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鰥寡孤独の始まり

25. 秘密の盟約

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宿屋へと戻るその道中、セルジュはリベルトの真意を尋ねることにした。

「リベルト、さっきのやり取りは、その……どういうことなの?」
「ん? ああ、アレか。ちょっと、な。思うところあって領主の座を継がないことに決めたんだ」
「それがレガンデッドに関係するの?」
「レガンデッドの長男にオレの妹が嫁ぐことが決まっているからな。オレが領主を辞退すれば次は二人の妹の娘婿のどちらかだ」

この話を聞いてセルジュはリベルトのここ一連の行動の意味をようやく理解した。そして、どうしてリベルトがそう決断したのかに興味が湧いてきた。

セルジュは宿に戻ると、起きてきたばかりのバルタザークにビビダデと共に領土へ戻ってアシュティア村の再建に努めるよう指示を出した。当のセルジュはと言うとリベルトとお出掛けである。

セルジュがレガンデッドのお屋敷でヤグィルを購入しなかったのは、産地を確認したかったからだ。ヤグィルの生体がファート産なのであれば直接そこに赴いて購入した方が安上がりに済むに決まっている。

セルジュはリベルトが連れて戻ってきたホンスの背に乗せてもらい、ヤグィルを扱っているヤラサワ村へと案内してもらっていた。ホンスで向かえば一日も掛からずに着くらしい。

ヤラサワ村は領都であるアルマナの西側にある盆地に位置しており、その寒暖差から葡萄の一大産地となっている。そこへ向かっているときにセルジュはリベルトの言うところの思うところ・・・・・を伺うことにした。

「んー、なんか領内がキナ臭くなってる気がする。確証的なものはないんだけど、みんなの視線と言うか目つきが変わった奴が何人かいた、と思ってる」

リベルトは笑って聞き流せと言ったが、その後に数分の間を開けてからセルジュに想いを伝えた。

「もしさ、ファート領を獲れそうなら迷わず獲れよ。誰ともわからないホンスの骨に取られるくらいなら、お前が貰ってくれ」

セルジュは何も言うことが出来ず、ただ馬に揺られていた。



ヤラサワ村に到着すると早速お目当ての生き物が鳴き声を轟かせていた。そして牧場の独特な匂いがセルジュの鼻を刺激した。

「ここの主は居るか?」

リベルトは数十頭は居るであろうヤグィルに餌を与えている少年に声を掛けて主人を呼んでもらった。すると主人はすぐに出てきた。ペコペコしている様子を見るとリベルトのことを知っているのだろう。

「これはお坊ちゃま。本日はどうなされましたか?」
「うん、オレの友達……いや親友がヤグィルを求めていてな。良いヤグィルを売ってくれないだろうか」
「もちろんでございます! オスとメスを一匹ずつで?」
「いや、オスが一匹でメスが二匹だ。それで売値を出してくれ」
「わかりました。それでは一頭につき大金貨一枚で如何でしょう」

セルジュの狙い通り直接買い付けることによって中間マージンを取り除くことに成功した。その差額は金貨に換算すると実に六十枚にもなり、どれだけレガンデッドが法外な値段を吹っ掛けていたかが良くわかる。

セルジュはその場で金貨三十枚を支払い、ヤグィルをそのまま連れて帰ると主人に告げた。主人は人柄も良いお方でヤグィルの育て方も丁寧に教えてくれた。と言っても塩と水と草を与えて常に清潔に、というだけであったが。

主人が教えてくれることはセルジュの為になることばかりであった。特にヤグィルの乳は妊娠して子育て中のヤグィルしか出さないという情報は知らなければセルジュを困らせていたに違いなかった。

「それじゃあ連れてきますね。えーと、コイツとコイツ。それからオスはーコイツだな。全部生まれて一歳のヤグィルになります。健康で丈夫ですから直ぐに連れて帰ってもらっても大丈夫ですよ。これはオマケです」

そう言って主人がくれたのは一袋の塩であった。このまま連れて行くとなると時間が掛かると見込んだのだろう。セルジュはそれを有り難く受け取り、リベルトと共にその場を後にした。

「誰か来ていたのか?」
「これは領主様。リベルトさまがお見えになって、ただいま帰られました」

やってきたのはヤラサワ村の領主を務めているナグィス=ヤラサワであった。ナグィスはまだ二十代半ばではあったがその才覚を買われ、若くして領主の座まで昇りつめた人物であった。才覚は体を表すとはよく言ったもので、彼は眉目秀麗の優男であった。

「そうか。ご挨拶しておきたかったが残念だ」

ナグィスはそう呟き、リベルトが去った方向をじっと見つめていた。



セルジュがヤグィスを連れているためリベルトは馬を歩かせながらゆっくりと横に並んだ。その間、二人の間に会話は全くなかったのだが不思議と居心地が悪くなかった。

そうしてゆっくりと歩いていると分かれ道へと差し掛かった。片方は北東方面に伸びており真っ直ぐ進むとコンコール村へと到着する。もう一方はほぼ真東に伸びており領都であるアルマナに伸びる道だ。

ここにきてようやくセルジュが口を開いた。

「リベルト、死ぬなよ。何があっても絶対に助けに行くから。危なくなったらアシュティア領まで逃げろ」
「もちろんだ。そう簡単にくたばると思うなよ。生きてまた会おうぜ、セルジュ」
「うん、ボクたちは仲間だ」
「だったら、今回のような無茶はするなよ? お前はオレたちの仲間を殺してるんだから」

セルジュは現代人という感覚が抜けきっていなかった。戦争が終わったばかりで争った側の領地に行くというのは考えが甘いとしか言いようがない。ここは素直に人を使うべきだっただろう。

「……確かに。もう少し気をつけることにするよ」
「領民思いなのは良いことだけど、それでお前が死んでしまっては元も子もないからな?」

セルジュはもっと今生きているこの世界の常識を学ぶ必要があると感じた。これは館に戻ったらバルタザークから学んでいくことにしようと心に決めた。

「それじゃあ、これで」
「ああ、またな」

セルジュは別れ際にリベルトと固い握手をした。こうして弱小の幼い領主と次期領主になるはずであった男の間に派閥を超えた秘密の盟約が結ばれたのであった。
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