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第2話
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「あ……東、お前……」
達也の掠れ声を無視した東は、右手に付着した肉片を蛇のような長い舌で舐めとると、左の肩口からズタズタに引き裂かれたカソックを破り棄てる。露になった全身に、亜里沙は息を呑み口を両手で覆った。
腹部だけでなく、胸部にも臓器が窺えるほどの深い傷がある。収縮と膨張を短い間隔で繰り返しているのが心臓だろう。垂れた内蔵を掬って体内へ押し込んだ東が、ニヤリ、と笑みを作る。これまで、異様な光景など幾度も目にしてきたが、この東という男だけは、もはや人間の範疇では語れない。亜里沙が加奈子を抱き寄せる中、達也は東にとある変化が起きているのだと悟った。理由としては只一つ、熊に引き剥がされたであろう顔面の皮膚だ。
熊との格闘中、東の顔面は、左耳の付け根まで朱色になっており、首から上は、さながら人体模型のような様相を呈していた。だが、今となっては頬の半分まで皮膚が延びてきている。そんなことがありえるのか、と達也は尚も注視して、二の句が継げなくなった。皮膚の先端が、まるで化膿した傷口に密集した蛆虫の大軍が身を捩って這うように、グチュグチュと鼻へ進んでいっている。これが熊が東から離れなかった原因なのだろう。食って、喰って、貪ろうとも戻り続ける肉体など二つと存在しない。
酸いた臭いが胃から喉に登ってくるのが分かり、達也は唾を呑んだ。何があったのかは知らないが、東の身体は驚異的な速度でどんな傷でも塞げるのだろう。さきほど、亜里沙が呟いた化け物がまさにびたりと当てはまる。
「よぉぉ……自衛官……なあに呆然としてやがんだぁ?現実を受け入れねえと、神様から見放されちまうぞぉ」
「はっ……人間やめて化け物になっちまった奴に言われても……説得力ねえよ」
愁眉を帯びた達也の目付きに、東は肩を揺らす。
「随分と強がってんじゃねえか。分かってんだよ、そこの女に刺された傷が傷むんだろうが」
達也は瞠目する。あのときは、まだ東が熊に喰われている最中だったはずだ。つまり、東は達也から一寸たりとも双眸を外していなかったということになる。その事実によるものか、はたまた痛みのせいか、それとも畏怖の念か、自身の背中で、ひどく冷たい汗が吹き出るのを感じた。不意に沸き上がった達也の怯懦に構わず、東が続ける。
「女ァ、蝿みてえに鬱陶しい自衛官を刺すなんざ、良い仕事してくれんじゃねえかよ。お陰で殺りやすくなったぜぇ……ひゃーーははははははは!」
嬉々とした笑い声は、三人の意識を丸々と呑みこんだ。
達也の掠れ声を無視した東は、右手に付着した肉片を蛇のような長い舌で舐めとると、左の肩口からズタズタに引き裂かれたカソックを破り棄てる。露になった全身に、亜里沙は息を呑み口を両手で覆った。
腹部だけでなく、胸部にも臓器が窺えるほどの深い傷がある。収縮と膨張を短い間隔で繰り返しているのが心臓だろう。垂れた内蔵を掬って体内へ押し込んだ東が、ニヤリ、と笑みを作る。これまで、異様な光景など幾度も目にしてきたが、この東という男だけは、もはや人間の範疇では語れない。亜里沙が加奈子を抱き寄せる中、達也は東にとある変化が起きているのだと悟った。理由としては只一つ、熊に引き剥がされたであろう顔面の皮膚だ。
熊との格闘中、東の顔面は、左耳の付け根まで朱色になっており、首から上は、さながら人体模型のような様相を呈していた。だが、今となっては頬の半分まで皮膚が延びてきている。そんなことがありえるのか、と達也は尚も注視して、二の句が継げなくなった。皮膚の先端が、まるで化膿した傷口に密集した蛆虫の大軍が身を捩って這うように、グチュグチュと鼻へ進んでいっている。これが熊が東から離れなかった原因なのだろう。食って、喰って、貪ろうとも戻り続ける肉体など二つと存在しない。
酸いた臭いが胃から喉に登ってくるのが分かり、達也は唾を呑んだ。何があったのかは知らないが、東の身体は驚異的な速度でどんな傷でも塞げるのだろう。さきほど、亜里沙が呟いた化け物がまさにびたりと当てはまる。
「よぉぉ……自衛官……なあに呆然としてやがんだぁ?現実を受け入れねえと、神様から見放されちまうぞぉ」
「はっ……人間やめて化け物になっちまった奴に言われても……説得力ねえよ」
愁眉を帯びた達也の目付きに、東は肩を揺らす。
「随分と強がってんじゃねえか。分かってんだよ、そこの女に刺された傷が傷むんだろうが」
達也は瞠目する。あのときは、まだ東が熊に喰われている最中だったはずだ。つまり、東は達也から一寸たりとも双眸を外していなかったということになる。その事実によるものか、はたまた痛みのせいか、それとも畏怖の念か、自身の背中で、ひどく冷たい汗が吹き出るのを感じた。不意に沸き上がった達也の怯懦に構わず、東が続ける。
「女ァ、蝿みてえに鬱陶しい自衛官を刺すなんざ、良い仕事してくれんじゃねえかよ。お陰で殺りやすくなったぜぇ……ひゃーーははははははは!」
嬉々とした笑い声は、三人の意識を丸々と呑みこんだ。
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