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鰥寡孤独の始まり
32. 誕生日
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セイファー歴 756年 5月15日
セルジュはめでたく六歳を迎えることができた。と言ってもこの世界にセルジュの誕生日を祝ってくれるものは誰一人としていない。
「「セルジュ、誕生日おめでとう!」」
「あ、ありがと」
そう思っていたのだが、覚えている者は覚えているものである。それは悪ガキコンビのジェイクとジョイだ。とはいえ、その二人が具体的に何かしてくれるわけではないのだが、それでも祝いの言葉をかけてくれただけでセルジュは感極まりそうになっていた。
「なんだ。セルジュは今日が誕生日なのか。おめっとさん。もう少し大きくなったらオレが直々にしごいてやるよ」
「ありがとう。お手柔らかに頼むよ」
また、偶然なのか狙ってなのかは定かではないが、この日にベルドレッド辺境伯から金貨の贈り物がセルジュのもとに届いた。その枚数は金貨二〇枚。名目は父の謝罪金ということらしい。
そして時を同じくしてダドリックもこちらのアシュティア村にある領主館を訪ねてきた。顔色は良くない。あまり良い知らせではないようだ。
「遠路はるばるありがとうございます。それで、スポジーニ閣下は何と?」
セルジュは社交辞令も挟ませずに即座に本題を切り込んだ。ダドリックの顔色がますます悪くなっていく。
「閣下は成り行きに任せる、と」
「それはアシュティア領の離脱も致し方ない、と」
この問いにダドリックは声を詰まらせたが、掠れた声を絞り出して真実をそのまま伝えた。
「閣下はそう仰っておいでだ。……しかし! しかし、もし離脱となれば次に続くものが出ぬよう叩かねばならん。わかってくれるな?」
「もちろんにございます。心中お察しいたします。……しかし、困りましたねぇ」
セルジュはこれでもかとワザと大きめにため息を吐いた。セルジュもこのまま離脱しては禍根を残しかねないと考えていた。そこで落としどころを探ることにしたのである。
「ダドリックさん、私はどうすれば良いでしょう?」
セルジュはあえてダドリックに判断を委ねた。これはダドリックがどう考えているのかを判断するためであった。
「行商人がアシュティア領に行くよう、儂から働きかけよう」
「いや、それでは来ないでしょう。そのようなことを強制させれば行商人たちが閣下の元から去っていくと思いますが?」
セルジュの言うことは正しい。利益にならぬ行為を強制されて大人しく従う商人は馬鹿か、よほど大きな絵を描いている商人だろう。と言っても絵に描いた餅であろうが。ダドリックも心のどこかでそう思っていたらしく、ダドリックの声がぴたりと止んでしまった。
それからどれくらいだろうか。二人の間を沈黙が支配し、ダドリックが口惜しそうにこう呟いた。
「すまん。儂には何の案も浮かばなんだ」
そう酷く心から残念そうにするダドリックにセルジュが一つの提案を切り出した。
「一つ、提案があるのですが」
そこで言葉を一度区切ると机の上に周辺の地図を広げ、セルジュは再び説明を始めた。
「この領土を何とかこちらにいただけないでしょうか」
そう言ってセルジュが提示したのはリス領の最東部の北側たった一平方キロメートルばかりの土地であった。
「この土地をアシュティア領として頂戴できるのであれば話は別でございます」
セルジュがそう切り出すとダドリックが腕組みをしたまま再び長考してしまった。しかし、先程の長考とは顔色が違う。どうにか切り取る算段をつけているような顔であった。
「申し訳ない。再三の願いとなってしまい申し訳ないが、もう一か月、もう一か月だけ儂にくれんだろうか」
「構いませんが、高くつきますよ?」
こうしてセルジュとダドリックの二回目の打ち合わせが終わりを迎えた。二人が外へと出るとそこには何故かアシュティア村の村人たちが大勢集まっていた。
「坊ちゃま、誕生日おめでとうございます!」
「誕生日おめでとう!」
畑仕事で忙しい中、村人たちが口々にセルジュの誕生日を祝っていたのであった。
「なんじゃ、其方は今日が誕生日であったのか」
「ええ、まぁ。一応」
セルジュは気恥ずかしそうに頬を掻きながらダドリックの問いに答えた。そして、ダメ押しと言う訳ではないのだがダドリックに先程あったことをありのままに伝えることにした。
「そうそう。そう言えばなのですが」
「ん?」
「本日、ベルドレッド辺境伯様より金貨が届いたのですよ。それも二〇枚ほど」
それを聞いたダドリックの顔色がみるみるうちに青ざめていくではないか。セルジュは幼心にその顔色の変化を面白いと思っていた。
暗い顔をしてやってきたダドリックが顔色を悪くし、解決の糸口が見えて生気が戻ったかと思えば青ざめていく。
「ちなみに金貨の名目は父上の謝罪金とのことでしたが、もとより禍根もありませんし困窮している身ですから、ありがたく頂戴することにしました」
「そうか……。重要なお話、感謝するぞ」
