感染

saijya

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第7部 邂逅

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「例えばだ。ここに、殺されることを望んでいる人間がいるとする。次に必要なのは、誰かを殺してみたいという欲求がある人間だ」

    中間市のショッパーズモールの二階、吹き抜けの渡り廊下で小柄な男が言った。
    前を歩くのは、初老の男性だった。厳重に施された目隠しは、視覚による情報を遮断し、塞がれはしていない耳は、読経のような抑揚のない口調の語りと、階下に蔓延る使徒の呻吟の声を鋭敏に捉えている。男性の背中を、冷えた汗が伝う。

「こんな話がある。とある場所で知り合った二人組の男の話だ。一人は誰かに食べられたいと願い、一人は誰かを食べてみたいと思っていた。その後、二人は互いの欲を満たした」 

    腕は後ろ手に縛られ、余ったロープの先を小柄な男が握っている。完全に主導権を奪われるというのは、並外れた信頼関係がなければ、尋常ではない恐怖に襲われる。それは、命さえも相手に委ねることと、同義だ。
    小柄な男が、階下を覗く。酷い腐臭を散らしながら、救いを乞うように両手を伸ばす使徒達の重なりあう唸りが合唱みたいだ。小柄な男は、タクトを片手に、演奏者に指揮を飛ばしている気分だった。そろそろ、この単調な音楽にも、刺激が必要だろうか。

「世界で数例、極めて珍しい猟奇的な合意殺人だ。だがよ、俺は考えた。果たして、それは本当に合意だったのか?死人に口が無いことをいいことに、ただただ欲求を満たす為だけに犯行に及んだんじゃないか?」

    初老の男性は、髪の毛を掴まれ、手摺に顔面を打ち付けられた。鼻の骨が折れたのか、男性の鼻から流れ出した夥しい血が、手摺を伝い、使徒達の元へ届く。
    苦痛による叫びは、使徒の歓声に似た呻きでかきけされた。男の耳元で、小柄な男が囁く。

「ところでよ、お前はアイツらを餌付けできるか興味ないか?あるよな、あるに決まってる。だから、いまから階下に落とす。だがな、これは殺人じゃあない。使徒と俺の好奇心と食欲という欲求を満たすだけだ」

「そんな......ことが......許されるはずが......」

    息も絶え絶えに、初老の男性が絞り出した言葉に、小柄な男は、堪らないといった様子で笑った。

「言ったろ?死人に口はねえんだよ。あるのは、ただ、アンタが生きたまま喰われて、俺の好奇心を満たしてくれたっつう事実だけだ」

    突如、よっ、と軽い声がしたかと思うと、腰に腕が回され、初老の男性は、浮遊感を覚えた。抱えられたのだと理解するまでに、さほど時間は掛からなかった。初老の男性から血の気が引いていく。

「やめろ!こんなことをして何の意味がある!貴様の好奇心になど、欠片も興味はない!」

「ひゃはははは!今の質問と俺の好奇心について、アンタが知る意味があるのかよ?安心しろよ、運が良ければ死なずに済むかもしれねえぞ!」

    楽しそうな笑い声の後、初老の男性の背中が手摺までズレた。
    腰まであと少しだ。

「頼む!やめてくれ!やめて下さい!」

「無理、もう待てねえよ」 

    切り落とすような言葉を吐き捨てられた初老の男性の腰が、手摺を過ぎた。宙吊りのような状態の男性に向かって、使徒達が食事を前にした獣のように白濁とした両目を向け、腕を伸ばす。
    白髪混じりの頭を振り回し、見えない恐怖に喚き始め、小柄な男は顔をしかめた。
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