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【十七】
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原生林の中を上りと下りが交互に続く山道を抜けると目の前に左折路が現れた。
角に、矢印と『国立量子研究所』と書かれた白い看板が目に入った。車は減速し、左折した。
手入れの施されたクヌギの木が並ぶ広い舗装路の先に、ここまでの風景とは場違いな白く大きなコンクリート造の建物が見えてくる。
大型バスが二台同時に転回できそうな広いロータリーの向こうに、金属製と思われる大きな庇が張り出し、ホテルのようなガラス張りのエントランスが見えた。
車はロータリーを通り過ぎ、建物に沿って植えこまれた柘植玉を横に見ながら真っすぐに進んでいく。
左側が広い駐車場になっていて勤務者のものと思われる車がまばらに停まっていた。
敷地の中にひと気はない。
建物が切れた所を右折する。左側には別の白い建物があり、その裏には切り立った岩山がそびえている。
奥にももう一棟建物があり、こちらの裏側は表側から見ると岩山と接合しているように見えた。
右側の建物の中腹あたりに開口部が現れた。黄色と黒に塗り分けられた高さ制限を示す円柱が天井部に取り付けられている。
車は開口部から中へ右折した。地下に向かう緩やかなカーブを二階層ほど降りるとほの暗い駐車場が目の前に広がった。車は一台もいない。
床に記された規則的な白い区画線が天井の蛍光灯を反射していた。
車は真っすぐに奥へ向かう。二度曲がって最深部と思われる場所に近づくと、正面のコンクリートの壁に広いシャッターが降りていた。車はその正面に停まった。
(ここが終点……じゃないみたいね)
運転手はエンジンを切らずに車から降りるとシャッターの脇に近寄った。壁に付いている金属製の蓋を開くと現れたテンキーに数字を打ち込んだ。
あかりはその動きを注視していた。
正面のシャッターが小さな唸りを立ててゆっくりと上に動き始めた。
シャッターの向こう側は車二台が通れる程の幅の広い通路だ。天井の高さは五、六メートルはあるだろうか。よく見ると壁も天井も切り立った自然石でできている。天井には直径二メートルはありそうな巨大なダクトのような太いパイプが奥に向かって続いていた。
運転手は再び車に乗り込むと、通路を奥へ進んだ。五分ほど走ると、正面が行き止まりになっていて左側に開口部があった。パイプは正面の石の壁にそのまま接続している。
左に曲がると広いスペースがある。がたがたと不規則に車が揺れる。舗装された床ではないようだ。車は慎重に徐行して、奥の壁際に停まってエンジンを切った。
「降りろ」隣の男が銃を構えてあかりを促した。
ドアをスライドさせ、床に降り立つ。下を見た。床も岩でできている。粗く削ったような跡があり、これが不規則な凹凸になっていたのだ。
ゆっくりと鼻から息を吸ってみる。気温は外気よりかなり低く、空気がわずかに埃っぽい。あかりは捲っていたパーカーの袖を下した。
室内を見渡す。車が三十台は楽に収用できそうなスペースに五台の車が停まっていた。セダンが一台。軽が二台。あとの二台は十人以上は乗れそうな小型バスだった。
車を停めた奥側と中央部の壁に通路と思われる開口部がある。
ネコが降りてきて運転手と並ぶ。
「このまま教授のところへ連れて行け。ジェン様の指示だ」
初めてネコが口を開いた。男たちが頷く。
「歩け」隣にいた男があかりを銃でつついた。
奥側の開口部に向かって歩きだす。ネコは別の方へ向かう。背を向けた。
「セレトゥーナさん!」声をかけた。
ネコが動きを止めた。
「さっさと歩け」男が銃を振る。
歩きながらネコを見つめる。ネコは振り向かない。再び歩きだし、開口部の奥へ消えた。
開口部の中は幅二メートル強の通路が続いていた。床、壁、天井のいずれも岩だ。
片側の壁には照明が埋め込まれ、床や天井の微妙な凹凸が陰影を作り出している。
運転手の男が前を歩き、口ひげの男は後ろで銃を構えてあかりを追い立てた。石で造られた階段を上り、別の通路を抜けていく。
通路にはいくつもの分岐があり、まるで迷路のようだ。
分岐のひとつを折れてしばらく行くと明るい光が漏れている開口部が見えてきた。男がそこを曲がる。
白く、広い部屋だった。
四メートルほどの高い天井は白いボードで蔽われ、三列に並んだ蛍光灯が室内を明るくしている。
壁もボードの上にクロスを張ったものと思われ、床はリノリウムのような柔らかい質感がある。通ってきた通路とのギャップに少し驚いた。
