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悪魔と英雄

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この事件は大帝国の歴史に残るほどの騒ぎになっていた。

悪魔の侵略者が突如現れ、この世界を再び災厄で染めようとしていた。
それを、我らの新人騎士団長であるカイウスが倒した。
カイウスは英雄となり、国民はパレードの時よりも湧いた。

誰もカイウスの勇姿を見てはいないが、何故そうなったのかというとカイウスはパレードを途中で抜けた。
それは悪魔の気を感じて向かったからだと言われている。
それに悪魔は黒い魔法のようなものを生み出していた。
魔法に対抗出来るのは同じ魔法使いのカイウスだけだと言われている…だからカイウスしかいなかった。

俺もただの一般人だったらきっと納得して信じていただろう。
本当の話は、悪魔と言われているのはカイウスで俺はカイウスを元に戻しただけだ。

でも、それでいい…カイウスが侵略者だって誰一人として思っていないみたいで良かった。
カイウスは英雄だと慕われる方が合っている、悪役だと思われるのはカイウスじゃなく俺でいい。

俺はもうカイウスと会うのは止めた、前は食事だけ止めたが今度は訓練もしない。

前もカイウスを避ける事があったが、あの時は俺の死亡フラグを立てないためだった。
でも今は違う、カイウスの暴走の原因が俺だとすると俺はカイウスに近付かない方がカイウスが暴走する事はない。
前までは大丈夫だったが、一度暴走したカイウスの精霊の力は不安定に揺れている。
だからいつまた暴走しても可笑しくはない、俺はそれが怖い。

ヒロインの時は精霊の王と契約したからカイウスの近くにいても何にもなかった。
でも俺は精霊の王なんて知らないし、ゲームと状況がいろいろと違う。

でもカイウスによくしてもらったのに、勝手にいなくなる事は出来なくて置き手紙と贈り物をカイウスの部屋のベランダの手すりにくくりつけた。
カイウスはまだ騒がしい国民を静めなきゃならないから大変だろう。

俺は今日から一週間、実家に帰らなくてはならない。

それは事件があった翌日、実家から手紙が来ていた。
寮に届いたそれを読むと父からで俺に話があるから帰ってこいとそれだけ書かれていた。
普通の親なら実家を離れた息子に「元気か?」とか書かれているだろうが、あの人に普通を求めるだけ無駄かと諦めている。

でもろくな呼び出しではない事くらい分かる、無視しようかなと思っていた。
あの人の考えは手に取るように分かる、事件の話だ。

悪魔が現れたと騒がれていて、ローベルトの人達は俺の悪魔の紋様を知っている。
俺が起こした騒ぎだと思っているだろう、俺は悪魔側ではないけど…

行っても良い事は絶対にないし、このまま寮に引きこもるつもりだった。
しかし学校には通わなくてはいけない、学べる事は守りたいから虐められても休む事は一度もしなかった。
引きこもるのは学校が終わってから、学校内まで部外者であるローベルト家の人達は来ないだろう。

そう思っていた考えが甘かったんだ、黒子達が背後から俺に忍び寄ってきた。
まるで忍者のように一切音を立てずに来たから逃げる暇はなかった。
肩を掴まれ、一言「お迎えに上がりました」と言われた。
いくら学校までの道とはいえ、ここもまだ学校の敷地内なのに…もしかして忍び込んだのか?

彼らなら簡単に柵を飛び越えられるだろう、この学校はセキュリティはそんなに高くない。

周りも明らかに生徒ではない不審者が学校の敷地内にいるのに見てみぬふりをしていた。
皆関わりたくないという心の声が聞こえて来そうだ。

俺はその日初めて学校を休んだ、俺が逃げないようにご丁寧に馬車まで用意して…

まるで囚人のように両腕を縄で後ろに拘束されていれば馬車じゃなくても逃げるのは難しいだろう。
まだ城下町は騒ぎになっていて、その中心にカイウスがいた。
つい最近まで会っていたのに懐かしく感じてカイウスを見つめたが、すぐに景色は変わってしまった。

会うのは止めたが、見守るくらいいいじゃないかと残念に思った。

「着きましたよ」

しばらく何も考えずボーッとしていたら、馬車が足を止めた。

先に黒子が降りて、俺の腕を拘束している縄の先を引っ張られてバランスを崩して椅子に体が倒れた。
そんな引っ張らなくても降りるって、ここで抵抗してもどうせこの腕じゃ逃げられないんだし…

渋々降りると、久々に帰ってきた屋敷を見て…ため息がこぼれる。

大きな門を抜けて、広い庭を歩いていると大きな屋敷の扉が見えた。

皆、父の部屋で待っていると黒子に言われて屋敷の中に入った。
前にいた俺の部屋どうなってるんだろう、残してはくれてなさそうだから前みたいな物置部屋になってるかもな。

父の部屋の前には護衛の兵士二人がいて、俺達を見るなり中に入れてくれた。

ドキドキと緊張して、手が濡れてきた…出来ればもう二度と味わいたくない嫌な緊張だ。

「帰ってきたな」

「……はい」

父は俺が抵抗出来ずに帰ってくる事を知っていたから、再会の感動も驚きも一切なく本題に入ろうとしていた。

隣を見ると、思わぬ人物がいて俺の方がとても驚いた。

妹のサクヤは分かる、ローベルト家の人間だし…悪役令嬢だし…

しかし、何故ここにユリウスがいるんだ?可笑しい。

ゲームのユリウスは確かにクズだった、でもローベルトの仲間になった話はなかった。

ユリウスはカイウスを憎んでいたが、だからといって悪名高いローベルト家の仲間になるなんてあり得ない。
ユリウスも一応騎士だ、ローベルトはユリウスにとっては敵の筈だ。

