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46.フローラとレクシス(閑話)
しおりを挟む「ロイ殿下の人となりはもちろんお慕いしております。ですがどうして皆、殿下が信じるといっただけで私まで信じてくださるのか、それはいまもわからないままです」
ロイの私室で、ロイとの通信が終わり寝る時間になり、ふとレクシスと話がはずんだとき、ロイの体のフローラがそう聞くと、レクシスはふふっと笑った。
「ええ、皆最初はそうです。いつの間にか殿下のペースに乗せられてしまうのでしょうね」
「ペースですか」
「はい。私も最初は戸惑いましたから。なぜこの人は無根拠に他人を信用するのかと」
「レ、レクシス様もですか?」
「はい、私も今のフローラ様と同じです。
最初から信頼関係にあったわけではありません。殿下に助けていただきました」
そう言って、にっこり微笑みながらフローラに寝つきのよくなるお茶を差し出した。
「レクシス様が助けていただいた……ですか。意外でした。」
お茶を受け取りながら、フローラが言うと、レクシスはふむと頷いた。
「そうでしょうか?」
「レクシス様ほど優秀な方ならご自分で解決してしまいそうな気がします」
レクシスの仕事ぶりを見ると、フローラは自分がいままで力がたりなかったか思い知らされる。彼の仕事ぶりは適切でその土地の領地の風土や領民の人柄まで把握したうえで、他領地との兼ね合いを見つつ指示をだし、それでいて貴族たちに反感を買わぬように配慮したうえで税金や農作物の管理、軍事費など処置していた。
国中枢の人事もそうだ、昇格などや移動、派遣なども派閥等の兼ね合いを見ながら適切な時期を見定めて、もめ事がおこらぬよう配慮している。
人事なども問題なく円滑に手配できる優秀な人が、ロイの手をかりなければいけなかった状況が思い浮かばない。
「フローラ様は買いかぶりすぎですよ。それに、今この国はロイ様のおかげでかなり変わりつつありますが、以前は貴方の国とそう変わりません。身分差による理不尽がまかり通る国でしたから。落ちぶれた男爵家の三男の私など貴族の間では平民と扱いはそう変わりませんでした」
そうフローラがロイの仕事を代行していて驚いた事がある。
それはシューゼルク王国にも貴族と平民の身分差は根強く残ってはいるものの、犯罪に関しては法の元に平等なのだ。フローラの国では平民や下級貴族相手ならば身分差で不問になるような罪もシューゼルク王国では公爵家レベルの貴族でも平等に裁かれる。
そして書類を見ると平等に裁かれだしたのは1年ほど前からだ。
ロイが国王をお飾りにし、実質国の権限を握ったのが16歳の時と以前レクシスに聞いた事がある。つまり、法の下に平等としたのはロイの実績なのだろう。
「私の姉が、公爵家の息子の一人に暴行をうけそうになりまして、当時姉と交際していた騎士とで抵抗して、姉はそのまま逃げ、駆け落ちして行方知れずになりました。
複数の目撃者がいたことから、姉の罪自体は不問になりましたが、公爵家は我が家にたいして執拗な嫌がらせをするようになりまて。
私もよく、貴族の通う学習院にて、人目のつかないところに公爵家の子息に呼び出され、暴行をうけました」
「……そんな。理不尽です! ちゃんと教師に報告をしたのでしょうか?」
レクシスに問うと、レクシスはフローラに微笑んだ。
そこでフローラは気づく。
公爵家の立場である自分だって何も言えず謝っていたのに、身分差があって逆らえないであろうレクシスにはちゃんと抗議しろと発言するのはおこがましいのではないかと。
傲慢な発言だったと思わずうつむいてしまう。
「そ、そ、そのすみません。あまりにも理不尽だと感じたものですから」
「いえ、フローラ様が私のためにそこまで親身になっていただけて嬉しいです」
そう言ってレクシスはフローラの手をとって、跪く。
「レクシス様?」
じっと目を見つめてくるレクシスに思わず聞き返す。
「そのお気持ちを忘れないでください。納得できないことに反論することは悪いことではありません、正当な権利です。それは私だけではなくもちろんフローラ様ご自身の事においてもです」
「……はい。申し訳ありません」
「謝罪する事ではありません。フローラ様の状況も私とそう変わりません。王家主導で貴族全体が貴方を責める風潮ができあがっていました。もしフローラ様と同じ状況下におかれていたらきっと私も耐える事しかできなかったでしょう。当時の私も何もできませんでした、ただ理不尽な暴力と嫌がらせに過ぎ去るのを待つことしかできませんでしたから」
そう言って、手を離すと、立ち上がりいつも寝る前に焚いてくれる魂の定着を安定させるというお香を焚いてくれた。
「そんな時です。私を助けてくださったのが殿下でした。