片側の壁は機械の表面と思われる金属板で天井までほぼふさがっており、無数の小さなランプが瞬き、複数のデジタルカウンターが変動する数値を表示している。天井までの間に鉄骨の通路があり、男が一人上でモニターを操作していた。
奥側には巨大な機械の一部が見え、複雑に絡み合ったコードが手前の机上にあるガラスケース、さらに壁際にあるガラスのブースにつながっていた。
一見全体に清潔感があるようにも見えるが、あかりはその裏に垣間見えるある種の禍々しさを感じていた。
体が緊張する。
複数の机にはいずれもディスプレイが並び、室内には白衣を着た三人の人間がいた。
「連れてきました」
運転手が声をかける。壁際の機械に向かっていた白髪の男がぎろりとこちらを見た。日本人だ。少し驚いた。
六十は過ぎているように見えたが、全身が枯れ木のように細い。逆立った白髪は量が多く、異常に増殖した白カビのようだ。
刃物で切れ込んだような鼻筋に刀傷のような口元がひどく酷薄な印象を与えていた。
細い目が見開かれ、好奇心と猜疑心の入り混じったような血走った目付きであかりを見つめた。
機械を離れ、ゆっくりとあかりに近寄ってくる。
「ようこそお嬢さん。お目にかかれて嬉しいよ。わたしは姉原正剛、ここの主だ。――ご機嫌はいかがかね」
老婆のようなしわがれた声。あまり暗いところで聞きたい声ではなかった。
「こちらは嬉しくも何ともないわ。――脅迫されて拉致されて機嫌のいい人がいたらお目にかかりたいわよ」
教授がくっくっく、とくぐもった声で笑った。
「あんたたちがMMとかいう不逞の輩ね」
まだ小さく笑っている。
「ふふふ、ずいぶんと古臭い言い回しを知っとるね」
「歴史の授業で習ったのよ。あんたたちみたいなのに会ったら一度言ってやりたくて取っておいたの」
教授がくははは、と目を見開いたまま破顔した。不気味な笑顔だ。背筋に悪寒が走った。
「なかなか肝の据わったお嬢さんだ。――気に入ったよ。名前を聞いておこうか」
「真佐崎あかり」
「あかり君か、覚えておくよ」
「別に覚えていただかなくても結構よ。いたいけな中学生を拉致して何が目的なの、変質者」
ふん、と口を曲げた。
「やれやれ、不逞の輩の次は変質者呼ばわりかね、いささか心外だな。目的か――世界征服とでも言えば満足するかね」
図星を突かれてちょっと顔が引きつった。だってそんな風にしか見えないじゃないの。
見透かしたようにふふんと笑った。
「儂の目的はたった一つ。――人類の救済だよ」
「昔のマンガに出てくるマッドサイエンティストの常套句ね。何をする気なの」
あかりは怯まない。教授は後ろ手を組んで少し離れた。
「人類の進化を阻む者を除去する。ただそれだけのことだがね」
「どういうことよ」
教授の目が細くなる。
「子供にものを教えているほど暇ではないのだがね、まあいい、端的に言おう。――『メディオディア』を消去するのさ」
「『メディオディア』?」
「人を超えるもの、とでも思ってもらえればいいだろう。このまま放置すれば人類は『メディオディア』に滅ぼされる。儂がそれを阻止する」
「意味がわからないわ」
「二度目の発動のときは君も近くにいたのではないのかね。儂はそう聞いているがな。『メディオディア』が人を消去する場面にね」
あの誘拐騒ぎのことを言っているのか。しばらく考えた。
「まさか、『レイジ』のことを言っているの?」
教授が頷いた。
「彼らや君はそう呼ぶ。『メディオディア』は人類の進化を認めない。したがって消去されなければならん。さもなくば人類が消去される」
「なぜそんな風に決めつけられるの? 『レイジ』は人に進化をもたらすものと聞いているわ。進化を認めないのはあなたたちじゃないの?」
「君こそ、君の聞いたことが真実であるとなぜわかるのかね」
枯れ枝のような指をあかりに向けた。
「仮に君の聞いたことが真実だとしよう。だとすれば『メディオディア』はヒトの上位に存在するものであるということができる。逆に言えば、ヒトは『メディオディア』以上に進化することができない、ということになる。これはヒトという種の宿命と矛盾する」
「飛躍しているわ。進化し続けることがヒトの宿命だとでも言うの」
食い下がった。教授が見下すような目になる。
「進化し続けることができなくなった種は、滅ぶ。昔、恐竜は絶滅したと言われた。現在は鳥に進化したと言われておる。だが、鳥が人間に取って代わることはない。なぜだかわかるかね」
「わからないわよ」
