上 下
39 / 46

第39話 信じる

しおりを挟む
「聖女様。帝国兵がやってきました」

 砦から見える範囲に現れた帝国兵に神官の一人が告げた。
 聖女が望遠鏡でその姿をみると、かなりの数の帝国兵が旗をかかげて聖教王国ティアラにむかってきている。濁水のグーンの言う通りだ。帝国兵も、この国民も、全て殺し、【救済の天使】様にささげ世界を無にする。
 その時がついにきた。

「ああ、【救済の天使】様、人間を最も愛してくださる慈悲深き天使。それなのに人間の下らぬ基準のために魔王などと呼ばれ、忌み嫌われる。これほど身勝手なことがありますでしょうか。いまこそ【救済の天使】様の望む、無の世界を!そして光神ネロス様による新たなる幸福な世界の構築を!争いも悲しみもない新たな世界を作っていただくのです!!そのために全てを捧げましょう」

 聖女が砦の上で声高に言うと、神官達が頭をたれ祈りだす。

 途端、大神殿の東部が、音をたて、崩れ、巨大なゴーレムが聖教都市の王都に現れるのだった。


★★★

「すごい地鳴りじゃな」

 天聖のダンジョンにいたジャルガが上を見上げた。

「おかしいですね、ダンジョンは現実世界とは隔離されているはずなのに」

 モンスターを切り捨ててシャルロッテも上を見上げる。

「おそらく地上で【聖光のゴーレム】を動かしたのじゃろう。あれはダンジョンのある異次元にも影響を与える」

 向かってきたタイガー型のモンスターを鉤爪で切り裂きながらジャルガが答える。

「マスターの言った通りですね。……上ではきっとゴーレムによる聖教王国の民の虐殺がはじまっているのでしょう」

 アレキアは目を伏せた。

「嘆いたところで仕方ないのじゃ。お主だって何度も経験してきたじゃろう?どうあがいても、結局は死ぬのじゃ」

 ジャルガの言葉に、アレキアは頷いた。

 時間軸によってはどこにも戦争がおこらず、皇帝が早々に裁かれレイゼルが皇帝になり、暗躍していた四天王も大賢者が倒した時間軸もあった。

 けれど、なぜか魔王は復活した。魂を吸収していないはずなのに。
 今でも思い出すだけで胸が痛む。あの時が一番酷かった。
 あふれた闇が、世界を覆い、人々が発狂しながら共食いをはじめた、痛い苦しいと叫びながら。まるでお前たちが歴史を変えたせいで民たちがこのような目にあうのだと訴えるかのように。
アレキアも徐々に闇に呑まれ自我を失いかけたが大賢者に救われた。

 けれど――結局大賢者も魔王を封印して命つき、そのままその時間軸では失敗してしまった。

「我らの苦労はいつだって報われなかった。だが今回は違う!」

 ジャルガがドーンと胸を張って言う。

「マスターがいるからですか?」

「そうじゃ!あれはファンバード殿がこの状況を打破するために呼び出した存在じゃ。あやつを信じる事はそれすなわち、ファンバード殿を信じる事」

 そう言ってジャルガは拳を握る。
 神ネロスが黒幕ならば、このまま魂を捧げて魔王を倒しただけでは歴史は変わらないのではと、進言したシャルロッテの言葉に、第八皇子は笑った。

『安心しろ、魔王を倒したあと【創造主の宝珠】さえあれば、十分神と渡り合える。あとは俺を信じて黙ってついてこい』

 ――と。ならばジャルガは黙ってついて行くのみ。

「考えるのは頭のいいやつに任せておけばいいのじゃ。マスターを信じようではないか。マスターが方針を話さないというのなら話さない理由があるのじゃろう。
 自らの輪廻すら諦めて、世界のために、魂の寿命を迎えようとしている本物レイゼルと、過去のファンバード殿がマスターに全て託した、その信頼を得るだけの何かをマスターはもっているはずじゃ」

 ジャルガの言葉に、シャルロッテが盾を展開して、モンスターを押しつぶしながら、アキレアは剣でモンスターを切り払ないながら頷いた。

「私達は私達の出来る事をですね」

 アレキアがモンスターを刻みながら笑う。

「我々は【創造主の宝珠】を手に入れるのみです!!!」

 シャルロッテの巨大な盾が現れたモンスターを叩き潰すのだった。


 ★★★

 こぽっ
 培養液の気泡がはじける音。
 そして――

 『さぁ、起きなさい、哀れなマリオネット。無様に踊るときがきたようです』

 もう一人の自分が笑っている。

 ―――貴方は一体何者なのですか?

