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第7章「白刃は銀色に輝く」
第114話「十五夜お月さんほど チョイト丸くなれ 」
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大帝家が動く。
ルベンスホルンへ役人が送られ、速やかに遺跡は封印された。始世大帝の第十子が治める土地といっても、いや、寧ろ始世大帝の第十子が治めるが故に、大帝家の動きは迅速を極めたのである。
その背後にあったのは、やはりテンジュだった。
「ご苦労様でした」
ゴッテスフルスの教会で深々と頭を下げるテンジュは、強行する事となってしまった事を、叔父や弟に詫びているのではない。
テンジュの眼前にいるのは、貴族どころか騎士ですらないものばかりだったのだから。
ファンとエル。
ユージンとカラ。
インフゥとホッホ。
コバックとザキ。
パトリシアとエリザベス。
その10人へテンジュは頭を下げていた。
大公の遺志に応えた剣士たちを代表し、ファンが一礼を以て答える。
「もったいないお言葉です」
無論、もらえるものは言葉だけではない。
顔を上げれば、教会の敷地には改装されたファンの馬車がある。外装も調え、今までよりも旅芸人の馬車だとハッキリと分かる仕様になったものだ。
それも一輛だけでなく、人員の移動、道具の管理ができるように数も揃えられて。
「では――」
テンジュが居住まいを正すのだから、馬車がここにある意味はファンに対する礼ではない。
「これからも、力を貸して下さい」
この一件だけではないのだ。
この馬車は、特別な剣士のもの。
その特別な剣士とは、テンジュとは逆方向にいる男が告げる。
「領民を無視し、未だに精剣だなんだとやかましい地方へ特使を送り、遺跡の封印や救民を行う」
声がした方向へ皆が顔を向けると、そこに立っている長身の男はニッと白い歯を見せた。
「精剣を悪用し、世の安寧を乱す者があるならば、大帝家、皇帝家であろうとも斬り捨てる――」
些か危険な事を平気で口にする男は、本来、この世にはもういないはずの男。
「殿下」
エルが眉間に皺を寄せて苦笑いする相手――大公だ。
自刃したと偽って生き延びた大公がテンジュと共にいる理由は一つ。
――極秘の特使を作り、その元締めでもやりたいものです。
以前、テンジュに語った組織を造り上げたからだ。
「冗談だ、冗談だ」
大公も出来が悪すぎたと苦笑いするのだが、その態度にザキが笑い出す。その組織は、大帝家とも皇帝家とも繋がりを持ち、同時に繋がりを持たないともいえるテンジュを旗印に、この人員でスタートする。
「そんな顔してたら、旅芸人になれないですよー」
ザキの言葉が示す通り、特使とは副業だ。
「それは困る」
頬を叩いた表情を変える大公も、本業は……、
「ユウキ・カミーユ一座、今日よりこの国を回る」
名を変えた大公――ユウキはパンッと手を叩いた。
そして唱和するのは、
「赤茶けた土地を、街や畑に!」
ファンの口癖だ。
「煤けた顔を、笑顔に!」
特命を帯びた剣士とは、飽くまでも副業であり、本業は旅芸人一座。
そんな弟の姿に、テンジュは目を細める。
「努々、忘れないように」
死を偽って名を変えた弟は、実に晴れ晴れとしているではないか。
眩しいと目を細めるテンジュ。
「刃物を持った手では、人を幸せにする事はできません。人を笑顔にする芸を磨いて下さい。もたらすのは剣風ではなく、花吹雪を」
このテンジュの人柄こそ、皆を纏める。パトリシアやユージンが承諾したのも、テンジュの存在が大きい。
「人は容易く権利を義務に、手段を目的に変えてしまいます。遺跡を悪用しようとする者を斬る事を目的にしていては、その者に依存した想いなど永遠ならざるものなのに、永遠の想いと勘違いするでしょう」
テンジュが求めるものは、斬る事ではない。
「世を驚かせ、笑わせて下さいね」
平和に相応しい笑顔を浮かべるテンジュは、ファンが最も喜ぶ期待をかける。
「はい」
ファンも笑みを見せ、
「それは全力で」
他の団員へも顔を向けると、皆一様に頷いた。
頷くのだが、唯一、ザキだけは返事のあと、一つ、付け加える。
「でもね、テンジュ様」
ぴょんっと飛び跳ねるようにテンジュへ近づくザキは、笑顔のまま首を傾げて見せ……、
「刃物を持った手でも、人を幸せにできる人たちを、私たちは知ってますよ。誰でしょうか?」
「え?」
目を丸くするテンジュだったが、答えは出せる。
「料理人と、仕立屋さん」
ムゥチと、ルベンスホルンの店主と、様々な街に住む者の顔が思い浮かべられるのだ。
「当たりです」
ザキは笑顔を残し、団員たちと共に馬車に乗り込む。
「では、行こうか」
ユウキの号令の下、馬車が走り出す。ゆっくりと、馬の蹄をぽっくりぽっくり鳴らせて。
深々と頭を下げるテンジュと――、
教会の惣門を出るところで、手を振るヴィーの幻影を横目に。
――それが俺たちの目標を完遂する道程だ。
ヴィーがいったように思えた。ヴィーが道筋をつけてくれた、ファンの夢。それを御者席からファンがいう。
「戦乱を終わらせに行くんじゃない」
キャビンからも、エルが。