「ヒトが進化し続けるからだ。ヒトがヒトである以上、鳥は鳥以上になることはない。ヒトが『ヒト以上』になった時、あるいは鳥が『鳥以上』になることはあり得るかもしれん。だが、『ヒト以上』になることは絶対にない。『メディオディア』が『ヒト以上』であるとすれば、ヒトは『ヒト以上』になることはできない。ヒトが進化するためには『メディオディア』は存在してはならないことになる」
あかりはぎゅっと眉根を寄せた。
「どうしたらそんなに傲慢な考え方になるのかわからないわ。『ヒト以上』の種がいて何が悪いの? 『ヒト以上』がいるからヒトが『ヒト以上』になれるとは考えないの?」
教授が小馬鹿にしたような顔になった。
「あまり利口な生徒ではないようだな、君は。学校で生物の授業を真面目に聞いていたかね」
「余計なお世話よ」
「『ヒト以上』の種がヒトを優しく善導してくれるとでも思っているのかね。猿のボスは他の猿が自分に取って替わることを許さない。替わることはすなわち死を意味するからだ。『ヒト以上』の存在がヒトの存在を許すという根拠があるなら言ってみたまえ」
「反対の証拠ならあるとでも言うの」
「忘れたのかね。現実に人が消去されているのだよ、君の目の前でね。同じことが君の友達や家族に起こるとしたら、どうかね。それでも君は『ヒト以上』の存在を認めることができるとでも言うのかね」
唇を噛んだ。答えられない。
「仮にそうだとして――それがあたしとなんの関係があるのよ」
教授はゆっくりと室内を歩き出した。
「君は『超越者』だ。まあ多少信じがたいのだがね。しかしそうであるならば、人にできないことが君にはできるということになる。それが我々の計画の役に立つ」
「何をさせたいのか知らないけど、話はみつるを開放してからよ。みつるはどこにいるの」
教授は机の一つに近寄るとキーを動かした。片側の壁に取り付けられたディスプレイに映像が映し出された。部屋を斜め上から見下ろした映像。寝床のような台にみつるが横たわっている。
あかりが教授をにらみ付けた。
「みつるに何をしたの」教授は素知らぬ顔だ。
「眠っておるだけだよ、今はね。君が協力してくれれば無事に帰すと約束しよう」
大体こういう展開ってそうはならないことになってるような気がするけどなあ。
とは言ったもののどうしようもない。
「何をすればいいの」
「あそこに座るだけだ」
指さした先を見る。一メートル半四方ほどのガラスのブースの中に椅子が一つ。ウナギの群れのように太いコードが絡みついたヘッドギアのようなものが引っかかっている。
物凄く嫌な予感がした。
「何あれ」
「ディメンション・フィールド・シンクロナイザー、略してDFSと呼んでおる。面倒くさいから説明はせんよ――座りたまえ」
「嫌だと言っても聞いてもらえないんでしょうね」つぶれた毛虫を見るような目で教授を見る。
「まあ、そういう事になるかな」手で合図した。
今まで手持ち無沙汰で立っていた口ひげの男が近づいてきてあかりに銃を向けた。運転手の男がブースの扉を開ける。
二センチはありそうな分厚い板ガラスでできている。よく見ると完全な透明ではなく、うす青い色がついていた。
顔をしかめながらしぶしぶブースの中に入り、椅子に座った。下を見ると床にボルトで固定されている。
ひじ掛けについているベルトで両手首を縛り付けられた。男たちが外に出ると、白衣の助手の一人が入ってきてヘッドギアを被せた。重い。目まで覆われているので何も見えない。これもついているベルトを顎下で止めた。首すじに何かを貼り付けられた。
電気椅子ってこんな感じなのかしら。
嫌な予感がさらに増幅した。
教授は壁際に歩みよるとディスプレイに触れた。画面に複雑に動く複数の波線が現れる。
壁面から小さくサイン音が鳴る。遠くで何かが唸り出す。
「転換炉駆動しました」助手の一人が告げる。「PSIインジケータ準備よし」
「標的領域可動域に入りました」もう一人の助手が言う。「DFS稼働開始。基準値を固定しました」
教授と助手の二人がヘッドホン型のプロテクターを装着した。
教授は画面から目を離さない。ダイヤルをわずかずつ右に回す。
壁面の機械がくぐもった唸りを上げる。音が徐々に大きくなっていく。
あかりの見えない視界の中で何かが光った。ちかちかする光点がだんだん増えていく。
(え……え、何これ)
頭の中で振動音がする。耳には何も聞こえない。徐々に音が大きくなっていく。
「ちょっと! ……何これ! やめて……いや! ちょっと! やめ――」
がりがりがりがり、という凄まじい大音響が頭の中に響いた。
「きやあああああああああああああ!!!」
絶叫が部屋中に響き渡った。ブースのガラスが音を立てて砕け、崩れ落ちた。
プロテクターを着けていなかった運転手と口ひげの男が頭を押さえてのけぞり、うめいて倒れこむ。
教授と助手も頭を押さえたが、すぐに立ち直るとディスプレイに飛びついた。