ダドリックはそれだけを言い残してホンスに跨り颯爽と駆けていった。これが吉と出るか凶と出るかはセルジュにもわからないのであった。
セルジュはめでたく六歳を迎えることができた。と言ってもこの世界にセルジュの誕生日を祝ってくれるものは誰一人としていない。
「「セルジュ、誕生日おめでとう!」」
「あ、ありがと」
そう思っていたのだが、覚えている者は覚えているものである。それは悪ガキコンビのジェイクとジョイだ。とはいえ、その二人が具体的に何かしてくれるわけではないのだが、それでも祝いの言葉をかけてくれただけでセルジュは感極まりそうになっていた。
「なんだ。セルジュは今日が誕生日なのか。おめっとさん。もう少し大きくなったらオレが直々にしごいてやるよ」
「ありがとう。お手柔らかに頼むよ」
また、偶然なのか狙ってなのかは定かではないが、この日にベルドレッド辺境伯から金貨の贈り物がセルジュのもとに届いた。その枚数は金貨二〇枚。名目は父の謝罪金ということらしい。
そして時を同じくしてダドリックもこちらのアシュティア村にある領主館を訪ねてきた。顔色は良くない。あまり良い知らせではないようだ。
「遠路はるばるありがとうございます。それで、スポジーニ閣下は何と?」
セルジュは社交辞令も挟ませずに即座に本題を切り込んだ。ダドリックの顔色がますます悪くなっていく。
「閣下は成り行きに任せる、と」
「それはアシュティア領の離脱も致し方ない、と」
この問いにダドリックは声を詰まらせたが、掠れた声を絞り出して真実をそのまま伝えた。
「閣下はそう仰っておいでだ。……しかし! しかし、もし離脱となれば次に続くものが出ぬよう叩かねばならん。わかってくれるな?」
「もちろんにございます。心中お察しいたします。……しかし、困りましたねぇ」
セルジュはこれでもかとワザと大きめにため息を吐いた。セルジュもこのまま離脱しては禍根を残しかねないと考えていた。そこで落としどころを探ることにしたのである。
「ダドリックさん、私はどうすれば良いでしょう?」
セルジュはあえてダドリックに判断を委ねた。これはダドリックがどう考えているのかを判断するためであった。
「行商人がアシュティア領に行くよう、儂から働きかけよう」
「いや、それでは来ないでしょう。そのようなことを強制させれば行商人たちが閣下の元から去っていくと思いますが?」
セルジュの言うことは正しい。利益にならぬ行為を強制されて大人しく従う商人は馬鹿か、よほど大きな絵を描いている商人だろう。と言っても絵に描いた餅であろうが。ダドリックも心のどこかでそう思っていたらしく、ダドリックの声がぴたりと止んでしまった。
それからどれくらいだろうか。二人の間を沈黙が支配し、ダドリックが口惜しそうにこう呟いた。
「すまん。儂には何の案も浮かばなんだ」
そう酷く心から残念そうにするダドリックにセルジュが一つの提案を切り出した。
「一つ、提案があるのですが」
そこで言葉を一度区切ると机の上に周辺の地図を広げ、セルジュは再び説明を始めた。
「この領土を何とかこちらにいただけないでしょうか」
そう言ってセルジュが提示したのはリス領の最東部の北側たった一平方キロメートルばかりの土地であった。
「この土地をアシュティア領として頂戴できるのであれば話は別でございます」
セルジュがそう切り出すとダドリックが腕組みをしたまま再び長考してしまった。しかし、先程の長考とは顔色が違う。どうにか切り取る算段をつけているような顔であった。
「申し訳ない。再三の願いとなってしまい申し訳ないが、もう一か月、もう一か月だけ儂にくれんだろうか」
「構いませんが、高くつきますよ?」
こうしてセルジュとダドリックの二回目の打ち合わせが終わりを迎えた。二人が外へと出るとそこには何故かアシュティア村の村人たちが大勢集まっていた。
「坊ちゃま、誕生日おめでとうございます!」
「誕生日おめでとう!」
畑仕事で忙しい中、村人たちが口々にセルジュの誕生日を祝っていたのであった。
「なんじゃ、其方は今日が誕生日であったのか」
「ええ、まぁ。一応」
セルジュは気恥ずかしそうに頬を掻きながらダドリックの問いに答えた。そして、ダメ押しと言う訳ではないのだがダドリックに先程あったことをありのままに伝えることにした。
「そうそう。そう言えばなのですが」
「ん?」
「本日、ベルドレッド辺境伯様より金貨が届いたのですよ。それも二〇枚ほど」
それを聞いたダドリックの顔色がみるみるうちに青ざめていくではないか。セルジュは幼心にその顔色の変化を面白いと思っていた。
暗い顔をしてやってきたダドリックが顔色を悪くし、解決の糸口が見えて生気が戻ったかと思えば青ざめていく。
「ちなみに金貨の名目は父上の謝罪金とのことでしたが、もとより禍根もありませんし困窮している身ですから、ありがたく頂戴することにしました」
「そうか……。重要なお話、感謝するぞ」
ダドリックはそれだけを言い残してホンスに跨り颯爽と駆けていった。これが吉と出るか凶と出るかはセルジュにもわからないのであった。
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