なのに何故ユリウスは普通に壁に寄りかかって、この空気に馴染んでいるんだ?
サクヤも近くにユリウスがいるのに全く気にする様子はなく椅子に座って髪を櫛でとかしていた。

ユリウスの方を見ていると、目が合い物凄く睨まれた。

「おい、こんな奴が本当に悪魔の子供なのか?」

「この前の騒ぎはお前も知っているだろう」

「コイツが起こしたか証拠はないだろ」

ただ居るだけで空気が重くなる父にも普通に話していた。
俺よりユリウスの方が家族みたいだなと思っていたら、黒子が俺の腕の拘束を解いたと思ったら手袋を外されてユリウスの前にそれを見せた。
ユリウスはよく見ようと黒子の手から奪うように掴んでマジマジと見ていた。

優しさの欠片もない、物を扱うような扱いで手が痛かった。
カイウスならこんな事しないのに、兄弟ってこんなに似ないものなのか?
男兄弟を持った事がない俺にはよく分からなかった。

「……ちゃんと魔の刻印も入ってる」

「やっと信じたか」

「あぁ、とりあえずあの騒ぎはお前だって信じてやる」

悪魔の子に関しては本当だから信じても別に構わない。
しかし、あの騒ぎの悪魔は俺ではないから信じなくていい。

父はユリウスを信じさせて、俺の方に目線を向けた。

俺が悪魔の力を覚醒させたと勘違いしている父はとても嬉しそうだった。
「カイウスに負けてんじゃねぇか」と言うユリウスに、まだコントロール出来ていないだけと言い切っていた。

俺にはカイウスを静める力しかないのに、勘違いは加速していく。

「ライム、災厄の力が覚醒した今…今までよりも厳しくする、これはお前が私達の仲間になるために大切な事だ」

違う、カイウスを手に入れるために俺の力が必要なだけだ。
カイウスが仲間になり、帝国が父のものになれば俺は用済みだろう。

俺の力は何の役にも立たないのに、それを訴えても周りには謙遜にしか聞こえていなかった。
カイウスの力を抑えるなんていったら、あの悪魔がカイウスだってバレてしまう。
だから俺にはそんな力はないとしか言えなかった俺が悪い。
でもこの人達には絶対に知られてはいけないんだ、知られてしまったらますますカイウスがほしくなる。

カイウスを守れるのは俺だけだ、どうにかしないと…

そこで手の甲の剥き出しの悪魔の紋様を見つめて思いついた。
カイウスが精霊の力で父達だけでは手も足も出ないというなら、俺だって同じだ。
しかも俺のはカイウスとは違い、嫌な力だ。

俺の力で父達を怯ませる事が出来たら、いいようにされなくて済む。

前までは紋様だけだったから、俺を従わせようと暴力を振るったりしていた。
でも今は力を見せつけた…と思い込んでいるからイケるかもしれない。
これで嘘だと思われたら終わりだ、俺の演技力に全てが掛かっている。

俺は手を前に出すが、誰も俺を見ていないのか不穏な作戦を話していた。

事件で騒ぎになっていて、城下町の対応で追われて城が手薄とか何とか…

俺は沢山人がいるのに一人きりの寂しさを味わいながら口を開いた。

「お、俺の力を見くびるにゃおっ」

あ…ヤバッ、舌を噛んでしまった。

これじゃあ全く怖くはない。
失敗した、何だか死亡フラグも立った気がする。

父が物凄く鋭い眼光で睨んできて「なにか言ったか?」と逆に脅されるような感じになってしまった。
何でもないです、と言いたかった言葉を飲み込んでもう一度口を開いた。
今度は噛まないように、落ち着いて話した。

「俺の、力…見ただろ…俺はこの場にいる全員を今すぐ殺せるんだ!」

自分で言って、殺せるという単語が怖くなった。
もし本当に俺が災厄を使えたとしても、絶対に誰にも使わない。
身を守るための防御で殴る事はあっても、一方的な暴力は痛いと俺が一番よく知っている。

俺の脅し文句は実行しなくても今まで興味がなさそうだった周りにはざわつかせるほどに効果があった。

ユリウスも妹のサクヤもずっと冷静だった正妻ですら俺を危険人物として鋭い瞳で警戒している。

ただ一人だけ、父だけは怯む事なく笑みを浮かべていた。

「そんな震えた足で何をするんだ?」

「そ、れは…俺が災厄で…」

「ならばお前の後ろにいる男で試してみろ」

父はそう言い、俺の後ろを指差して短い悲鳴が聞こえた。
俺も後ろを振り返るといつも俺を冷めた瞳で見つめる顔ではなく、恐怖で引きつらせていた。
俺をいつも監視していた黒子の一人だった。

父は俺を煽るように「その男に今までの恨みをぶつけてみろ」と言っていた。
力を試す、そのためだけに人を殺せと言うのか?
確かに黒子に恨みの一つや二つ、ないと言えば嘘になる。

しかし、死んでほしいなんて一言も思った事はない…誰に対しても…

黒子は涙を流しながら俺にすがるように地面に頭を下げていた。

「死にたくない」「助けて」「ごめんなさい」を繰り返していた。

俺は首を静かに横に振った。

「……俺には出来ない」

「なんだ、間近で人々が恐れた災厄を見れると思ったのに」

つまらなさそうにそう呟き、俺に「用があったらまた呼ぶからもう帰れ」とまるでハエを追い払うような手の動きをしていた。

寮に帰る途中、黒子がなんとなく俺から離れて歩いていたのはきっと気のせいではない。
俺の嫌がる事を知っている父には逆らえないと改めて思い知った。
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