※
「きゃああ!」ジュディが頭を押さえて叫び、椅子から飛び上がった。
「むうっ!」ギイが顔をしかめ、頭を指で押さえた。立てかけていた杖がちかっと光った。
「どうしました?」隊員が訊く。
ギイが起き直る。ジュディはまだ頭を押さえてうずくまったままだ。
「ジュディ、大丈夫?」ギイが傍に寄って肩を支えた。
ふらつきながらはい、と言って椅子につかまった。
「今のは――あかりさん?」
「そうデス。あかりの、悲鳴。……あかりの身に、何か、あったです」
顔をしかめながら声を絞り出した。
「急がないとまずい事になりそうね」ギイが口を曲げた。インカムを動かす。「トキ! 聞こえてる?」
「はい、聞こえます」
「そっち、今の聞こえた?」
「聞こえました、はっきり。かなり距離があるんですが。すごい力です」
「彼女が危ないわ。至急合流計画を立ててちょうだい」
「わかりました」
※
「なにやら騒がしいですな」
ジャケットの袖を捲り、両手をスラックスのポケットに突っ込んだままの薮田がぶらりと研究室に入って来た。
助手の二人があちこちの機械をのぞき込んで点検を繰り返す。
運転手ともう一人が首を振りながらよろよろと起き上がる。
粉々に砕けたブースの中、ヘッドギアをつけたままのあかりががっくりと首を落としている。
「見たまえ! まだ半分もゲージを上げていないにもかかわらず、標的領域が五十パーセントも縮小したぞ!」
立ったままディスプレイを操作していた教授が口から泡を飛ばした。
「驚異的な能力の高さだ!」薮田に向き直る。
「回復を待って百まで上げればピンポイントで場を固定できる! あとは出力さえあがれば完成だ! 完成だぞ! ふはは、はははは」
両手を広げて高笑いする教授を見やりながら、薮田はしらけた顔になった。
「で、また廃人が一人できるわけですな。――国産品は後始末が面倒なんで大変なんですがね」
「なにか不満かね」じろりと薮田を見る。
「いえ、別に」薮田はあかりの方に目をやる。
助手たちがヘッドギアと手首のベルトを外した。力の抜けきった体がぐにゃりと前に倒れ、床に横になった。
「どうするんですかい、これ」
ポケットから手を出さずに薮田が顎をしゃくった。
「もう一人と同じ部屋に入れておきたまえ。どうせ二、三時間は動けまい」
教授が機械から顔も上げずに言う。薮田がやれやれ、という風に肩をすくめた。
男二人におい、と声をかけ、手で合図する。男たちがあかりを担ぎ上げ、部屋を出て行くのを見やった。
「さて、あたしはちっとやぼ用片付けに東京へ行ってきますよ。ま、とりあえずは連中だけでも大丈夫でしょう」
黒縁眼鏡を指で押し上げた。
「世紀の一瞬を見たくはないのかね」傷口のような口をにやりと曲げた。
「や、あたしにはそんな趣味はねえんで」
手をひらひらと振りながら部屋を出て行った。
※
石の祭壇に炎が灯っている。壁に映し出された影が炎の揺らめきとともに踊っている。
両手の指先を球を包むように合わせ、祭壇の前に座っているナイアがかっと目を見開いた。
「来ます、能力者が。五人。かなりの手練れかと」
後ろに立ったままジェンが腕を組んだ。
「ふっふっふ……思った通り、連中の中枢を一気に殲滅するチャンスだ。――歓迎してやろう」
ジェンの背後、影の中にネコは控えていた。
表情はない。
床に触れた手がぎゅっと拳を作った。
※
峠道を越えて街が見えてきた頃にはすでに陽は山陰に隠れ、麓の街には宵闇が迫ってこようとしていた。
街灯りが見えてくると、少し肩の力が抜ける。
どうもあそこは辛気臭くていけねえ。
薮田は赤信号で止まったところで虹色のタバコを一本咥えた。
何気なく、停まっている対向車に目をやる。四トンのトラックだ。銀色の荷台にはなんの表示もない。
運転手の男はTシャツの上に黒のベストを着ている。助手席にも男がいる。ジャケットの前をはだけ、黒のベストが覗いている。
薮田はタバコに火をつけることもせず、じっと対向車を見ていた。
助手席の男が後ろを振り向いて何かしている。荷物しかないはずの方に向かって。
信号が青に変わり、走り出す。考える。
このくそ暑い日に黒ベストを着る理由。
後ろに乗っている、荷物以外の何か。
前の車と車間が開いていた。左側のコンビニエンスストアの駐車場から運送屋らしき名称のロゴが書かれたワンボックス車が出てきて右折した。
運転席を見る。開いたウインドブレーカーから見える、黒のベスト。
ガラス越しに見える、切迫した精悍な顔。運送屋の表情ではない。
すれ違い、車はサイドミラーの中を向こう側へ遠ざかっていく。
ぼんやりと宙を見つめながら、タバコに火をつけた。
