感染

saijya

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第12話

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    残り十時間、世界で一番長い十時間、世界でもっとも危険な十時間のなるだろう。田辺は、デジタルカメラを一際強く握り締めた。この調子ならば、約束の時間には間に合いそうだ。しかし、万事が順調に進むはずもない。きっと、なんらかのアクシデントは起こる、それに備える必要性もだ。
    田辺は、腰を浮かして操縦席から外を覗いてみると、船影がちらほらと確認でき、田辺を奥歯を締めた。
    奪い合うことでしか、歴史は刻まれないのか、そんな陰鬱な錯覚に陥いそうになる。人と人、国と国、同じ地球、同じ人間なのに、どうしてこうも違いが生まれてしまうのだろうか。
    田辺はそこで、今は、他のことに気を取られている場合ではないと、頭を振って元の位置に腰をおろした。 

「田辺......お前には、先に伝えておこうと思う」

    ふと、野田が言った。田辺は、その声に顔を向ける。野田は、なんとも形容できない微妙な表情で唇を噛んでいた。

「本当に......すまなかった。これから先、俺の代わりに貴子を......」

「野田さん、そこから先は、言わないで下さい、充分です。罰と同じく、人も変わる。僕が言えることはそれだけですから......」

    野田の言葉を遮り、人は変わると、もう一度だけ田辺は呟き微笑んだ。
    変わること、それが果たして、人の幸福に繋がるかは分からない。しかし、それは人の一生を年数で数えるのか、日数で数えるのか、そんな質問以上に意味のない考えなのかもしれない。答えは、限りなく自身の中に眠っているのだ。人は、結婚を幸せと定義することもあり、子供を産み、育てることも心を満たすには、充分かもしれない。ただし言葉は悪いが、因業な生まれであれば、死さえも幸福だと思える者もあるだろう。何を慶福と捉えるかは、やはり人それぞれがどう捉えるかにある。趣味に生きることも、趣味を捨てることも幸福に繋がることだってある。
    だが、望まぬ死を迎えることだけは、決して幸福などではない。
    田辺は、無機質な天井を眺めて、見えない空を仰いだ。

「......本当に、人間というものは、難儀なものなのですね、浜岡さん......」

    そこで、思考を断ち切ると、視線を下ろして三人の顔を見回し、九州地方まで、残り一 時間だと操縦士が大声で言うと、プロペラが回転数をあげ、グングンと地獄の門へ進んでいく、そんな心境の中で、田辺はカメラをポケットに戻して深く息を吐いた。

「誰の言葉だったか......間違ったことの言い訳をするよりも、正しいことをする方が時間がかからない......本当に、その通りだな......」

    田辺の囁きは、機内に響く音で遮られた。
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