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4.最終章

3.スープ(コロネ視点)

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「コロネ、おまえガリガリすぎないか?」

 腰に手をあてられ、そのまま抱き寄せられて言われた言葉がそれだった。

「いいから、離しなさい。本気で怒りますよ?」

 凄みをきかせて、彼に言えば、猫はぱっと手を離し――

「お前、最後に食事らしい食事とったのはいつだ?」

 問われる。

「関係ないでしょう」

「いや、あるだろう?護衛対象がガリガリすぎて倒れましたとか言われたら守れないじゃないか」

 いままでない真剣な顔で猫に言われ、コロネは口ごもった。
 守ってもらおうなどとは思ってはいない。
 自分を守れるだけの力を自分はもっているはずなのだ。

 それなのに。

「……人間の国に来てすぐの頃――毒を盛られてから、食事はやめました」

 何故か素直に答えてしまう。
 答えたコロネの言葉に猫が息を呑むのがわかった。
 その表情は怒りに満ちていて、何故人の事でここまで怒れるのか不思議でならない。

「お前さ、そこまでされててなんでそれでも、帝国になんかいるんだ?
 テオドールも同じような扱いでもされてるのか?」

「彼は大丈夫ですよ。
 何故か人間の血が入っていれば、彼らの宗教観では崇高な存在になるらしいですから。
 純潔のエルフでもない限り、ここまで嫌がらせはされません」

「殺しにくるとか、嫌がらせの範囲を超えてるだろう」

「自分の利益にならない相手を殺そうとするのは人間同士でもよくあることです」

「テオドールは何やってるんだよ」

「彼が庇えば庇うほど、嫌がらせは悪化します。
 それくらい人間の貴方ならわかるでしょう?」

「だったら、エルフ領に帰ればいいだろう?」

「多少の嫌がらせくらいで、捨てた国に戻るわけにはいきません。
 国を離れた時点でそれくらいの覚悟はしています。
 それより何故テオドールを呼び捨て……」

 言いかけたが、コロネは途中でその言葉を呑み込んだ。
 猫から立ち込める怒りからくる神力が尋常ではなかったからだ。

「うん。なんだか思っていたよりずっと酷いな。マジ許せん」

 何やら倍返しだなどと、物騒な事をブツブツ言い始める。

「とにかく、私はもう休みます。貴方は自由に――」

 言いかけた、その腕を掴まれる。

「――まだ何か?」

「少し買出しに付き合ってくれ。すぐ終わるから。
 とりあえず食事をとってそのガリガリ状態を何とかしなきゃ今にも倒れそうだ」

「私は食事などとれば逆に……」

「ああ。わかってる。いきなり固形物なんか食べさせやしないから。
 まずは少しずつでもいいから流動食で慣らそう。
 いきなり食べたら胃が驚く」

「……」

 猫の言葉にコロネがぽかんと見やるので

「……何かおかしい事をいったか?」

「いえ、ガサツに見えていたので……そこまで気が廻るとは思いませんでした」

「コーローネー。君、人の事をなんだと思ってるのかな?」

「はい。男色家です」

 コロネの言葉に猫がぐっとした表情になる。
 何かいいたそうに睨んだあと

「あー、そうだな。うん。とにかく出かけるぞ」

 言って無理やり外に連れ出そうとする

「ちょ、ちょっと待ってください!外に出るにしてもフードを持ってこなければ」

「うん、何で?」

「……これでは耳が丸見えでしょう。
 いらぬ因縁をつけまれます」

「……ああ、そうか。じゃあこれを」

 言って猫は見慣れない魔道具のピアスを取り出した。

「……これは?」

「うん。これをつければ周りから人間に見えるはずだ」

 猫に言われて、コロネはじっと魔道具のピアスを見つめた。
 確かに魔力が込められた魔道具だ。

 だが、問題なのは……

 このような高度な事ができる魔道具はそれこそエルフの国でも国宝級の扱いだ。
 それになにより……
 コロネはでかかった言葉を呑み込んだ。
 この魔道具から感じられる魔力は、何故か自分の魔力の質とまったく同じなのだ。
 自分は昔から作った魔道具にはこっそりとわかるように目印をつけていたのだが、その隠れた目印もきちんと刻まれている。

