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第17話
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そこで、浩太の右側から飛びかかってきた死者の胸板を両手で田辺が押し返す。
「まだ油断はできませんよ、岡島さん」
「ああ!ありがとよ!」
気を取り治し、浩太は肺に空気を貯めて一気に吐き出す。
慎重に大胆に歩み続けた浩太と田辺は、ヘリコプターまで残り五十メートルまで近付く。それに対し、裕介が憂慮のない嬉々とした顔つきでハッチを開く。
「みんな!急いで!」
ハッチから身をのりだし、右手で大きく手招きする裕介の腕が突如、機体の側面より現れた一人の死者に掴まれた。瞠目する暇もなく引摺りだされ、転がった裕介に影が重なる。慌てて、死者の首と肩を下から突き上げ口を離せば、幽鬼のように白濁した眼球と視線が合致し息を呑んだ。
「裕介君!」
亜里沙の叫び声を聞き、反射的に浩太が駆け出すが裕介が鋭い声で制した。
剥き出しになった頭蓋、鼻を奪われぼっかりと穴がある顔面、皮一枚で繋がり揺れている耳と変わり果てた面容をしている死者だが、名残のように漂う雰囲気を裕介は忘れられるはずもなかった。
「親父……」
ぐんっ、と体重がかかり裕介は唸る。吐息が鼻にかかり、裕介を喰らおうと激しく打ち合う歯の音が聞こえる。
八幡西警察署で裕介達を死者から助ける為に犠牲となった父親の姿に、裕介は喉を鳴らしつつ、腹の底から噴き上げてくる感情を吐き出すように吼え、奥歯を締めると、かつて父親だった死者の腹部に添えた右膝で蹴り上げる。よろめいた死者は、ヘリコプターに背中からぶつかり転倒を免れるが、既に立ち上がっていた裕介により右頬を拳で打ち抜かれ横倒しになり、すかさず裕介が跨がり、息子を襲った慚愧の念に苛まれているかのように感じられる濁った父親の眼を見下ろした。
「親父、覚えてるか?」
感慨に耽る呟きは、父親から発せられる獣声により遮られた。だが、構わずに裕介は続ける。
「言ってたよな、正義ってのは生きて誰かを守ることだってさ……」
下から両手を突きだし、裕介の胸倉を掴んだ父親は、そこを起点にして上半身だけを浮かべたが、首を捕らえた裕介の右手により押し戻されれば、何かを訴えるように、更に騒然と喚き始めた。その様子に裕介は柔らかな笑顔を浮かべて言った。
「そんなに心配するなって……俺にも出来たんだよ、守りたいもんってやつがさ……その為に、俺は強くなるから……」
裕介の瞳から流れた滴が父親の額を僅かに濡らす。
「お袋と天国で胸張って見守っててくれよ。二人の息子だってことを俺も誇りに思うから……だから……いつまでも二人で幸せに……」
「まだ油断はできませんよ、岡島さん」
「ああ!ありがとよ!」
気を取り治し、浩太は肺に空気を貯めて一気に吐き出す。
慎重に大胆に歩み続けた浩太と田辺は、ヘリコプターまで残り五十メートルまで近付く。それに対し、裕介が憂慮のない嬉々とした顔つきでハッチを開く。
「みんな!急いで!」
ハッチから身をのりだし、右手で大きく手招きする裕介の腕が突如、機体の側面より現れた一人の死者に掴まれた。瞠目する暇もなく引摺りだされ、転がった裕介に影が重なる。慌てて、死者の首と肩を下から突き上げ口を離せば、幽鬼のように白濁した眼球と視線が合致し息を呑んだ。
「裕介君!」
亜里沙の叫び声を聞き、反射的に浩太が駆け出すが裕介が鋭い声で制した。
剥き出しになった頭蓋、鼻を奪われぼっかりと穴がある顔面、皮一枚で繋がり揺れている耳と変わり果てた面容をしている死者だが、名残のように漂う雰囲気を裕介は忘れられるはずもなかった。
「親父……」
ぐんっ、と体重がかかり裕介は唸る。吐息が鼻にかかり、裕介を喰らおうと激しく打ち合う歯の音が聞こえる。
八幡西警察署で裕介達を死者から助ける為に犠牲となった父親の姿に、裕介は喉を鳴らしつつ、腹の底から噴き上げてくる感情を吐き出すように吼え、奥歯を締めると、かつて父親だった死者の腹部に添えた右膝で蹴り上げる。よろめいた死者は、ヘリコプターに背中からぶつかり転倒を免れるが、既に立ち上がっていた裕介により右頬を拳で打ち抜かれ横倒しになり、すかさず裕介が跨がり、息子を襲った慚愧の念に苛まれているかのように感じられる濁った父親の眼を見下ろした。
「親父、覚えてるか?」
感慨に耽る呟きは、父親から発せられる獣声により遮られた。だが、構わずに裕介は続ける。
「言ってたよな、正義ってのは生きて誰かを守ることだってさ……」
下から両手を突きだし、裕介の胸倉を掴んだ父親は、そこを起点にして上半身だけを浮かべたが、首を捕らえた裕介の右手により押し戻されれば、何かを訴えるように、更に騒然と喚き始めた。その様子に裕介は柔らかな笑顔を浮かべて言った。
「そんなに心配するなって……俺にも出来たんだよ、守りたいもんってやつがさ……その為に、俺は強くなるから……」
裕介の瞳から流れた滴が父親の額を僅かに濡らす。
「お袋と天国で胸張って見守っててくれよ。二人の息子だってことを俺も誇りに思うから……だから……いつまでも二人で幸せに……」
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