感染

saijya

文字の大きさ
上 下
32 / 419

第12話

しおりを挟む
    妙な妄想でも巡っていたのだろうか、切れた唇から流れた血の温もりで、岩下の目に光が戻っていく。

「やっと戻りやがったか!なら早くバリケードをどかせ!死にたいのか!」

「わ……分かった!」 

 大急ぎで部下に命令を下した岩下を見て、下澤は浩太達の援護に加わる。逃げ惑う一般人の間隙を、まるで針を通すような正確な射撃で抜いていく下澤の技術に、三人は舌を巻いた。余程の集中力がなければ出来ない芸当だ。
 達也は、腰からアーミーナイフを抜き、近くにいた暴徒の身体を左手で抑えながら、こめかみを刺し貫いて言った。

「こいつら、単体ならそこまで問題はねえぞ!」

 直後、女性の叫び声があがる。見ると、腕に抱いた幼稚園児程の男の子が、暴徒に掴まれていた。気づいた真一が走り出す前に、暴徒の頭が弾ける。岩下の率いていた隊による援護射撃が始まったようだ。
    弾丸が飛び交い、唸りと硝煙をあげる数々の銃、さながら戦場の激戦区のような風景が繰り広げられてはいるが、倒れる暴徒よりも、補食されている人間の方が圧倒的に多い。一人を倒すまでの間に、こちらは自衛官を合わせて三人が犠牲になっている。
 急ピッチで進められるバリケードの撤去作業完了まで、あと少しと迫っているが、時間の経過と共に、あちこちであがる頭の天辺から抜けるような苦辛の絶叫も増えていく。浩太が、片腕を無くした暴徒を撃ち抜くと同時に、岩下が半ば叫ぶように声を張り上げた。

「バリケードの撤去が終わったぞ!」

 関門橋へ伸びる二車線分の通り道が開いた。喜ぶ暇もなく、下澤が浩太の肩を荒々しく叩いた。

「一般人を先に避難させる!岡島、援護は頼むぞ!」

「了解!」

 浩太がアーミーナイフを突き立てた暴徒が崩れ落ちると、下澤は駆け出した。理由は、部下を強引に押し退け、誰よりも早く逃げ出そうとしていた岩下を眼界に捉えたからだった。足の筋肉を肥大させスピードをあげる。

「岩下!この卑怯者が!」

 呆気なく、岩下は関門橋に入った直後に捕まった。その矢先、今まで動きを見せなかったアパッチのミサイルポッドが重い音をたてながら開いた。アパッチは方向も位置も、変更していない。ミサイルポッドの先には、関門橋がある。
 下澤は、これから起きる出来事の予想がつき目を剥いた。

「おい……おい、嘘だろ……やめろおおおおおおおおおおおお!」

 下澤が89式小銃を持ち上げ、照準をアパッチへ合わせた次の瞬間に聞こえた、ボシュ、という短い音は、その場にいる全員にとって絶望へのカウントダウンの始まりとなった。
    尻尾のような火柱を上げて飛来するミサイルが、関門橋の中腹に着弾した途端、鼓膜をつんざく凄まじい爆発が起こった。数瞬、遅れてやってきた爆風に煽られ、暴徒は勿論、自衛官や一般人、残っていたバリケードすらが次々と横倒しになっていく。
 ミサイルの爆発により、強く打ち付けたような鈍痛が走る両腕で、巻きあがる砂埃から顔を庇った浩太が見たのは、アパッチから二発目のミサイルが撃ち出される光景だった。緑の案内板がスローモーションで玄海灘へ落下していく。巨大な瓦礫の衝突音、下を通る関門トンネルも崩落に巻き込まれている音だ。
 午前八時五十五分、九州と本州を繋ぐ関門橋が没落し、九州地方は隔離状態へと陥った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夜通しアンアン

戸影絵麻
ホラー
ある日、僕の前に忽然と姿を現した謎の美少女、アンアン。魔界から家出してきた王女と名乗るその少女は、強引に僕の家に住みついてしまう。アンアンを我が物にせんと、次から次へと現れる悪魔たちに、町は大混乱。僕は、ご先祖様から授かったなけなしの”超能力”で、アンアンとともに魔界の貴族たちからの侵略に立ち向かうのだったが…。

【完結】わたしの娘を返してっ!

月白ヤトヒコ
ホラー
妻と離縁した。 学生時代に一目惚れをして、自ら望んだ妻だった。 病弱だった、妹のように可愛がっていたイトコが亡くなったりと不幸なことはあったが、彼女と結婚できた。 しかし、妻は子供が生まれると、段々おかしくなって行った。 妻も娘を可愛がっていた筈なのに―――― 病弱な娘を育てるうち、育児ノイローゼになったのか、段々と娘に当たり散らすようになった。そんな妻に耐え切れず、俺は妻と別れることにした。 それから何年も経ち、妻の残した日記を読むと―――― 俺が悪かったっ!? だから、頼むからっ…… 俺の娘を返してくれっ!?

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

あるバイク乗りの話~実体験かフィクションかは、ご自由に~

百門一新
ホラー
「私」は仕事が休みの日になると、一人でバイクに乗って沖縄をドライブするのが日課だった。これは「私」という主人公の、とあるホラーなお話。 /1万字ほどの短編です。さくっと読めるホラー小説となっております。お楽しみいただけましたら幸いです! ※他のサイト様にも掲載。

浮気の代償の清算は、ご自身でどうぞ。私は執行する側です。

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
ホラー
 第6回ホラー・ミステリー小説大賞 読者賞受賞作品。  一話完結のオムニバス形式  どの話から読んでも、楽しめます。  浮気をした相手とその旦那にざまぁの仕返しを。  サイコパスホラーな作品です。     一話目は、結婚三年目。  美男美女カップル。ハイスペックな旦那様を捕まえたね。  そんな賛辞など意味もないほど、旦那はクズだった。婚約前からも浮気を繰り返し、それは結婚してからも変わらなかった。  そのたびに意味不明な理論を言いだし、悪いのは自分のせいではないと言い張る。  離婚しないのはせめてもの意地であり、彼に後悔してもらうため。  そう。浮気をしたのだから、その代償は払っていただかないと。彼にも、その彼を誘惑した女にも。

奇談

hyui
ホラー
真相はわからないけれど、よく考えると怖い話…。 そんな話を、体験談も含めて気ままに投稿するホラー短編集。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに
ホラー
 家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!  しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!  もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!  てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。  ネタバレ注意!↓↓  黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。  そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。  そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……  "P-tB"  人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……  何故ゾンビが生まれたか……  何故知性あるゾンビが居るのか……  そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……

処理中です...