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おやすみ

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「……カイウス」

小さく呟くと、それに応えるように俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
顔を上げると温かいぬくもりに包まれた。

これは幻覚なのか?幻覚でもなんでも良い、カイウスに触れられる事が嬉しい。

カイウスは何も聞かずに、俺を宮殿の中に運んだ。

その時お腹が鳴ってしまい、まともに食べていなくて恥ずかしかった。
カイウスはやっぱり理由を聞かずに、優しい顔を向けてくれた。

カイウスが料理を作ってくれると言ってくれたが、一人にされるのが不安でカイウスを引き止めた。
お腹は空いているが、カイウスと離れるなら食べなくていい。

そう思っていたらカイウスと一緒に料理をする事になった。

そうしたら一緒にいられるから、嬉しかった。

「…ライム、大丈夫か?」

「んっ…へい、き」

「………」

キッチンに立って、野菜を切ろうと思い刃物を握ると腕が痛かった。
悪魔の紋様がある手を叩かれていたから、手袋をしても違和感がないからカイウスにはバレていないと思うが…

ぎこちない動きで野菜を切っていると、カイウスが手伝ってくれた。
俺にもやらせてくれるのは嬉しかった。

簡単な料理しか出来ないが、俺の大切な思い出がまた一つ出来た。
いつもより美味しい料理を食べて、やっぱりカイウスは何も聞いて来なかった。

「…カイウス、俺…」

「ライム、言いたくないなら言わなくていい」

カイウスは本当に優しいな、でも気にならないわけないよな。

温かい料理に俺の気持ちは軽くなっていた。
カイウスに「ずっとここにいたい」と言うと「好きなだけいればいい」と言ってくれた。

もしずっとここにいたら、家族も俺の事を諦めてくれる…よね。

まるでずっとここに住んでいたように、お風呂に入って歯磨きをして寝室に向かった。

今日は何もしないみたいで、すぐに俺をベッドに寝かせてカイウスがベッドに座った。
俺の頭を撫でてくれて、やっと安らかに眠れる。

でも、カイウスの優しさに甘えてばかりはダメだ。

「カイウス、俺の話聞いてくれる?」

「……」

「俺、今…家にいるんだ」

「学校の寮、ではないな」

カイウスの部屋から俺の部屋は見えるから、帰ってきたかどうか分かる。
寮の部屋ではないなら、俺の家は一つしかない。

カイウスは険しい顔をしていた。
カイウスにとってローベルト一族はゲームでも現実でも敵だ。

俺の手を握り、覆い被さってきた。
ギュッと苦しくない絶妙な力加減で抱きしめられた。

「ライム、守ってやれなくて悪かった……守ると誓ったのに」

「カイウスはちゃんと守ってくれたよ、俺に逃げ場所を与えてくれた」

カイウスがいなかったら、逃げ場がなくて俺の地獄は続いていた。
感謝してもしたりないくらいなんだから、そんな悲しい顔しないでよ。

カイウスの髪に触れて、抱きしめ返した。

カイウスに全て話した、学校を辞めさせられた事と父が俺の悪魔の紋様を覚醒させようとしている事。

悪魔の紋様をどうにかしようとしても、俺の力なんてカイウスを正気に戻せる事以外使えないのに…

「ライムの力は覚醒するのか?」

「しないよ、悪魔の紋様なんてただの名前負けなんだから…俺が悪魔を召喚したとかあの人達は思ってるけど」

「…悪魔って、俺の事か?」

「ご、ごめんね…皆あの時のカイウスを悪魔って思ってて」

「構わない、あの時の俺は悪魔のような残虐非道な人格に変わる」

自然とカイウスの手を握る、そっと手を重ねられて指を絡ませる。
俺を助けるためにカイウスは手を染めたんだ、俺はカイウスを悪魔だなんて思わない。
むしろ、カイウスにそうさせてしまった俺の方が…

父は今さら俺を連れ戻して何をさせる気なんだろう。
俺にも仕事を任せると言っていたが、いい事ではない事は分かる。

ゲームではローベルト一族は殺人、強盗、誘拐などあらゆる悪事を働いていた。
でもマリーに関しての事以外はゲームではあまり詳しくはなかった。

カイウスならなにか知ってるのかもしれない。

「カイウス、俺の家が何をしてるのか知らない?」

「………」

カイウスは俺の質問に答えてはくれなかった。
俺にとって、それが答えのようなものだ。

でも俺に言えない内容なら、きっとローベルト一族は後戻り出来ないところまで来ているのだろう。

カイウスは「もう遅い、おやすみ」と肩まで布団を掛けてくれた。
起きた時、カイウスが目の前からいなくならないように俺の横に寝転んだカイウスにぴったりとくっ付いて瞳を閉じた。

今日はぐっすりと眠れそうだ。
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