 エルフの大賢者が問いかける。
 その問いにもう一人の自分は慈愛とも、憐れみとも憎しみともとれる複雑な笑みを浮かべた。
 
『すぐわかりますよ。私は私であって私ではない。そして貴方も貴方であって貴方ではない』

 そう言って、もう一人の自分は消え失せる。

 液体の揺れる音、それとともに意識が急に鮮明になり、エルフの大賢者はゆっくりと目を開けた。そこは治療室の天井で、エルフの大賢者はいつの間にか培養液からだされて、ベッドに移動されていたらしい。

「大賢者様、治療が完了しました。もう動いて大丈夫です」

 弟子の声に視線を向ける。

「……私は一体?」

「魔法の使い過ぎで魔力回路が乱れて、危篤状態でした、やっといま治療が完了したところです」

 弟子の言葉に、エルフの大賢者は我にかえる。

「外の世界は、外の世界はどうなっていますか!?」

 慌てて弟子の肩をもち、問い詰めるのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

Betrayed Heroes -裏切られし勇者の末裔は腐敗世界を破壊し叛く-

砂糖かえで
ファンタジー
これは救ったはずの世界に裏切られた勇者達の物語。 かつて異世界より来訪した者達が魔族による大災厄から世界を救ったという。 彼らは勇者と呼ばれ、比類なき圧倒的な力を有していた。 民から大いに崇め奉られた彼らだが、たった1つの言葉でそれは儚くも崩れ去ることになる。 世界を恐怖に陥れた大災厄の主が実は勇者達と同じ異世界から来訪したというのだ。 その事実により勇者とその一族は救ったはずの民から迫害を受けて追放されてしまった。 それから数百年の時を経て、とある小さな町に少女が訪れた。 その少女はかつて勇者の一族を苦しめた大いなる渦の中心にいた大国の王女。 彼女はその町に住むという勇者の一族の末裔を訪ねてきたのだ。 そして出会った末裔に向かってなんとこう言った。「もう一度世界を救ってほしい」と。 裏切った側から差し出された身勝手な頼みに、末裔は憎悪に満ちた目を返した。 過去の血塗られた因縁。裏切った者と裏切られた者。 歴史の痕跡を辿りながら腐敗した世界を傍若無人に駆け巡り、気に食わない不条理を破壊していく。 異世界からの来訪者が救世した後の世界を描いたダークファンタジー開幕。 ※暴力的な描写が多いので苦手な方はご注意ください。小説家になろうにも掲載しています。

転生ドラゴンの魔法使い~魔法はガチでプログラムだった~

喰寝丸太
ファンタジー
ブラック企業のプログラマーだった俺はある日倒れて帰らぬ人となったらしい。 神様に会う事も無く何故かドラゴンとして転生。 ドラゴンは産まれた時から最強だった。 やる事も無く食っちゃ寝する日々。 そして、ある日人間の集団に出会い、その一人が使った魔法に俺は魅せられた。 使いたい、魔法が使いたい、使いたいったら、使いたい。 それからは人間をこっそり観察して呪文を集める日々。 そしてある日、気づいた呪文の法則に。 それはプログラムだった。 それから俺は言葉が喋れない壁を乗り越え、呪文の製作者となった。 そんな俺がドラゴンの賢者と褒め称えられ、守護竜となるまで。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