ため息とともに煙を吐き出す。
「……おれ知ーらね、っと」
車を東に向けて走らせた。
角に、矢印と『国立量子研究所』と書かれた白い看板が目に入った。車は減速し、左折した。
手入れの施されたクヌギの木が並ぶ広い舗装路の先に、ここまでの風景とは場違いな白く大きなコンクリート造の建物が見えてくる。
大型バスが二台同時に転回できそうな広いロータリーの向こうに、金属製と思われる大きな庇が張り出し、ホテルのようなガラス張りのエントランスが見えた。
車はロータリーを通り過ぎ、建物に沿って植えこまれた柘植玉を横に見ながら真っすぐに進んでいく。
左側が広い駐車場になっていて勤務者のものと思われる車がまばらに停まっていた。
敷地の中にひと気はない。
建物が切れた所を右折する。左側には別の白い建物があり、その裏には切り立った岩山がそびえている。
奥にももう一棟建物があり、こちらの裏側は表側から見ると岩山と接合しているように見えた。
右側の建物の中腹あたりに開口部が現れた。黄色と黒に塗り分けられた高さ制限を示す円柱が天井部に取り付けられている。
車は開口部から中へ右折した。地下に向かう緩やかなカーブを二階層ほど降りるとほの暗い駐車場が目の前に広がった。車は一台もいない。
床に記された規則的な白い区画線が天井の蛍光灯を反射していた。
車は真っすぐに奥へ向かう。二度曲がって最深部と思われる場所に近づくと、正面のコンクリートの壁に広いシャッターが降りていた。車はその正面に停まった。
(ここが終点……じゃないみたいね)
運転手はエンジンを切らずに車から降りるとシャッターの脇に近寄った。壁に付いている金属製の蓋を開くと現れたテンキーに数字を打ち込んだ。
あかりはその動きを注視していた。
正面のシャッターが小さな唸りを立ててゆっくりと上に動き始めた。
シャッターの向こう側は車二台が通れる程の幅の広い通路だ。天井の高さは五、六メートルはあるだろうか。よく見ると壁も天井も切り立った自然石でできている。天井には直径二メートルはありそうな巨大なダクトのような太いパイプが奥に向かって続いていた。
運転手は再び車に乗り込むと、通路を奥へ進んだ。五分ほど走ると、正面が行き止まりになっていて左側に開口部があった。パイプは正面の石の壁にそのまま接続している。
左に曲がると広いスペースがある。がたがたと不規則に車が揺れる。舗装された床ではないようだ。車は慎重に徐行して、奥の壁際に停まってエンジンを切った。
「降りろ」隣の男が銃を構えてあかりを促した。
ドアをスライドさせ、床に降り立つ。下を見た。床も岩でできている。粗く削ったような跡があり、これが不規則な凹凸になっていたのだ。
ゆっくりと鼻から息を吸ってみる。気温は外気よりかなり低く、空気がわずかに埃っぽい。あかりは捲っていたパーカーの袖を下した。
室内を見渡す。車が三十台は楽に収用できそうなスペースに五台の車が停まっていた。セダンが一台。軽が二台。あとの二台は十人以上は乗れそうな小型バスだった。
車を停めた奥側と中央部の壁に通路と思われる開口部がある。
ネコが降りてきて運転手と並ぶ。
「このまま教授のところへ連れて行け。ジェン様の指示だ」
初めてネコが口を開いた。男たちが頷く。
「歩け」隣にいた男があかりを銃でつついた。
奥側の開口部に向かって歩きだす。ネコは別の方へ向かう。背を向けた。
「セレトゥーナさん!」声をかけた。
ネコが動きを止めた。
「さっさと歩け」男が銃を振る。
歩きながらネコを見つめる。ネコは振り向かない。再び歩きだし、開口部の奥へ消えた。
開口部の中は幅二メートル強の通路が続いていた。床、壁、天井のいずれも岩だ。
片側の壁には照明が埋め込まれ、床や天井の微妙な凹凸が陰影を作り出している。
運転手の男が前を歩き、口ひげの男は後ろで銃を構えてあかりを追い立てた。石で造られた階段を上り、別の通路を抜けていく。
通路にはいくつもの分岐があり、まるで迷路のようだ。
分岐のひとつを折れてしばらく行くと明るい光が漏れている開口部が見えてきた。男がそこを曲がる。
白く、広い部屋だった。
四メートルほどの高い天井は白いボードで蔽われ、三列に並んだ蛍光灯が室内を明るくしている。
壁もボードの上にクロスを張ったものと思われ、床はリノリウムのような柔らかい質感がある。通ってきた通路とのギャップに少し驚いた。
片側の壁は機械の表面と思われる金属板で天井までほぼふさがっており、無数の小さなランプが瞬き、複数のデジタルカウンターが変動する数値を表示している。天井までの間に鉄骨の通路があり、男が一人上でモニターを操作していた。
