感染

saijya

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第3話

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 祐介と彰一は、短い呼吸を繰り返す。緊張状態からくる酸素の欠乏だろう。天井を仰いだ二人が見たのは、真っ白な天井だった。車内の無機質な灰色の天井ではない。
    目を見開いた祐介は、生き延びたことに対する安堵よりも先に、同じく隣で横たわる彰一を見た。
 肩から左の掌にかけて染まった鮮血は、未だにその範囲を広げている。恐らく、祐介を救出する際に、傷口を拡げてしまったのだろう。
    いや、それよりも、重大な懸念がある。息を整えるよりも早く、祐介は上半身だけを起き上がらせた。 

「彰一!傷を......」

 祐介の言葉は、そこで止められた。彰一が一気に睥睨したからだ。尖った目付きは、祐介の唇を一文字に閉じさせる。それは、彰一に臆した訳ではなく、彰一が言わんとしていることが手に取るように分かったからだった。
    助けてくれたとはいえ、出会って間もない男を信用するには、圧倒的に情報が少ない。それに、彰一が死者に噛まれている事実を告げれば、警察署での惨劇を繰り返すことになりかねない。
 祐介は、悔しさから唇を噛んだ。
    どうして、こんな世界になったんだ。たった一つの出来事が人間同士での殺し合いに発展してしまう。そんな残酷な世の中に、平和はないのだろうか。
    阿里沙も、目線から察したのか、駆け寄った限り、細く声を掛けただけだ。
   そんな中、口火を切ったのは、四人を助けた長身の男だった。

「......まさか、噛まれたのですか?」

 祐介は、弾かれたように男を見て、目を剥いた。今度は、驚愕で喉が塞がった。
 気付かなかった。あれだけの騒動で余裕がなかったのもあるが、異様な真っ白な服装は、確かに、目に焼き付いている。
 あの時、野球で鍛えた動体視力をもつ祐介にだけ見えた人物、八幡西警察署のバリケードへ向けて、無慈悲な一撃を見舞った男がそこにいた。

「ああ......大丈夫、噛まれた傷じゃない......ちょっと窓の代わりにしていた看板がシャッターにぶつかった時に、肩の肉を抉られたんだ」

 彰一は、自ら左の肩口の服をずらして、傷口を晒す。
    男は、身体をかがめて、しばらく眺めた後に、噛み傷ではないと納得したのか、深く頷くと酷く芝居じみた動作で胸に手を当て一礼する。

「本当に無事で良かった。申し遅れました、私は安部といいます」

「ご丁寧にどうも......俺は坂本彰一、祐介、阿里沙、それから......」

 そこまで紹介して、彰一は、横目で阿部の目線を辿った。舐めるような、じっとりとした視線は、加奈子にのみ向けられおり、眉間を狭めた。

「......加奈子だ」

「ええ、よく分かりました。ありがとうございます」

 丁寧な口調が、より不気味さを際立たせている。 
    それは、阿里沙にも伝わっているのか、祐介の胸元を、きゅっ、と掴んだ。
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