142 / 419
第14話
しおりを挟む
そのサインに東は更に激昂したようだが、人が道具も無しに飛び越えられる距離ではない。
埋まらない距離は、東から冷静さを奪っている。武器も無しに声を張るなど、現状では自殺に等しい。戦車を囲む暴徒達が一斉に雄叫びをあげ、より狙いやすい東へ目標を変更し、館内へと吸い込まるように消えていく。
満杯になったダムから溢れだした水のように、暴徒の波が凄まじい速度で人間を津波のごとく飲み込んでいく光景は、達也の双眸を釘付けにし、判断を遅れさせた。
「古賀さん、早く逃げろ」
軽く叩かれたように、達也は小さく震えた。そうだ、いつまでもここにいる訳にはいかない。
暴徒の一団の内、数名が二階にいる二人に濁りきった白目を向け咆哮している。二人のもとに辿り着くのも時間の問題だ。
「あ……ああ、そうだな。ほら、肩、かしてやるから急いで......」
小金井は、そこで首を振った。
「いいや、逃げるのは古賀さんだけだ」
「何......言ってんだ?冗談言い合ってる場合じゃねえのは分かるんだよな?」
小金井が正気なのかを疑念を抱くほど、信じられない言葉だった。
心の底が激しく震盪するのを自覚しつつある達也に頷きかける。
「ここにいた人間は、全員が俺の仲間だったんだよ。置いてなんかいけない」
「お前の言い分も分かる。けどな、こんなこと言いたかねえけど……お前は、今、生きてんだぞ?」
「ああ、生きてるよ。だからさ、俺にしか出来ないんだよ」
小金井は、二階へあがるエスカレーターで絡み合う暴徒の集団を指差した。強引に腹部を破られたような痛々しい傷口から、臓器が僅かに露出している。
「あの先頭にいる奴は、俺の親友だった。その後ろは、そいつの奥さんと子供だ。あのじいさんからは、小さい頃に、庭になってた柿を盗んで怒られたっけな......」
次々に指差し、一人一人との思い出を短く語っていき、その人数が十人を越えると、小金井は達也に向き直った。
「全員、あの二人に破られた館にいた犠牲者で俺の知り合いなんだ。あの人達をキチンとした場所に送るのは......死者を正しい場所に送ってやることは、生きてる人間にしかできないんだよ」
そう言って小金井は、ナイフを拾った。暴徒は、エスカレーターの中腹で、我先に二人を喰らおうとした結果、混雑を起こしている。
「......お前はそれで良いのか?」
「ああ、悔いはないよ。安部と東に、一発、でかいのをお見舞いできたしね」
「......そうかよ。分かった、お前の好きにしろ。ただな、一つだけ言わせてもらうぞ」
「......何?」
達也は、一つ敬礼を挟んで言った。
「疑って悪かったな。さっきも言ったが、お前ほど、勇敢な男はいない」
小金井は吹き出し、一頻り笑ったあと、バツが悪そうに立っている達也に左の拳を向ける。
「なら、勇敢な男から託すよ。もし、これから先、安部と東に会うことがあったら......」
背後で床を強く踏む音がする。暴徒が二階に到着した。気づいていたが、達也は小金井の言葉を待ち続ける。
仲間から恨まれようと、影で罵られようと、裏切り者と扱われようと、仲間の為に全てを擲つ男の最後を聞く為に、一言一句逃さぬ為に、達也は、その時をじっ、と待った。
唇が震え、小金井が微笑んだ。
「こいつを一発、奴等の頬にぶちこんでやってくれ」
達也は、右手を強く握り、眼前に突きだされた拳に当てた。
「確かに受け取ったよ、小金井」
自分よりも小さいが熱い拳だった。小金井の怒り、優しさ、それら全てが凝縮されたような感情が詰まった拳頭だった。
暴徒との距離がみるみる内に縮まっていく。小金井はナイフを握り直した。
「頼んだよ、古賀さん......行け!走れ!」
達也は振り返らずに、三階への階段をひた走り、駐車場へと抜けていく。それを見届けると、小金井は振り向いてナイフを振り上げた。
埋まらない距離は、東から冷静さを奪っている。武器も無しに声を張るなど、現状では自殺に等しい。戦車を囲む暴徒達が一斉に雄叫びをあげ、より狙いやすい東へ目標を変更し、館内へと吸い込まるように消えていく。
満杯になったダムから溢れだした水のように、暴徒の波が凄まじい速度で人間を津波のごとく飲み込んでいく光景は、達也の双眸を釘付けにし、判断を遅れさせた。
「古賀さん、早く逃げろ」
軽く叩かれたように、達也は小さく震えた。そうだ、いつまでもここにいる訳にはいかない。
暴徒の一団の内、数名が二階にいる二人に濁りきった白目を向け咆哮している。二人のもとに辿り着くのも時間の問題だ。
「あ……ああ、そうだな。ほら、肩、かしてやるから急いで......」
小金井は、そこで首を振った。
「いいや、逃げるのは古賀さんだけだ」
「何......言ってんだ?冗談言い合ってる場合じゃねえのは分かるんだよな?」
小金井が正気なのかを疑念を抱くほど、信じられない言葉だった。
心の底が激しく震盪するのを自覚しつつある達也に頷きかける。
「ここにいた人間は、全員が俺の仲間だったんだよ。置いてなんかいけない」
「お前の言い分も分かる。けどな、こんなこと言いたかねえけど……お前は、今、生きてんだぞ?」
「ああ、生きてるよ。だからさ、俺にしか出来ないんだよ」