奥側には巨大な機械の一部が見え、複雑に絡み合ったコードが手前の机上にあるガラスケース、さらに壁際にあるガラスのブースにつながっていた。
一見全体に清潔感があるようにも見えるが、あかりはその裏に垣間見えるある種の禍々しさを感じていた。
体が緊張する。
複数の机にはいずれもディスプレイが並び、室内には白衣を着た三人の人間がいた。
「連れてきました」
運転手が声をかける。壁際の機械に向かっていた白髪の男がぎろりとこちらを見た。日本人だ。少し驚いた。
六十は過ぎているように見えたが、全身が枯れ木のように細い。逆立った白髪は量が多く、異常に増殖した白カビのようだ。
刃物で切れ込んだような鼻筋に刀傷のような口元がひどく酷薄な印象を与えていた。
細い目が見開かれ、好奇心と猜疑心の入り混じったような血走った目付きであかりを見つめた。
機械を離れ、ゆっくりとあかりに近寄ってくる。
「ようこそお嬢さん。お目にかかれて嬉しいよ。わたしは姉原正剛、ここの主だ。――ご機嫌はいかがかね」
老婆のようなしわがれた声。あまり暗いところで聞きたい声ではなかった。
「こちらは嬉しくも何ともないわ。――脅迫されて拉致されて機嫌のいい人がいたらお目にかかりたいわよ」
教授がくっくっく、とくぐもった声で笑った。
「あんたたちがMMとかいう不逞の輩ね」
まだ小さく笑っている。
「ふふふ、ずいぶんと古臭い言い回しを知っとるね」
「歴史の授業で習ったのよ。あんたたちみたいなのに会ったら一度言ってやりたくて取っておいたの」
教授がくははは、と目を見開いたまま破顔した。不気味な笑顔だ。背筋に悪寒が走った。
「なかなか肝の据わったお嬢さんだ。――気に入ったよ。名前を聞いておこうか」
「真佐崎あかり」
「あかり君か、覚えておくよ」
「別に覚えていただかなくても結構よ。いたいけな中学生を拉致して何が目的なの、変質者」
ふん、と口を曲げた。
「やれやれ、不逞の輩の次は変質者呼ばわりかね、いささか心外だな。目的か――世界征服とでも言えば満足するかね」
図星を突かれてちょっと顔が引きつった。だってそんな風にしか見えないじゃないの。
見透かしたようにふふんと笑った。
「儂の目的はたった一つ。――人類の救済だよ」
「昔のマンガに出てくるマッドサイエンティストの常套句ね。何をする気なの」
あかりは怯まない。教授は後ろ手を組んで少し離れた。
「人類の進化を阻む者を除去する。ただそれだけのことだがね」
「どういうことよ」
教授の目が細くなる。
「子供にものを教えているほど暇ではないのだがね、まあいい、端的に言おう。――『メディオディア』を消去するのさ」
「『メディオディア』?」
「人を超えるもの、とでも思ってもらえればいいだろう。このまま放置すれば人類は『メディオディア』に滅ぼされる。儂がそれを阻止する」
「意味がわからないわ」
「二度目の発動のときは君も近くにいたのではないのかね。儂はそう聞いているがな。『メディオディア』が人を消去する場面にね」
あの誘拐騒ぎのことを言っているのか。しばらく考えた。
「まさか、『レイジ』のことを言っているの?」
教授が頷いた。
「彼らや君はそう呼ぶ。『メディオディア』は人類の進化を認めない。したがって消去されなければならん。さもなくば人類が消去される」
「なぜそんな風に決めつけられるの? 『レイジ』は人に進化をもたらすものと聞いているわ。進化を認めないのはあなたたちじゃないの?」
「君こそ、君の聞いたことが真実であるとなぜわかるのかね」
枯れ枝のような指をあかりに向けた。
「仮に君の聞いたことが真実だとしよう。だとすれば『メディオディア』はヒトの上位に存在するものであるということができる。逆に言えば、ヒトは『メディオディア』以上に進化することができない、ということになる。これはヒトという種の宿命と矛盾する」
「飛躍しているわ。進化し続けることがヒトの宿命だとでも言うの」
食い下がった。教授が見下すような目になる。
「進化し続けることができなくなった種は、滅ぶ。昔、恐竜は絶滅したと言われた。現在は鳥に進化したと言われておる。だが、鳥が人間に取って代わることはない。なぜだかわかるかね」
「わからないわよ」
「ヒトが進化し続けるからだ。ヒトがヒトである以上、鳥は鳥以上になることはない。ヒトが『ヒト以上』になった時、あるいは鳥が『鳥以上』になることはあり得るかもしれん。だが、『ヒト以上』になることは絶対にない。『メディオディア』が『ヒト以上』であるとすれば、ヒトは『ヒト以上』になることはできない。ヒトが進化するためには『メディオディア』は存在してはならないことになる」
