっこりと社交用の笑みを浮かべた。

「そうですの。では、アンドリュー殿下にお伝えになって。わたくしとの婚約は、解消致します、と」

「ホントですか⁉︎」

「ええ」

「きゃー♪ありがとうございますっっ!」

 クルッと踵を返してバタバタと走り去っていくマイナに、サフィーラは肩を竦めた。

「……よろしいの?」

「構いませんわ。学生の間ならば、大した醜聞にもなりませんし」

 一緒にお茶をしていたのは、アンドリューの妹姫、リディアーナだったのだが。

「何だか……愚兄が申し訳ございません……」

「別に、リディさまのせいではありませんわ」

「ですが……こちらからどうしても、と申し込んだ婚約でしょう?」

「そうですわね。……理由が一目惚れしたから、だったのには、少々頭の出来を疑いましたけれども」

「も……申し訳ございません……」

 サフィーラは、少しばかり崩した笑みを浮かべた。

「いくら女性とはいえ、殿下が、そう謝罪の言葉を口にするものではありませんわ」

 手で合図し、紅茶を入れ替えてもらう。

「そうですけれど……」

「まあ、この頃殿下はこちらに近づきませんでしたし、そろそろ何かなさる頃かな、とは思っていました。それに……」

 カップを持ち上げ、サフィーラはくすりと微笑んだ。

他人ひとの口を借りてしか文句を言えない人など、どうでもよろしいですわ」

 本当に、何やったんでしょう、あの愚兄。

 リディアーナは、また社交用の顔になってしまったサフィーラに、溜息を隠した。



▼△▼△



 ネディラ王国第4王子であるアンドリュー・ガド・ネディラと、サフィーラ・ランドルーズ侯爵令嬢の婚約は、あっさり解消された。

 アンドリュー以外には全く利がなく、そのアンドリューが破棄だーと叫んでいたのだから、何の問題もなかった。

「やれやれ……こんな風に解消するなら、あんなに一目惚れだの、愛してるだの、喚き立てなければ良かっただろうに……」

「仕方ありませんわ、お父さま。一度一目惚れした人は、二度も三度も一目惚れするのでしょう」

 書類の作成で肩が凝ったのか、軽く伸びをしながらの父の愚痴に、サフィーラは苦笑を浮かべた。

「……また一目惚れしたのかい?」

「そうみたいですわ?コロコロと表情の変わる可愛い人に、一目で惹かれたらしいですわよ」

「アホか……」

 思わず口から出たらしい父の言葉に、サフィーラがくすくす笑う。

「わたくしは表情が変わらず、苦言しか口にしない、可愛げのない女だそうですから」

「コロコロと表情の変わる貴族令嬢などいるか!」

「それは、アンドリュー殿下に仰ってくださいませ。……あの方、何度申し上げても、何故か社交というものを理解してくださらないのですよね」

「……第4王子が、外交の席に着くことなどないからな」

「ですが、限度というものがございますでしょう?……と、言いますか、あの方、一体どうやって過ごすつもりだったのでしょうね、卒業後」

 サフィーラと結婚するのならば、ランドルーズ侯爵家に婿に入り、ランドルーズ侯爵として、国に仕えることになる。勿論社交も必要だし、事業の取引先やお得意さまなどに笑って見せたりすることもあるだろう。

「……まさか、フィラが嫁入りすると思っていたんじゃあるまいな」

「わたくしが王子妃ですか?しかも第4?……ありませんでしょう?」

 ネディラ王国には、現在、王子が5人いる。

 国に必要なのはせいぜい第2王子までで、第3王子以下は自分の身の振り方を決めねばならないが。

 ちなみに第1王子は王太子で既に国内の公爵令嬢と結婚済み、第2王子は隣国の王女と婚約済み、第3王子は第4王子と双子だが、兄とは違う国の公爵家に婿入りすることが決まっている。

 第5王子はまだ12歳だが、国内の子どものいない公爵家に養子縁組されることが決定済み。生まれた時から、ほぼずっとその家で養育されている。

「ない。……政治的にも身分的にも、奇跡的に良い縁を選んだものだと思っていたのだが、まさかな」

「……自分が王子のままいられる、と思っているのなら、なおのこと変ですわ。だって、ドナート嬢って、男爵令嬢ですわよ」

 男爵令嬢が、王子妃になれる訳がない。ましてや、あの貴族らしからぬ、表情のコロコロ変わる娘。

「ああ……では、王族に残るのを諦めた、ということか」

「きっとそうですわ。だから、貴族令嬢はお気に召さなかったのでは」

「成程、そういうことか。それではフィラは無理だったな」

「ええ。わたくしが貴族を辞めることなど、不可能ですもの」

「そうだな。……よし、今度こそお父さまが、ちゃんとした男を選んでやる」

「ふふ、お願いいたしますわ」
 
 
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