 そう――この魔道具はコロネが作ったものらしい。

 だが、こんな高度な事ができる魔道具を作れるほどの技術などコロネは持ち合わせてはいなかった。
 時々、猫から感じる妙に馴れ馴れしい感じや、テオドールなどに対する態度、「昔のコロネ」と言った言葉など総合すれば……。

「うん?どうした?」

 つい、見つめてしまい、猫に問われ、コロネは首を横に振った。

「……いえ、なんでもありません」

 コロネは何故か聞くのをためらい、結局大人しくそのピアスを耳につけるのだった。

***

「……まさか、この味を人間領で味わえるとは思っていませんでした」

 猫が買い物に連れ出して買ってきた材料でつくってくれたスープはエルフの村でよく昔に食べた味だった。
 とても懐かしくて、それでいて素朴な味。
 コロネもいつもメイドの作っていた料理を食べていただけだったので、この味を再現はできなかった。

「言っただろう?エルフと交流のある地域に住んでいたって。
 料理は自分の担当だったから、それくらいなら作れる」

 と、胸を張って猫が言う。
 もちろん、橘楓のときの記憶ではなく、村娘Aだった時代、ロシィの時の記憶なのだが。
 この世界は、ゲーム化する前の世界なので、じゃがいもや人参など日本の材料は存在しない。
 本来この世界にあった動植物なのだ。楓の記憶ではまったく役にたたない。
 ロシィの記憶も、古い時代すぎてあまり役にはたたないのだが、流石に植物はそう対して変化がないようで料理くらいは何とか作れたのだ。

「ええ、そのようですね。出身地を聞いてもいいですか?」

「レイゼル霊峰の近くの集落だ。エルフもよく村にきていた」

「……ああ、なるほど」

 言ってコロネは一口スープをすする。
 遥か昔はその地域に人々が住んでいたのは知っている。聖地として祀られていた地域だということも。
 だがいまその地域は大神ガブリエラと異界の神ゼビウスの戦いの衝撃で酷い魔素溜になっていて生き物が住める地域ではなくなっている。
 何故、このような嘘で、騎士団テストを難なく突破できてしまったのかと、コロネはため息をついた。

 自分も、本来ならまっ先に彼の出自を調べそうなものなのに、一目惚れという訳のわからない嘘に動揺してしまい、そういった事を調べるのをおろそかにしてしまっていた事を後悔する。

「……そのような嘘で身元検査をよく突破できましたね」

 と、猫に言えば

「ああ、やっぱり何かおかしかったか?」

 と、気にした風もなく逆に問われる

「やっぱり……ですか」

「どうせ、コロネには嘘をついたところで遅かれ、はやかれバレるだろ?」

「まるで私を知っているような口ぶりですが」

「その魔道具を見た時に大体コロネだって察したんじゃないか?」

 と、コロネのつけたピアスの魔道具をみて猫が言う。

「ああ……渡したのはワザとでしたか」

「説明するよりはやいかと思って」

 悪びれる事なく言う猫にコロネは苦笑いを浮かべた。
 この男は妙に抜けてるのかと思えば、それも計算のうちだったり、聡いのか間抜けなのかよくわからない。

「何故、未来から来たのか尋ねてもいいのでしょうか?」

「うーん。答えたらダメと言われてる事もあるからな。
 とりあえず未来からコロネの命を狙ってる奴が過去にきたので自分はそれを追ってきた。
 過去のコロネが殺されると自分の時代のコロネも死んでしまうからそれを阻止しにきた」

「まるで夢物語のような話ですね」

「信じられないか?」

「……そうですね。すぐに信じろというのは無理です。
 しばらく保留にさせてください」

 言ってもう一口スープをすする。
 ただ、彼が自分を守るつもりがあるというのは本当なのかもしれない。
 殺すつもりなら彼の実力なら、こちらが抵抗する暇もなく殺せているはずだ。

 それに、この味が毎日味わえるのなら――彼が護衛についてくれるのは悪い話ではないかもしれませんね。
 と、コロネは一人心の中でつぶやくのだった。
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