あかりはぎゅっと眉根を寄せた。
「どうしたらそんなに傲慢な考え方になるのかわからないわ。『ヒト以上』の種がいて何が悪いの? 『ヒト以上』がいるからヒトが『ヒト以上』になれるとは考えないの?」
教授が小馬鹿にしたような顔になった。
「あまり利口な生徒ではないようだな、君は。学校で生物の授業を真面目に聞いていたかね」
「余計なお世話よ」
「『ヒト以上』の種がヒトを優しく善導してくれるとでも思っているのかね。猿のボスは他の猿が自分に取って替わることを許さない。替わることはすなわち死を意味するからだ。『ヒト以上』の存在がヒトの存在を許すという根拠があるなら言ってみたまえ」
「反対の証拠ならあるとでも言うの」
「忘れたのかね。現実に人が消去されているのだよ、君の目の前でね。同じことが君の友達や家族に起こるとしたら、どうかね。それでも君は『ヒト以上』の存在を認めることができるとでも言うのかね」
唇を噛んだ。答えられない。
「仮にそうだとして――それがあたしとなんの関係があるのよ」
教授はゆっくりと室内を歩き出した。
「君は『超越者』だ。まあ多少信じがたいのだがね。しかしそうであるならば、人にできないことが君にはできるということになる。それが我々の計画の役に立つ」
「何をさせたいのか知らないけど、話はみつるを開放してからよ。みつるはどこにいるの」
教授は机の一つに近寄るとキーを動かした。片側の壁に取り付けられたディスプレイに映像が映し出された。部屋を斜め上から見下ろした映像。寝床のような台にみつるが横たわっている。
あかりが教授をにらみ付けた。
「みつるに何をしたの」教授は素知らぬ顔だ。
「眠っておるだけだよ、今はね。君が協力してくれれば無事に帰すと約束しよう」
大体こういう展開ってそうはならないことになってるような気がするけどなあ。
とは言ったもののどうしようもない。
「何をすればいいの」
「あそこに座るだけだ」
指さした先を見る。一メートル半四方ほどのガラスのブースの中に椅子が一つ。ウナギの群れのように太いコードが絡みついたヘッドギアのようなものが引っかかっている。
物凄く嫌な予感がした。
「何あれ」
「ディメンション・フィールド・シンクロナイザー、略してDFSと呼んでおる。面倒くさいから説明はせんよ――座りたまえ」
「嫌だと言っても聞いてもらえないんでしょうね」つぶれた毛虫を見るような目で教授を見る。
「まあ、そういう事になるかな」手で合図した。
今まで手持ち無沙汰で立っていた口ひげの男が近づいてきてあかりに銃を向けた。運転手の男がブースの扉を開ける。
二センチはありそうな分厚い板ガラスでできている。よく見ると完全な透明ではなく、うす青い色がついていた。
顔をしかめながらしぶしぶブースの中に入り、椅子に座った。下を見ると床にボルトで固定されている。
ひじ掛けについているベルトで両手首を縛り付けられた。男たちが外に出ると、白衣の助手の一人が入ってきてヘッドギアを被せた。重い。目まで覆われているので何も見えない。これもついているベルトを顎下で止めた。首すじに何かを貼り付けられた。
電気椅子ってこんな感じなのかしら。
嫌な予感がさらに増幅した。
教授は壁際に歩みよるとディスプレイに触れた。画面に複雑に動く複数の波線が現れる。
壁面から小さくサイン音が鳴る。遠くで何かが唸り出す。
「転換炉駆動しました」助手の一人が告げる。「PSIインジケータ準備よし」
「標的領域可動域に入りました」もう一人の助手が言う。「DFS稼働開始。基準値を固定しました」
教授と助手の二人がヘッドホン型のプロテクターを装着した。
教授は画面から目を離さない。ダイヤルをわずかずつ右に回す。
壁面の機械がくぐもった唸りを上げる。音が徐々に大きくなっていく。
あかりの見えない視界の中で何かが光った。ちかちかする光点がだんだん増えていく。
(え……え、何これ)
頭の中で振動音がする。耳には何も聞こえない。徐々に音が大きくなっていく。
「ちょっと! ……何これ! やめて……いや! ちょっと! やめ――」
がりがりがりがり、という凄まじい大音響が頭の中に響いた。
「きやあああああああああああああ!!!」
絶叫が部屋中に響き渡った。ブースのガラスが音を立てて砕け、崩れ落ちた。
プロテクターを着けていなかった運転手と口ひげの男が頭を押さえてのけぞり、うめいて倒れこむ。
教授と助手も頭を押さえたが、すぐに立ち直るとディスプレイに飛びついた。
※
「きゃああ!」ジュディが頭を押さえて叫び、椅子から飛び上がった。
「むうっ!」ギイが顔をしかめ、頭を指で押さえた。立てかけていた杖がちかっと光った。
