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世界の終わりを君に捧ぐ

世界の終わりを君に捧ぐ 破 2

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「こんなところに子供が一人で?」

「あやしいわね」

 尾張さんが、男の子をじーっと見つめる。
 男の子は、にへらっと笑うと、こちらに近づいてきて、現地の言葉で何事か話し出す。
 全く聞き取れない。

「尾張さん、なんて言ってるかわかりますか?」

「紀美丹君も少しくらい勉強した方がいいわよ?」

 尾張さんは冷ややかな目でこちらを見る。

「お礼とか挨拶くらいなら僕もわかりますよ? それに言葉がわからなくても尾張さんがいれば安心ですから」

「人のことを翻訳機扱いするのやめてもらえるかしら?」

 尾張さんは、はぁ、とため息を溢すと、男の子の言葉を訳してくれる。

「なんかちょうだい! その機械かっこいいね! それでもいいよ!」

「ーーいきなり物乞いされるとは思ってなかったです」

 これなら、知らない方がよかった。男の子が僕の首から下げられたカメラに手を伸ばす。それを避けつつ、ポケットから軽食用のチョコレートバーを取り出す。

「カメラはダメですけど、これならあげますよ」

 男の子は、にへらっと笑うと、

「ちっしけてやがるぜ!」

「尾張さん⁉︎ 嘘ですよね! 今のは僕にもわかりましたよ! お礼言ってましたよね! この子!」

 尾張さんは、やれやれと肩をすくめると、

「紀美丹君がお礼ならわかるって言うから試してみただけじゃない」

 と悪びれもせずに言う。

 まったく、油断も隙もない。

「親御さんはどこにいるんでしょうか?」

 僕の呟きを聞いた尾張さんが、現地の言葉で男の子に質問する。

「わからないそうよ」

「わからない?」

 男の子はチョコレートバーを食べながら、話し出す。

「親なんて見たことないよ。僕らは捨てられたんだって兄ちゃんが言ってた」

「兄ちゃん? お兄さんがいるんですか?」

 男の子は首を振る。

「兄ちゃんはこの間の紛争で、流れ弾に当たって死んじゃった」

 チョコレートバーを食べ終えると男の子は、

「今日もそろそろ始まるはずだから、お兄さんたちもはやくどっかに隠れた方がいいよ?」

 と言って、瓦礫の中に入っていく。
 男の子が入っていった隙間を見ると、そこは防空壕のような空間になっているようだった。

 その時、乾いた破裂音が鳴り響いた。

「紀美丹さん‼︎ 戦闘が始まりました‼︎ 早く戻ってください‼︎」

 アルマさんの叫ぶような声に振り向く。
 どうやら、数百メートル先でいつのまにか銃撃戦が始まったようだった。

 流れ弾が瓦礫に数発、突き刺さる。

 これでは、ジープまで戻るのは難しい。幸い、この場所は瓦礫が壁になっているため、流れ弾に当たる心配はないようだった。

「アルマさんは安全なところまで避難してください! 後で追いかけます!」

 アルマさんに落ちあう場所を指示し、先に避難してもらう。

 アルマさんは後ろ髪を惹かれるように何度もこちらを振り返る。
 それに反して、運転手の行動は迅速で僕の方に一瞥をくれたあと、すぐにジープを走らせ、その場を離脱していった。

「良かったの? 紀美丹君。ここも安全とは言い難いわよ?」

「目的を果たすためには、多少の危険も覚悟する必要があるんですよ」

 服をその場の土で迷彩状に汚す。そして、匍匐前進しながら、瓦礫の影に隠れつつ戦闘が行われる場所を目指して進む。

 しばらく進むと、やがて複数人の人影が見えてきた。どうやら、彼らと別の集団が争っているようだった。

 瓦礫の影に隠れながら、カメラのシャッターを切る。

 何人もの兵士らしき人達が銃弾に倒れていく。血と硝煙の匂いが辺りを満たし、やがて砂埃にまかれて、それすら消えていく。

 幾度か見た戦場の光景は、それでもいつも違う凄惨さをフィルムに残していく。

 銃撃の音がやがて聞こえなくなる。
 どうやら、小競り合いのような戦闘が終わったようだった。

 カメラをしまい、周囲を警戒しながら立ち上がる。

「終わったみたいね」

「はい。今回もなんとか目的を果たせました」

 僕の今回の仕事は、現地での紛争の実態を写真に撮ることであった。

 今回の成果は上々といったところだろう。もう一つの方の目的も果たせたことだし。

「この後は、観光でもしますか? 椎堂さんへのお土産も買いたいですし」

 尾張さんとそんな事を話している時だった。

 乾いた破裂音が鳴り響き、胸部に衝撃が走った。
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