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第16話
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※※※ ※※※
使徒共の伸吟が木霊する。もう、目を閉じてても、分かるくらいだ。どれだけの時間、これを聞いてきただろう。二十四時間、四十八時間、いや、苦痛に悶えるような呻き声は、九州がこうなる前から、頭蓋を響かせる虫の羽音とともに、頭にこびりついていた。 もはや、逃げることなど出来ない。
一体、どこで選択を間違えたのだろうか。ここに来るまでは完璧だった。
長年、探し求めた理解者にも出会え、自身を必要だとも答えてくれ、頭の中を飛び回る羽虫を取り除くことが出来る唯一の人間だった。だが、これはどういう事だ。
東の周囲には、頭を潰された使徒が多数転がっている。
右手以外の全てを使い、使徒を蹴り倒し、踏み潰し、殴り潰し、サイクル店の自転車や、ゲームセンターの椅子、機械といった環境までも利用し、東はこの状況を作り上げた。
肩で呼吸を繰り返しながら、真っ赤に染まった自転車を放り捨て、柱に背中を合わせる。
その時に、それは起きた。
東の足を掴んだのは、一人の使徒だ。俯せのまま、捕らえた足に噛みつこうとしている使徒は、上半身のみで、露出した臓器を引き摺りながら進んでくる。
舌打ちを挟み、足を払えば、いとも容易く拘束から逃れられた。やけに、弱々しい。普段ならば、そこで後頭部を踏み潰して終わりなのだろう。
しかし、東は好奇心から使徒を仰臥させた。物珍しさもあった。通常、顔をあげて獲物を捉えてから使徒は動き出すのだが、この使徒は、まるで顔を見られたくないとばかりに、うつむいたままだったからだ。
そして、東は、目を剥いて口を塞いだ。膝が激しく揺れ始める。瞳孔が開いていることすら、自分で理解出来る。込み上げてくるものを必死に呑み込もうとするが、喉も動かない。仰向けのまま、手を挙げる使徒は、獣声を漏らしながら、空を切って腕をばたつかせている。
「......アンタ......なにしてんだよ......」
蚊の鳴くような東の呟きは、上半身だけで横たわる使徒には聴こえていない。耳が引きちぎられているから、ではなく、理性も感情も、思考も知性も、主義や主張、その何もかもが失われているからだ。
どれだけ、この声を聞いていれば良い。二十四時間、四十八時間、それとも永遠にか。
他の誰がこんな悲鳴にも似た声をあげていようと、知ったことではないが、東に耐えられるはずもなかった。濡れた髪、着ている紅い服、脇にある壊れた眼鏡、全てが繋がる。
「う......うわ......うわ......うおおおおおおおお!」
東の喚き声と同じくして、その使徒は、助けを求めるように、眼前にある獲物を求めるように、両手をバタつかせ始める。見開かれた眼球に黒はなく、白い目玉がギョロギョロと動く。
「チクショウ!チクショウ!チクショウ!ふざけんな!ふざけんな馬鹿野郎!なにやってんだよ!アンタ、なにやってんだよ!アアアア!」
東は、膝をつき乱暴に使徒の額を左手で抑えた。尚も暴れる使徒が動く度に、晒された臓器が潰れていく。
とうとう堪えられなくなり、吐瀉物が口から洩れだした。そのまま蹲まった後、東は背中を震わせる。
「ひひ......ひゃはは......ひゃーーははははははは!そうか!そういうことかよ安部さんよお!ああ、理解したぜぇ......アンタは俺にこう教えたいんだな?結局、人は一人になる。誰かに必要とされることすら利用しろってな!アンタは、俺に人間性を教えてくれた!それこそが、俺に足りないものなんだってよ!最後の最後に、こんな姿になってまでよお!アンタ、やっぱ最高だ!さいっこうだよ安部さんよお......!」
東は狂ったように捲し立てた。それからも、しばらく腹を抱えて笑い続ける。
数分を過ぎた頃には、目から涙が溢れ始めていた。
そして、東は中腰に身体をあげて言った。
「でもよ、アンタだけ一人にはさせねえ......アンタをあらゆる負の面から守るのは俺だ。そして、俺を光から守るのはアンタの役目だ。だから......」