「魔物肉は食べられますか?」異世界リタイアは神様のお情けです。勝手に召喚され馬鹿にされて追放されたのでスローライフを無双する。

太も歩けば右から落ちる(仮)
ファンタジー
その日、和泉春人は、現実世界で早期リタイアを達成した。しかし、八百屋の店内で勇者召喚の儀式に巻き込まれ異世界に転移させられてしまう。 鑑定により、春人は魔法属性が無で称号が無職だと判明し、勇者としての才能も全てが快適な生活に関わるものだった。「お前の生活特化笑える。これは勇者の召喚なんだぞっ。」最弱のステータスやスキルを、勇者達や召喚した国の重鎮達に笑われる。 ゴゴゴゴゴゴゴゴォ 春人は勝手に召喚されながら、軽蔑されるという理不尽に怒り、王に暴言を吐き国から追放された。異世界に嫌気がさした春人は魔王を倒さずスローライフや異世界グルメを満喫する事になる。 一方、乙女ゲームの世界では、皇后陛下が魔女だという噂により、同じ派閥にいる悪役令嬢グレース レガリオが婚約を破棄された。 華麗なる10人の王子達との甘くて危険な生活を悪役令嬢としてヒロインに奪わせない。 ※春人が神様から貰った才能は特別なものです。現実世界で達成した早期リタイアを異世界で出来るように考えてあります。 春人の天賦の才  料理 節約 豊穣 遊戯 素材 生活  春人の初期スキル  【 全言語理解 】 【 料理 】 【 節約 】【 豊穣 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】 【 快適生活スキル獲得 】 ストーリーが進み、春人が獲得するスキルなど 【 剥ぎ取り職人 】【 剣技 】【 冒険 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】【 快適生活獲得 】 【 浄化 】【 鑑定 】【 無の境地 】【 瀕死回復Ⅰ 】【 体神 】【 堅神 】【 神心 】【 神威魔法獲得   】【 回路Ⅰ 】【 自動発動 】【 薬剤調合 】【 転職 】【 罠作成 】【 拠点登録 】【 帰還 】 【 美味しくな~れ 】【 割引チケット 】【 野菜の種 】【 アイテムボックス 】【 キャンセル 】【 防御結界 】【 応急処置 】【 完全修繕 】【 安眠 】【 無菌領域 】【 SP消費カット 】【 被ダメージカット 】 ≪ 生成・製造スキル ≫ 【 風呂トイレ生成 】【 調味料生成 】【 道具生成 】【 調理器具生成 】【 住居生成 】【 遊具生成 】【 テイルム製造 】【 アルモル製造 】【 ツール製造 】【 食品加工 】 ≪ 召喚スキル ≫ 【 使用人召喚 】【 蒐集家召喚 】【 スマホ召喚 】【 遊戯ガチャ召喚 】

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

ドブネズミの革命 ─虐げられる貧民たちは、自由を求めて下克上する─

ちはやれいめい
ファンタジー
貧富の差が激しい国イズティハル。 貧民は人にあらず、ドブネズミと呼ばれている。 イズティハルの貧民ファジュルは、恋人ルゥルアと二人で暮らしていた。 貧民は差別され、仕事をまともにもらえない。 パン一つを得ることもままならない日々だったが、王女シャムスと出会ったことをきっかけに変わり始める。 シャムスの望みは『スラムにいる賢王の息子を探し、新たな王にすること』 そして現国王ガーニムもまた賢王の息子を探していた。 王の望みは『政敵である賢王の息子を殺すこと』 賢王の息子を殺すため、国王はスラムに火を放つ。 そしてファジュルは自分こそが賢王の息子なのだと知ることになる。 「戦うしかないのなら戦う。俺はルゥやみんなが幸せに暮らせる未来がほしい」 これはドブネズミと呼ばれた王子が、貧民たちの幸せのため玉座を勝ち取りにいく物語。 この作品はノベルアップ、小説家になろうにも掲載しています。 *この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

頭にきたから異世界潰す

ネルノスキー
ファンタジー
気ままな高校生活を送っていた葉山弓弦は不良で名が通った荒くれ者だった。 気に入らない奴は拳で黙らせ、筋が通らない事は許さない。 例えそれが間違った方法であっても彼は決して止まらず己が道を進み続けた。 そんなある日。 突如彼は彼を含めた友人とクラスメイトと共に異世界への転移を果たしてしまう。 異世界へと転移してきた彼らは『勇者一行』と呼ばれ魔王復活により、血みどろの戦争が行われようとする世界から生き抜き、皆で地球に戻るために奔走する。 しかし葉山弓弦は早々にクラスメイト達から抜け出す事となった。 他のものとは比べられないほどの圧倒的脆弱なステータス。 名称だけでも危険すぎるスキルや称号によって彼は一人生き抜く術を磨いて行くことに決めた。

処理中です...