感染

saijya

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第7話

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    午後二時半に、田辺は動き出した。恐らく、政治家などが集まる場所は、他社の記者が犇めきあっているだろう。ならば、田辺はコネを使う。数度のコール音が響き、電話に出たのは、妙齢の声だった。

「はい、どちら様でしょう」

 ここで、姓を名乗らないことから、緊張感が窺える。田辺は、出来るだけ明るい声で、ほぐすように言った。

「田辺ですが、貴子さんですか?お久しぶりです」

 野田貴子、それが電話相手の名前だった。野田の娘だ。
 高校生の貴子が幼い頃だけでなく、まだ政治家として駆け出しだった野田に代わり、幾度となく面倒をみていただけあり、強ばった口調から一気に剣が和らいでいった。

「田辺さん、お久しぶりです!元気でしたか?」

「ええ、おかげさまで。お父さんは、ご在宅でしょうか?」

「いえ、父は昨日から留守です。例の航空機墜落事故の対応に追われているらしくて......」

 田辺は、もちろん承知していた。貴子に自分が記者だと明かしているからこそ、野田からなんらかの操作が入っていないかを確認するために尋ねたのだ。人が嘘をつく時、電話の音声がやや上ずって聞こえるものだが、貴子は至って平然と返した。
 そういう振りをしているだけかもしれないが、女子高生の貴子に、そんなベテランの犯罪者のようになってほしくないという気持ちもある。

「......貴子さんも大変ですね。今回の一件に巻き込まれてないですか?」

「どういう意味ですか?」

「いえ、最初の報道で厚労省が管理していた、と発表されたので、その風当たりが強いのではないかと......」

 終始、心配しているような言い方を田辺は心掛ける。僅かな警戒心も持たせないためだ。

 自分にとっても、長年の付き合いのある少女に、大人の汚ならしい箇所を露呈させるのは、心苦しかったが、その奥にいる野田を引き出す為だと、田辺は割りきった。貴子が嬉しそうに言う。

「そんな心配をしてくれるのは、田辺さんだけです。父から何かあったら事だからと別宅に移動させられていますし、テレビや学校では感染事件の話しが持ちきりだし......テロリストの仕業ともありましたし......父からは今日、帰宅はすると連絡はありましたが、次に会えるのは何時になるのか......」

 予想通り、憔悴しているようだ。公の場で、テロリストの仕業だと発表されたからだろうか。恐らく、貴子は用意されていた別宅に軟禁に近い状態になっているのだろう。そこで父親の無事だけを祈っている。
 田辺にとって思わぬ僥倖だった。この隙を逃す道はない。貴子には悪いが、田辺は諭すように話した。

「大丈夫、彼も戦いには慣れていますよ。それに、僕も今日は彼と一人の友人として会おうと考えていました。もし、よろしければ、そちらで待たせて貰っても宜しいですか?女性一人の自宅にお邪魔するのは気が引けるので外にいますし、玄関越しにでも不安をぶつける相手にならなりますよ」

 貴子にとっての兄とも呼べる存在、心の拠り所にするには充分だろう。加えて、田辺は、要所に貴子のための行動だと匂わせる。一枚の厚い壁に阻まれて、何が不安を受け止めるだ。

「いえ、ぜひ自宅に来てください!田辺さんなら大歓迎です!楽しみにしています!」
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