「どうしました?」隊員が訊く。
ギイが起き直る。ジュディはまだ頭を押さえてうずくまったままだ。
「ジュディ、大丈夫?」ギイが傍に寄って肩を支えた。
ふらつきながらはい、と言って椅子につかまった。
「今のは――あかりさん?」
「そうデス。あかりの、悲鳴。……あかりの身に、何か、あったです」
顔をしかめながら声を絞り出した。
「急がないとまずい事になりそうね」ギイが口を曲げた。インカムを動かす。「トキ! 聞こえてる?」
「はい、聞こえます」
「そっち、今の聞こえた?」
「聞こえました、はっきり。かなり距離があるんですが。すごい力です」
「彼女が危ないわ。至急合流計画を立ててちょうだい」
「わかりました」
※
「なにやら騒がしいですな」
ジャケットの袖を捲り、両手をスラックスのポケットに突っ込んだままの薮田がぶらりと研究室に入って来た。
助手の二人があちこちの機械をのぞき込んで点検を繰り返す。
運転手ともう一人が首を振りながらよろよろと起き上がる。
粉々に砕けたブースの中、ヘッドギアをつけたままのあかりががっくりと首を落としている。
「見たまえ! まだ半分もゲージを上げていないにもかかわらず、標的領域が五十パーセントも縮小したぞ!」
立ったままディスプレイを操作していた教授が口から泡を飛ばした。
「驚異的な能力の高さだ!」薮田に向き直る。
「回復を待って百まで上げればピンポイントで場を固定できる! あとは出力さえあがれば完成だ! 完成だぞ! ふはは、はははは」
両手を広げて高笑いする教授を見やりながら、薮田はしらけた顔になった。
「で、また廃人が一人できるわけですな。――国産品は後始末が面倒なんで大変なんですがね」
「なにか不満かね」じろりと薮田を見る。
「いえ、別に」薮田はあかりの方に目をやる。
助手たちがヘッドギアと手首のベルトを外した。力の抜けきった体がぐにゃりと前に倒れ、床に横になった。
「どうするんですかい、これ」
ポケットから手を出さずに薮田が顎をしゃくった。
「もう一人と同じ部屋に入れておきたまえ。どうせ二、三時間は動けまい」
教授が機械から顔も上げずに言う。薮田がやれやれ、という風に肩をすくめた。
男二人におい、と声をかけ、手で合図する。男たちがあかりを担ぎ上げ、部屋を出て行くのを見やった。
「さて、あたしはちっとやぼ用片付けに東京へ行ってきますよ。ま、とりあえずは連中だけでも大丈夫でしょう」
黒縁眼鏡を指で押し上げた。
「世紀の一瞬を見たくはないのかね」傷口のような口をにやりと曲げた。
「や、あたしにはそんな趣味はねえんで」
手をひらひらと振りながら部屋を出て行った。
※
石の祭壇に炎が灯っている。壁に映し出された影が炎の揺らめきとともに踊っている。
両手の指先を球を包むように合わせ、祭壇の前に座っているナイアがかっと目を見開いた。
「来ます、能力者が。五人。かなりの手練れかと」
後ろに立ったままジェンが腕を組んだ。
「ふっふっふ……思った通り、連中の中枢を一気に殲滅するチャンスだ。――歓迎してやろう」
ジェンの背後、影の中にネコは控えていた。
表情はない。
床に触れた手がぎゅっと拳を作った。
※
峠道を越えて街が見えてきた頃にはすでに陽は山陰に隠れ、麓の街には宵闇が迫ってこようとしていた。
街灯りが見えてくると、少し肩の力が抜ける。
どうもあそこは辛気臭くていけねえ。
薮田は赤信号で止まったところで虹色のタバコを一本咥えた。
何気なく、停まっている対向車に目をやる。四トンのトラックだ。銀色の荷台にはなんの表示もない。
運転手の男はTシャツの上に黒のベストを着ている。助手席にも男がいる。ジャケットの前をはだけ、黒のベストが覗いている。
薮田はタバコに火をつけることもせず、じっと対向車を見ていた。
助手席の男が後ろを振り向いて何かしている。荷物しかないはずの方に向かって。
信号が青に変わり、走り出す。考える。
このくそ暑い日に黒ベストを着る理由。
後ろに乗っている、荷物以外の何か。
前の車と車間が開いていた。左側のコンビニエンスストアの駐車場から運送屋らしき名称のロゴが書かれたワンボックス車が出てきて右折した。
運転席を見る。開いたウインドブレーカーから見える、黒のベスト。
ガラス越しに見える、切迫した精悍な顔。運送屋の表情ではない。
すれ違い、車はサイドミラーの中を向こう側へ遠ざかっていく。
ぼんやりと宙を見つめながら、タバコに火をつけた。
ため息とともに煙を吐き出す。
「……おれ知ーらね、っと」
車を東に向けて走らせた。
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