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第12話
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妙な妄想でも巡っていたのだろうか、切れた唇から流れた血の温もりで、岩下の目に光が戻っていく。
「やっと戻りやがったか!なら早くバリケードをどかせ!死にたいのか!」
「わ……分かった!」
大急ぎで部下に命令を下した岩下を見て、下澤は浩太達の援護に加わる。逃げ惑う一般人の間隙を、まるで針を通すような正確な射撃で抜いていく下澤の技術に、三人は舌を巻いた。余程の集中力がなければ出来ない芸当だ。
達也は、腰からアーミーナイフを抜き、近くにいた暴徒の身体を左手で抑えながら、こめかみを刺し貫いて言った。
「こいつら、単体ならそこまで問題はねえぞ!」
直後、女性の叫び声があがる。見ると、腕に抱いた幼稚園児程の男の子が、暴徒に掴まれていた。気づいた真一が走り出す前に、暴徒の頭が弾ける。岩下の率いていた隊による援護射撃が始まったようだ。
弾丸が飛び交い、唸りと硝煙をあげる数々の銃、さながら戦場の激戦区のような風景が繰り広げられてはいるが、倒れる暴徒よりも、補食されている人間の方が圧倒的に多い。一人を倒すまでの間に、こちらは自衛官を合わせて三人が犠牲になっている。
急ピッチで進められるバリケードの撤去作業完了まで、あと少しと迫っているが、時間の経過と共に、あちこちであがる頭の天辺から抜けるような苦辛の絶叫も増えていく。浩太が、片腕を無くした暴徒を撃ち抜くと同時に、岩下が半ば叫ぶように声を張り上げた。
「バリケードの撤去が終わったぞ!」
関門橋へ伸びる二車線分の通り道が開いた。喜ぶ暇もなく、下澤が浩太の肩を荒々しく叩いた。
「一般人を先に避難させる!岡島、援護は頼むぞ!」
「了解!」
浩太がアーミーナイフを突き立てた暴徒が崩れ落ちると、下澤は駆け出した。理由は、部下を強引に押し退け、誰よりも早く逃げ出そうとしていた岩下を眼界に捉えたからだった。足の筋肉を肥大させスピードをあげる。
「岩下!この卑怯者が!」
呆気なく、岩下は関門橋に入った直後に捕まった。その矢先、今まで動きを見せなかったアパッチのミサイルポッドが重い音をたてながら開いた。アパッチは方向も位置も、変更していない。ミサイルポッドの先には、関門橋がある。
下澤は、これから起きる出来事の予想がつき目を剥いた。
「おい……おい、嘘だろ……やめろおおおおおおおおおおおお!」
下澤が89式小銃を持ち上げ、照準をアパッチへ合わせた次の瞬間に聞こえた、ボシュ、という短い音は、その場にいる全員にとって絶望へのカウントダウンの始まりとなった。
尻尾のような火柱を上げて飛来するミサイルが、関門橋の中腹に着弾した途端、鼓膜をつんざく凄まじい爆発が起こった。数瞬、遅れてやってきた爆風に煽られ、暴徒は勿論、自衛官や一般人、残っていたバリケードすらが次々と横倒しになっていく。
ミサイルの爆発により、強く打ち付けたような鈍痛が走る両腕で、巻きあがる砂埃から顔を庇った浩太が見たのは、アパッチから二発目のミサイルが撃ち出される光景だった。緑の案内板がスローモーションで玄海灘へ落下していく。巨大な瓦礫の衝突音、下を通る関門トンネルも崩落に巻き込まれている音だ。
午前八時五十五分、九州と本州を繋ぐ関門橋が没落し、九州地方は隔離状態へと陥った。
「やっと戻りやがったか!なら早くバリケードをどかせ!死にたいのか!」
「わ……分かった!」
大急ぎで部下に命令を下した岩下を見て、下澤は浩太達の援護に加わる。逃げ惑う一般人の間隙を、まるで針を通すような正確な射撃で抜いていく下澤の技術に、三人は舌を巻いた。余程の集中力がなければ出来ない芸当だ。
達也は、腰からアーミーナイフを抜き、近くにいた暴徒の身体を左手で抑えながら、こめかみを刺し貫いて言った。
「こいつら、単体ならそこまで問題はねえぞ!」
直後、女性の叫び声があがる。見ると、腕に抱いた幼稚園児程の男の子が、暴徒に掴まれていた。気づいた真一が走り出す前に、暴徒の頭が弾ける。岩下の率いていた隊による援護射撃が始まったようだ。
弾丸が飛び交い、唸りと硝煙をあげる数々の銃、さながら戦場の激戦区のような風景が繰り広げられてはいるが、倒れる暴徒よりも、補食されている人間の方が圧倒的に多い。一人を倒すまでの間に、こちらは自衛官を合わせて三人が犠牲になっている。
急ピッチで進められるバリケードの撤去作業完了まで、あと少しと迫っているが、時間の経過と共に、あちこちであがる頭の天辺から抜けるような苦辛の絶叫も増えていく。浩太が、片腕を無くした暴徒を撃ち抜くと同時に、岩下が半ば叫ぶように声を張り上げた。
「バリケードの撤去が終わったぞ!」
関門橋へ伸びる二車線分の通り道が開いた。喜ぶ暇もなく、下澤が浩太の肩を荒々しく叩いた。
「一般人を先に避難させる!岡島、援護は頼むぞ!」
「了解!」
浩太がアーミーナイフを突き立てた暴徒が崩れ落ちると、下澤は駆け出した。理由は、部下を強引に押し退け、誰よりも早く逃げ出そうとしていた岩下を眼界に捉えたからだった。足の筋肉を肥大させスピードをあげる。
「岩下!この卑怯者が!」
呆気なく、岩下は関門橋に入った直後に捕まった。その矢先、今まで動きを見せなかったアパッチのミサイルポッドが重い音をたてながら開いた。アパッチは方向も位置も、変更していない。ミサイルポッドの先には、関門橋がある。
下澤は、これから起きる出来事の予想がつき目を剥いた。
「おい……おい、嘘だろ……やめろおおおおおおおおおおおお!」
下澤が89式小銃を持ち上げ、照準をアパッチへ合わせた次の瞬間に聞こえた、ボシュ、という短い音は、その場にいる全員にとって絶望へのカウントダウンの始まりとなった。
尻尾のような火柱を上げて飛来するミサイルが、関門橋の中腹に着弾した途端、鼓膜をつんざく凄まじい爆発が起こった。数瞬、遅れてやってきた爆風に煽られ、暴徒は勿論、自衛官や一般人、残っていたバリケードすらが次々と横倒しになっていく。
ミサイルの爆発により、強く打ち付けたような鈍痛が走る両腕で、巻きあがる砂埃から顔を庇った浩太が見たのは、アパッチから二発目のミサイルが撃ち出される光景だった。緑の案内板がスローモーションで玄海灘へ落下していく。巨大な瓦礫の衝突音、下を通る関門トンネルも崩落に巻き込まれている音だ。
午前八時五十五分、九州と本州を繋ぐ関門橋が没落し、九州地方は隔離状態へと陥った。
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