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少女想わない

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 扉を開け放して、ツカツカと歩いてきたのは、真っ黒なウェーブがかった前髪を垂れさせ、陰鬱そうな目元に隈を作った、青年だった。

「だ、誰?」

 ビクッと震えるサクヤ。

「誰って、何を言っているんだ。ーーサクヤ? 俺だよ! 君と将来を誓い合ったギルバートだ!」

 青年は、ギルバート・L・ロレンツォオと名乗った。

「親が勝手に決めた婚約を断るから大人しく待っていて欲しいと君が言うから、俺は。ーーなのに何故! その男とそんなに!」

 サクヤはアルフォードの袖をギュッと掴む。

「あの人、なに言っているの? 怖い」

「サクヤ⁉︎」

 アルフォードは、サクヤを優しく抱き寄せる。

「ギルバート君と言ったかな? 今は、大事な婚約の儀式の最中なんだ。私の大事な人が怖がってしまっている。すまないが、お引き取り頂けるだろうか?」

「どういうことなんだ? サクヤ! 俺のことを忘れてしまったのか? あんなに愛しあった仲じゃないか⁉︎ 君だって俺のことを好きだと! 愛していると! そう言っていたじゃないか!」

 ギルバートは狼狽えつつも、アルフォードの言葉を無視して、サクヤに話しかける。

「ーー違うもん」

 サクヤは、怯えたような素振りを見せながらも、ギルバートを睨み付ける。

「ーーえ?」

「違うもん! サクヤじゃないもん! 朔だもん‼︎ あなたなんか知らないもん‼︎」

 ギルバートは、愕然とした顔をして後退りする。

「・・・・・・サク、ヤ? いったい、どうしたというんだ?」

 ギルバートの様子に眉を潜めながら、アルフォードはもう一人の護衛に命じる。

「リリム。彼に退室いただいてくれ」

「かしこまりました」

 リリムと呼ばれた、細身の騎士は、ツカツカと歩を進めると、ギルバートに退室を促す。

「ーー何を、した。」

 俯いたギルバートは、ボソリとこぼす。

「貴様ら! サクヤに何をした‼︎」

 ギルバートがアルフォードに掴みかかろうと走りだす。
 それをいち早く察知したリリムは、ギルバートを一瞬で床に叩き伏せる。

「っぐぅ⁉︎」

「落ち着いてください。これ以上は、貴方を処罰しなければならなくなります」

 リリムは、ギルバートの拘束を強めながら囁く。
 ギルバートは、関節をきめられ動けば激痛がはしるはずの身体を持ち上げながら、アルフォードをその真っ黒な瞳で睨みつける。

「ーー認めない。ーー絶対に、サクヤは、俺が助けだす。待っていてくれ・・・・・・サクヤ。俺が、必ず」

「黙りなさい」

 リリムは、ギルバートの首に手を当てると、その意識を奪う。



「サク? 大丈夫ですか?」

 リリムがギルバートを別室に運んだ後、アルフォードが、袖を掴むサクヤを慮るように話しかける。

「うん!ーーでも、あの人なんだったんだろう?」

 サクヤは、ホッとしたような笑顔を浮かべると、不思議そうな顔で自らに愛を叫んだ青年について考える。

「・・・・・・サクヤ。お前というやつは、そこまで我等の家系の事を想ってくれていたのだな」

 何故か両親が涙ぐんでいる。

「? うん!」

 サクヤはよくわからないがとりあえず頷いておいた。

「それでは、横槍が入ってしまいましたが、婚約の儀式の続きを」

 エドガルズが場の空気を変える。

「サク、それでは誓約書に血判をお願いします」

「うん!」

 サクヤは、左手の薬指を誓約書に触れさせる。
 するとーー特に何も起こらなかった。

「? これで終わり?」

「おかしいですね? 婚約が為されれば、誓約書は焼き消える筈なのですが?」

 エドガルズが誓約書をまじまじと見つめる。

「ーーなるほど。サクヤ様。もう一度血判をお願いします」

「え?」

 エドガルズが誓約書を示す。

「サクヤ様の血液が乾いてしまっていたようですので」

 サクヤは、嫌そうな顔をしながら、アルフォードと両親を見る。
 
「さぁ、サクヤ様」

 エドガルズが、先程の針を差し出してくる。

「嫌!」

「サ、サク?」

 アルフォードが狼狽えながら、サクヤの顔色を伺う。

「痛いの嫌!」

「で、でも先程は大丈夫だと」

 サクヤは、涙目で叫ぶ。

「痛いのは痛いもん‼︎」

 
 
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