当時のシューゼルク王国は第一王妃の二人の息子と第二王妃の一人息子どちらが王位継承者なるかで派閥争いを繰り広げていて、殿下はなんの後ろ盾もなく、風変わりな王子として誰にも相手にされていなかった時、殿下自身も公爵家相手に戦えるほどの力もなかった時です」
「後ろ盾もないのに公爵家に逆らったのでしょうか?」
さーっとフローラは血の気がひくのがわかった。ロイなら平気で公爵家にも喧嘩を売りそうで、思わず青ざめる。
「大丈夫ですよ。殿下は無謀に見えますがああ見えて、計算して動いています。瞬時に相手に合わせた行動をとれる方ですから」
そう言って、お香をたいたものをフローラのベッドの横に置く。
「学舎の庭の人目のつかない場所で、複数人に暴行を受けている最中、急に現れて、公爵家の者たちと取り巻きの貴族に、『はやく逃げろ!! みつかるぞ!!!』と大声で叫びはやし立て追い払って助けてくださいました」
「追い払ったのでしょうか?」
ロイなら叩きのめしてしまいそうなイメージがあっただけに、意外でつい聞き返してしまう。
「はい、そのあと、本当にロイ殿下を追っていた教師が現場に現れたのですが……。
そのあとがロイ殿下らしいというか何というか」
「どうなさったのでしょうか?」
「公爵家の者たちではなく怪しい黒づくめの大人の男たちが私に暴行を働いていたと騒いだのです」
苦笑いを浮かべるレクシスにフローラはああ、なるほどと、頷いた。
公爵家の者たちに暴行を受けたと騒げば、公爵家に逆らえない学園や教師たちは暴行があった事実すら握りつぶすだろうし、そのせいでレクシスへの報復が酷くなる可能性がある。だから公爵家の子息や取り巻きを追い払ったあと、不審者が学院内にいたと騒ぎたてた。
もちろんレクシスも公爵家の者たちも真実が言えるわけがなく話をあわせるしかないのを計算したうえで。フローラが頷くと、レクシスもフローラの内心を読んだのか微笑んだ。
「不審者が学院内にいたという騒動に、内心はどうだったかはわかりませんが学園も黙っているわけにもいかず警備を増やし、貴族の子息たちのいる場のため国の兵士たちも頻繁に校内を巡回するようになりました。そのことで私に暴力をふるうと騒ぎが大きくなるかもと恐れた、公爵家の子息たちも私に直接的な暴力は振るわなくなりました」
「……後の事をちゃんと考えていらっしゃるのが殿下らしいですね」
「ええ、そうですね。
その件でのちに殿下に礼をのべにお会いしたのですが、どうやらその時のやり取りで気に入られたようで、『俺のものになれ!』と付きまとわれるようになりました」
「それもまた……殿下らしいですね」
子ども姿のロイが、レクシスに「俺のものになれ!」と、迫っている姿が想像できてしまい、フローラがあははと愛想笑いを浮かべる。
「……そうですね。さて、少々話が長くなってしまいました。
フローラ様、体と魂の安定していない状態であまり無理をするのはよろしくありません、今日はそろそろお休みください」
レクシスが優しくフローラに毛布をかける。
「……あのレクシス様」
「はい、なんでしょう?」
「……いえ、なんでもありません。今日はありがとうございました。おやすみなさい」
そう言ってフローラはレクシスに手を振った。
その言葉にレクシスも「おやすみなさいませ」と頭をさげて魔道具の照明を消すと部屋から出て行った。
(いつかまた、その続きを聞かせていただくことはできるでしょうか?)
と、レクシスに聞きたかったけれど、興味本位だけでそこまで求めるのは違う気がして、結局聞けなかった。
確かにロイがレクシスを助けた話はとても凄い事で、ロイの機転とそして他人を助ける優しさ故にレクシスがロイを慕うのがよくわかる。でもそれがあの絶対的信頼につながるにはまた話は別だ。
きっとそのあとも、レクシスがロイの言葉に信頼をおく何かがあったのだろう。
他国のものに重要書類を見せ、ロイが危ない目にあったという報告にも一切動じなかったレクシスはロイを信じて疑わない。そしてそれはレクシスだけではなく、転魂の事情をしっているマッサージの魔術師たちも同じで、『ロイ様なら何があっても大丈夫』だと笑うのだ。
自分を助けてくれて、そして父をも助けてくれた人。
いまだ父は意識は朧気ではあるものの、回復しつつある。
ロイには感謝しても感謝しきれない。
父を助けに行くときに、魂の姿になり、ロイはフローラの姿ではなくちゃんとロイの姿だった。その時手を握ってくれたその時の笑顔を思い出すと今でも顔が赤くなる。
もっとロイの事を知りたいと思ってしまうこの感情は一体なんなのだろう。
(私もロイ殿下を知って、レクシス様達のような信頼関係になりたいと願うのは傲慢なのかな?)
そんなことを考えているとお香とお茶の効果か急に睡魔が襲ってくる。
(もっと、ロイ殿下とお話できるといいな――)
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