「戦乱が終わった事を知らせに――」
本業は旅芸人、剣士は不本意な副業――そんな一座が行く。
ルベンスホルンへ役人が送られ、速やかに遺跡は封印された。始世大帝の第十子が治める土地といっても、いや、寧ろ始世大帝の第十子が治めるが故に、大帝家の動きは迅速を極めたのである。
その背後にあったのは、やはりテンジュだった。
「ご苦労様でした」
ゴッテスフルスの教会で深々と頭を下げるテンジュは、強行する事となってしまった事を、叔父や弟に詫びているのではない。
テンジュの眼前にいるのは、貴族どころか騎士ですらないものばかりだったのだから。
ファンとエル。
ユージンとカラ。
インフゥとホッホ。
コバックとザキ。
パトリシアとエリザベス。
その10人へテンジュは頭を下げていた。
大公の遺志に応えた剣士たちを代表し、ファンが一礼を以て答える。
「もったいないお言葉です」
無論、もらえるものは言葉だけではない。
顔を上げれば、教会の敷地には改装されたファンの馬車がある。外装も調え、今までよりも旅芸人の馬車だとハッキリと分かる仕様になったものだ。
それも一輛だけでなく、人員の移動、道具の管理ができるように数も揃えられて。
「では――」
テンジュが居住まいを正すのだから、馬車がここにある意味はファンに対する礼ではない。
「これからも、力を貸して下さい」
この一件だけではないのだ。
この馬車は、特別な剣士のもの。
その特別な剣士とは、テンジュとは逆方向にいる男が告げる。
「領民を無視し、未だに精剣だなんだとやかましい地方へ特使を送り、遺跡の封印や救民を行う」
声がした方向へ皆が顔を向けると、そこに立っている長身の男はニッと白い歯を見せた。
「精剣を悪用し、世の安寧を乱す者があるならば、大帝家、皇帝家であろうとも斬り捨てる――」
些か危険な事を平気で口にする男は、本来、この世にはもういないはずの男。
「殿下」
エルが眉間に皺を寄せて苦笑いする相手――大公だ。
自刃したと偽って生き延びた大公がテンジュと共にいる理由は一つ。
――極秘の特使を作り、その元締めでもやりたいものです。
以前、テンジュに語った組織を造り上げたからだ。
「冗談だ、冗談だ」
大公も出来が悪すぎたと苦笑いするのだが、その態度にザキが笑い出す。その組織は、大帝家とも皇帝家とも繋がりを持ち、同時に繋がりを持たないともいえるテンジュを旗印に、この人員でスタートする。
「そんな顔してたら、旅芸人になれないですよー」
ザキの言葉が示す通り、特使とは副業だ。
「それは困る」
頬を叩いた表情を変える大公も、本業は……、
「ユウキ・カミーユ一座、今日よりこの国を回る」
名を変えた大公――ユウキはパンッと手を叩いた。
そして唱和するのは、
「赤茶けた土地を、街や畑に!」
ファンの口癖だ。
「煤けた顔を、笑顔に!」
特命を帯びた剣士とは、飽くまでも副業であり、本業は旅芸人一座。
そんな弟の姿に、テンジュは目を細める。
「努々、忘れないように」
死を偽って名を変えた弟は、実に晴れ晴れとしているではないか。
眩しいと目を細めるテンジュ。
「刃物を持った手では、人を幸せにする事はできません。人を笑顔にする芸を磨いて下さい。もたらすのは剣風ではなく、花吹雪を」
このテンジュの人柄こそ、皆を纏める。パトリシアやユージンが承諾したのも、テンジュの存在が大きい。
「人は容易く権利を義務に、手段を目的に変えてしまいます。遺跡を悪用しようとする者を斬る事を目的にしていては、その者に依存した想いなど永遠ならざるものなのに、永遠の想いと勘違いするでしょう」
テンジュが求めるものは、斬る事ではない。
「世を驚かせ、笑わせて下さいね」
平和に相応しい笑顔を浮かべるテンジュは、ファンが最も喜ぶ期待をかける。
「はい」
ファンも笑みを見せ、
「それは全力で」
他の団員へも顔を向けると、皆一様に頷いた。
頷くのだが、唯一、ザキだけは返事のあと、一つ、付け加える。
「でもね、テンジュ様」
ぴょんっと飛び跳ねるようにテンジュへ近づくザキは、笑顔のまま首を傾げて見せ……、
「刃物を持った手でも、人を幸せにできる人たちを、私たちは知ってますよ。誰でしょうか?」
「え?」
目を丸くするテンジュだったが、答えは出せる。
「料理人と、仕立屋さん」
ムゥチと、ルベンスホルンの店主と、様々な街に住む者の顔が思い浮かべられるのだ。
「当たりです」
ザキは笑顔を残し、団員たちと共に馬車に乗り込む。
「では、行こうか」
ユウキの号令の下、馬車が走り出す。ゆっくりと、馬の蹄をぽっくりぽっくり鳴らせて。
深々と頭を下げるテンジュと――、
教会の惣門を出るところで、手を振るヴィーの幻影を横目に。
――それが俺たちの目標を完遂する道程だ。
ヴィーがいったように思えた。ヴィーが道筋をつけてくれた、ファンの夢。それを御者席からファンがいう。
「戦乱を終わらせに行くんじゃない」
キャビンからも、エルが。
「戦乱が終わった事を知らせに――」
本業は旅芸人、剣士は不本意な副業――そんな一座が行く。
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