使徒共の伸吟が木霊する。もう、目を閉じてても、分かるくらいだ。どれだけの時間、これを聞いてきただろう。二十四時間、四十八時間、いや、苦痛に悶えるような呻き声は、九州がこうなる前から、頭蓋を響かせる虫の羽音とともに、頭にこびりついていた。 もはや、逃げることなど出来ない。
一体、どこで選択を間違えたのだろうか。ここに来るまでは完璧だった。
長年、探し求めた理解者にも出会え、自身を必要だとも答えてくれ、頭の中を飛び回る羽虫を取り除くことが出来る唯一の人間だった。だが、これはどういう事だ。
東の周囲には、頭を潰された使徒が多数転がっている。
右手以外の全てを使い、使徒を蹴り倒し、踏み潰し、殴り潰し、サイクル店の自転車や、ゲームセンターの椅子、機械といった環境までも利用し、東はこの状況を作り上げた。
肩で呼吸を繰り返しながら、真っ赤に染まった自転車を放り捨て、柱に背中を合わせる。
その時に、それは起きた。
東の足を掴んだのは、一人の使徒だ。俯せのまま、捕らえた足に噛みつこうとしている使徒は、上半身のみで、露出した臓器を引き摺りながら進んでくる。
舌打ちを挟み、足を払えば、いとも容易く拘束から逃れられた。やけに、弱々しい。普段ならば、そこで後頭部を踏み潰して終わりなのだろう。
しかし、東は好奇心から使徒を仰臥させた。物珍しさもあった。通常、顔をあげて獲物を捉えてから使徒は動き出すのだが、この使徒は、まるで顔を見られたくないとばかりに、うつむいたままだったからだ。
そして、東は、目を剥いて口を塞いだ。膝が激しく揺れ始める。瞳孔が開いていることすら、自分で理解出来る。込み上げてくるものを必死に呑み込もうとするが、喉も動かない。仰向けのまま、手を挙げる使徒は、獣声を漏らしながら、空を切って腕をばたつかせている。
「......アンタ......なにしてんだよ......」
蚊の鳴くような東の呟きは、上半身だけで横たわる使徒には聴こえていない。耳が引きちぎられているから、ではなく、理性も感情も、思考も知性も、主義や主張、その何もかもが失われているからだ。
どれだけ、この声を聞いていれば良い。二十四時間、四十八時間、それとも永遠にか。
他の誰がこんな悲鳴にも似た声をあげていようと、知ったことではないが、東に耐えられるはずもなかった。濡れた髪、着ている紅い服、脇にある壊れた眼鏡、全てが繋がる。
「う......うわ......うわ......うおおおおおおおお!」
東の喚き声と同じくして、その使徒は、助けを求めるように、眼前にある獲物を求めるように、両手をバタつかせ始める。見開かれた眼球に黒はなく、白い目玉がギョロギョロと動く。
「チクショウ!チクショウ!チクショウ!ふざけんな!ふざけんな馬鹿野郎!なにやってんだよ!アンタ、なにやってんだよ!アアアア!」
東は、膝をつき乱暴に使徒の額を左手で抑えた。尚も暴れる使徒が動く度に、晒された臓器が潰れていく。
とうとう堪えられなくなり、吐瀉物が口から洩れだした。そのまま蹲まった後、東は背中を震わせる。
「ひひ......ひゃはは......ひゃーーははははははは!そうか!そういうことかよ安部さんよお!ああ、理解したぜぇ......アンタは俺にこう教えたいんだな?結局、人は一人になる。誰かに必要とされることすら利用しろってな!アンタは、俺に人間性を教えてくれた!それこそが、俺に足りないものなんだってよ!最後の最後に、こんな姿になってまでよお!アンタ、やっぱ最高だ!さいっこうだよ安部さんよお......!」
東は狂ったように捲し立てた。それからも、しばらく腹を抱えて笑い続ける。
数分を過ぎた頃には、目から涙が溢れ始めていた。
そして、東は中腰に身体をあげて言った。
「でもよ、アンタだけ一人にはさせねえ......アンタをあらゆる負の面から守るのは俺だ。そして、俺を光から守るのはアンタの役目だ。だから......」
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