小金井は、二階へあがるエスカレーターで絡み合う暴徒の集団を指差した。強引に腹部を破られたような痛々しい傷口から、臓器が僅かに露出している。
「あの先頭にいる奴は、俺の親友だった。その後ろは、そいつの奥さんと子供だ。あのじいさんからは、小さい頃に、庭になってた柿を盗んで怒られたっけな......」
次々に指差し、一人一人との思い出を短く語っていき、その人数が十人を越えると、小金井は達也に向き直った。
「全員、あの二人に破られた館にいた犠牲者で俺の知り合いなんだ。あの人達をキチンとした場所に送るのは......死者を正しい場所に送ってやることは、生きてる人間にしかできないんだよ」
そう言って小金井は、ナイフを拾った。暴徒は、エスカレーターの中腹で、我先に二人を喰らおうとした結果、混雑を起こしている。
「......お前はそれで良いのか?」
「ああ、悔いはないよ。安部と東に、一発、でかいのをお見舞いできたしね」
「......そうかよ。分かった、お前の好きにしろ。ただな、一つだけ言わせてもらうぞ」
「......何?」
達也は、一つ敬礼を挟んで言った。
「疑って悪かったな。さっきも言ったが、お前ほど、勇敢な男はいない」
小金井は吹き出し、一頻り笑ったあと、バツが悪そうに立っている達也に左の拳を向ける。
「なら、勇敢な男から託すよ。もし、これから先、安部と東に会うことがあったら......」
背後で床を強く踏む音がする。暴徒が二階に到着した。気づいていたが、達也は小金井の言葉を待ち続ける。
仲間から恨まれようと、影で罵られようと、裏切り者と扱われようと、仲間の為に全てを擲つ男の最後を聞く為に、一言一句逃さぬ為に、達也は、その時をじっ、と待った。
唇が震え、小金井が微笑んだ。
「こいつを一発、奴等の頬にぶちこんでやってくれ」
達也は、右手を強く握り、眼前に突きだされた拳に当てた。
「確かに受け取ったよ、小金井」
自分よりも小さいが熱い拳だった。小金井の怒り、優しさ、それら全てが凝縮されたような感情が詰まった拳頭だった。
暴徒との距離がみるみる内に縮まっていく。小金井はナイフを握り直した。
「頼んだよ、古賀さん......行け!走れ!」
達也は振り返らずに、三階への階段をひた走り、駐車場へと抜けていく。それを見届けると、小金井は振り向いてナイフを振り上げた。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
夜通しアンアン
戸影絵麻
ホラー
ある日、僕の前に忽然と姿を現した謎の美少女、アンアン。魔界から家出してきた王女と名乗るその少女は、強引に僕の家に住みついてしまう。アンアンを我が物にせんと、次から次へと現れる悪魔たちに、町は大混乱。僕は、ご先祖様から授かったなけなしの”超能力”で、アンアンとともに魔界の貴族たちからの侵略に立ち向かうのだったが…。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
【完結】わたしの娘を返してっ!
月白ヤトヒコ
ホラー
妻と離縁した。
学生時代に一目惚れをして、自ら望んだ妻だった。
病弱だった、妹のように可愛がっていたイトコが亡くなったりと不幸なことはあったが、彼女と結婚できた。
しかし、妻は子供が生まれると、段々おかしくなって行った。
妻も娘を可愛がっていた筈なのに――――
病弱な娘を育てるうち、育児ノイローゼになったのか、段々と娘に当たり散らすようになった。そんな妻に耐え切れず、俺は妻と別れることにした。
それから何年も経ち、妻の残した日記を読むと――――
俺が悪かったっ!?
だから、頼むからっ……
俺の娘を返してくれっ!?
ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける
気ままに
ホラー
家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!
しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!
もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!
てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。
ネタバレ注意!↓↓
黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。
そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。
そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……
"P-tB"
人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……
何故ゾンビが生まれたか……
何故知性あるゾンビが居るのか……
そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる