87 / 419
13話
しおりを挟む
※※※ ※※※
あれから、もう一時間近くが経過している。祐介は気が狂いそうになりながらも、必死に正気を保っていた。
異常者の体力は無尽蔵なのか、押しかかる重圧は途切れることがない。それでも歯を食い縛っていられるのは、生き残った際の目標が出来たからかもしれない。
祐介は、ちらり、と背後に目を向ける。胸の前で両手を組み、祈るような眼差しでトラックが走り去った道を凝視する阿里沙の姿がある。加奈子もまた、阿里沙と同様に外を眺めていた。彰一も腰を落とし、必死の形相で扉を押さえ付けている。
ここが踏ん張り所なのだ。
なにがあろうと、ここで諦める訳にはいかない。しかし、肉体、体力には限界があった。徐々に、外からの圧力の強まってきている。もう何分経過しただろうか。気が遠くなりそうだ。腕の痺れが永遠に続くのではないのかとさえ思う。
パイプが軋む幻聴まで聞こえ始める。いや、それが本当に幻聴なのか判断することを脳が嫌がっているようだった。
早く終わってほしい、そう願えば願うほど、時の流れが急激に低下する。滴る汗が、頬を伝い顎から落ちる。普段なら気にもしない事も、鋭敏に感じることができる極限の状態は、本人達の意思とは無関係に、身体に異変を起こし始める。
彰一の足が、がくり、と崩れた。
「彰一!」
祐介が、僅かに気をとられた瞬間、扉の圧が強まり、ついにパイプがひしゃげる音が鳴った。
直感が告げる。もう、これ以上は保たない。扉の隙間から差し込まれた血塗れの腕が祐介の袖を掴んで引き寄せてくる。血に濡れた顔には、鼻や耳といった器官が、すっぽりと抜け落ちている。だが、ようやく手にした獲物を逃すまいとする力強さだけは、衰えることはない。
「この!」
祐介は、扉に強烈な前蹴りを入れ、身体ごと押し込んだ。垣間見えたパイプは、取っ手口から落ちかけている。閂としての役割を担うには、心許ない状態だった。
周りを見渡し、何か打開策になり得る物はないかと探るが、もう手詰まりだった。ただ広い畳部屋があるだけだ。
彰一が立ち上がり、身体に鞭打ち、祐介の加勢に加わるも、一度破られかけた勢いは止まらない。
祐介は、拳銃を抜いた。もう元人間だからと躊躇っている場合ではない。殺さなければ、こちらが殺される。
服を掴んでいた異常者の一人が、再び腕を伸ばしてきた。
祐介は、その手を避けると、一歩下がって、M360の銃口を異常者の眉間に合わせる。恨めしそうに、こちらを睨みつける濁った白い眼球に映ったのは、黒い穴だ。
覚悟を決めろ、唇を噛め、引き金に指を掛けろ、深く息を吸い込み、吐き出し、動揺を消せ。
祐介は、目を見開く。
......そして、銃声が響いた。
あれから、もう一時間近くが経過している。祐介は気が狂いそうになりながらも、必死に正気を保っていた。
異常者の体力は無尽蔵なのか、押しかかる重圧は途切れることがない。それでも歯を食い縛っていられるのは、生き残った際の目標が出来たからかもしれない。
祐介は、ちらり、と背後に目を向ける。胸の前で両手を組み、祈るような眼差しでトラックが走り去った道を凝視する阿里沙の姿がある。加奈子もまた、阿里沙と同様に外を眺めていた。彰一も腰を落とし、必死の形相で扉を押さえ付けている。
ここが踏ん張り所なのだ。
なにがあろうと、ここで諦める訳にはいかない。しかし、肉体、体力には限界があった。徐々に、外からの圧力の強まってきている。もう何分経過しただろうか。気が遠くなりそうだ。腕の痺れが永遠に続くのではないのかとさえ思う。
パイプが軋む幻聴まで聞こえ始める。いや、それが本当に幻聴なのか判断することを脳が嫌がっているようだった。
早く終わってほしい、そう願えば願うほど、時の流れが急激に低下する。滴る汗が、頬を伝い顎から落ちる。普段なら気にもしない事も、鋭敏に感じることができる極限の状態は、本人達の意思とは無関係に、身体に異変を起こし始める。
彰一の足が、がくり、と崩れた。
「彰一!」
祐介が、僅かに気をとられた瞬間、扉の圧が強まり、ついにパイプがひしゃげる音が鳴った。
直感が告げる。もう、これ以上は保たない。扉の隙間から差し込まれた血塗れの腕が祐介の袖を掴んで引き寄せてくる。血に濡れた顔には、鼻や耳といった器官が、すっぽりと抜け落ちている。だが、ようやく手にした獲物を逃すまいとする力強さだけは、衰えることはない。
「この!」
祐介は、扉に強烈な前蹴りを入れ、身体ごと押し込んだ。垣間見えたパイプは、取っ手口から落ちかけている。閂としての役割を担うには、心許ない状態だった。
周りを見渡し、何か打開策になり得る物はないかと探るが、もう手詰まりだった。ただ広い畳部屋があるだけだ。
彰一が立ち上がり、身体に鞭打ち、祐介の加勢に加わるも、一度破られかけた勢いは止まらない。
祐介は、拳銃を抜いた。もう元人間だからと躊躇っている場合ではない。殺さなければ、こちらが殺される。
服を掴んでいた異常者の一人が、再び腕を伸ばしてきた。
祐介は、その手を避けると、一歩下がって、M360の銃口を異常者の眉間に合わせる。恨めしそうに、こちらを睨みつける濁った白い眼球に映ったのは、黒い穴だ。
覚悟を決めろ、唇を噛め、引き金に指を掛けろ、深く息を吸い込み、吐き出し、動揺を消せ。
祐介は、目を見開く。
......そして、銃声が響いた。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
夜通しアンアン
戸影絵麻
ホラー
ある日、僕の前に忽然と姿を現した謎の美少女、アンアン。魔界から家出してきた王女と名乗るその少女は、強引に僕の家に住みついてしまう。アンアンを我が物にせんと、次から次へと現れる悪魔たちに、町は大混乱。僕は、ご先祖様から授かったなけなしの”超能力”で、アンアンとともに魔界の貴族たちからの侵略に立ち向かうのだったが…。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
【完結】わたしの娘を返してっ!
月白ヤトヒコ
ホラー
妻と離縁した。
学生時代に一目惚れをして、自ら望んだ妻だった。
病弱だった、妹のように可愛がっていたイトコが亡くなったりと不幸なことはあったが、彼女と結婚できた。
しかし、妻は子供が生まれると、段々おかしくなって行った。
妻も娘を可愛がっていた筈なのに――――
病弱な娘を育てるうち、育児ノイローゼになったのか、段々と娘に当たり散らすようになった。そんな妻に耐え切れず、俺は妻と別れることにした。
それから何年も経ち、妻の残した日記を読むと――――
俺が悪かったっ!?
だから、頼むからっ……
俺の娘を返してくれっ!?
ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける
気ままに
ホラー
家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!
しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!
もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!
てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。
ネタバレ注意!↓↓
黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。
そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。
そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……
"P-tB"
人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……
何故ゾンビが生まれたか……
何故知性あるゾンビが居るのか……
そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる