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第6章「讃洲旺院非時陰歌」
第96話「近くにネズミの匂いがする」
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どのような変化があっても、ここでキン・トゥとヴィーが奇襲を仕掛けるはずだった。一瞬ではあったかも知れないが、グリューは意識をエルへと向けたのだから、隙は確実に存在している。
だがキン・トゥは隙を突く事ができない。
「抜剣――」
ファンが非時を抜こうとしたのに、祭壇の前で立ち尽くすエルの姿に変化はなかったのだ。
ただ振り向いて首を横に振るエルに、ファンはギョッとする。
――精剣が抜けない!?
これが意味する事は、ひとつ。
二人の間にしっかりした信頼関係があるから抜ける精剣が抜けないとは、ファンとエルの信頼関係が損なわれた事を示している。
グリューの見せていた隙は、潰えた。
「チィーッ! 何か狙ってたのね!」
グリューが態とらしい程、大きく舌打ちし、切っ先の向きをエルへ変える。
「火の子よ踊れ、風の子よ舞え! 呼べ、光の神楽!」
ヴィーが精剣スキルで出現させた盾と鎧で防いでいた魔法であるから、何の防具も持っていないエルには必殺の一撃となってしまう。
「シャインアロー!」
棒立ちになっているエルは、自分に向かって攻撃魔法が放たれたなど思ってもいない。
「エル!」
手を伸ばすファンは、必死の思いで抱き寄せ、地を蹴る。
ただし軽業が得意なファンでも、自分以外のもう一人を抱えて宙返りなどはできず、胸中に祈るような絶叫を響かせるが。
――掃射しようとしてくれるなよ!
身体に走った痛みが、強かに身体を打ち付けたものだけであるから、届いたらしい。転げ落ちながらでも敵の間合いからは脱出できた、とファンは顰めっ面で痛みに耐えた。
「エル、無事ッスか?」
しかし、ファンから声をかけられたエルは、思わずファンを突き飛ばしてしまう。
「……寄らないで下さい」
エルの声は、絞り出したという表現そのまま。
身体を離すエルの相貌は、幼い頃から共にあり、ファンが生まれた夜、彗星へ向かって「一生懸命、お仕えします」と願った相手に対するものではない。
「アブノーマル化の効果なのか、とても……いえ、凄く、嫌な気分にさせられています」
声を震わせているエルは、それでも必死に押さえている。
メダルを祭壇に捧げた時から、エルは何者かに心中を掻き混ぜられたような違和感に襲われていた。
それはファンに対する不満。
――何故、騎士ではなく旅芸人を選んだのですか?
ファンは大帝にまで繋がる子爵の甥であるのだから、騎士に叙任される事も難しい話ではない。
だが現実にはファンは騎士ではなく、旅芸人として方々を回る道を選んでいる。
――煤けた顔を笑顔に、赤茶けた大地を街や畑に……本当に、それを望むなら、何故、騎士となり、役人として栄達しようとしなかったのですか?
遠回りというよりも、敵わない道を選びつつ、大言壮語を放っているだけと感じてしまう。
それら、何故とつく言葉が、いくらでもエルの中に生まれて始め、そして最終的には――、
「私に、非時しか宿らなかったからですか?」
もしエルに宿った精剣がノーマルではなく、レア以上だったならば、子爵位を持つ伯父がファンを騎士に推薦できていたはずではないか、と自分自身へと攻撃を加えてしてしまう。
こんな状態で信頼関係も何もない。
ムゥチのいっていた通りだ。
――相手の欠点を我慢できなくなるらしいんでやす。
今、押さえ込めていられるのは、エルだからこそ。だが自分を疑い、ファンを疑ってしまっているのだから、健全とはいい難い状態だ。
致命的な状況に陥ったと、グリューがファンとエルの頭上で精剣を振りかざす。
「土の子は地にお前の親を立ち上がらせろ! 風の子は天空より、お前の親をそこへ落とせ!」
青白い煌めき。
「サンダーボルト!」
しかしファンとエルへ向けられた落雷は、横から飛び出した人影が二人を突き飛ばして回避させた。
「しっかりせい!」
ファンを突き飛ばしたのは、遺跡から飛び降りてきたキン・トゥ。
「棒立ちになっていて、誰が笑ってくれるものか」
エルを突き飛ばしたのはレスリーだった。
「お師匠……」
驚くファンであったが、レスリーは「しっかりしてくれよ」とファンを向き直り、
「まぁ、時間を稼ぐ事になったのは、よかったかも知れんな」
レスリーは懐からスローナイフを取り出し、もう一度、今度は四人にサンダーボルトを放とうとしているグリューへ投げつけた。それはファンよりも研ぎ澄まされた一撃である。
しかも額や胸のような、一撃で致命傷を与える箇所はではなく、手元を狙う。
そのスローナイフに対するグリューの感想は一言であり、それ以上の言葉を吐く余裕もなかった。
「姑息な!」
ジリオンで弾き返しこそしたグリューは、次の行動が遅れる。
それで十分なのだ。
「!」
ファンは見た。
――お師匠は、このためッスか!
祭壇に座らされているネーへ、身体を引き摺るように近寄っていくムゥチの姿を。
だがキン・トゥは隙を突く事ができない。
「抜剣――」
ファンが非時を抜こうとしたのに、祭壇の前で立ち尽くすエルの姿に変化はなかったのだ。
ただ振り向いて首を横に振るエルに、ファンはギョッとする。
――精剣が抜けない!?
これが意味する事は、ひとつ。
二人の間にしっかりした信頼関係があるから抜ける精剣が抜けないとは、ファンとエルの信頼関係が損なわれた事を示している。
グリューの見せていた隙は、潰えた。
「チィーッ! 何か狙ってたのね!」
グリューが態とらしい程、大きく舌打ちし、切っ先の向きをエルへ変える。
「火の子よ踊れ、風の子よ舞え! 呼べ、光の神楽!」
ヴィーが精剣スキルで出現させた盾と鎧で防いでいた魔法であるから、何の防具も持っていないエルには必殺の一撃となってしまう。
「シャインアロー!」
棒立ちになっているエルは、自分に向かって攻撃魔法が放たれたなど思ってもいない。
「エル!」
手を伸ばすファンは、必死の思いで抱き寄せ、地を蹴る。
ただし軽業が得意なファンでも、自分以外のもう一人を抱えて宙返りなどはできず、胸中に祈るような絶叫を響かせるが。
――掃射しようとしてくれるなよ!
身体に走った痛みが、強かに身体を打ち付けたものだけであるから、届いたらしい。転げ落ちながらでも敵の間合いからは脱出できた、とファンは顰めっ面で痛みに耐えた。
「エル、無事ッスか?」
しかし、ファンから声をかけられたエルは、思わずファンを突き飛ばしてしまう。
「……寄らないで下さい」
エルの声は、絞り出したという表現そのまま。
身体を離すエルの相貌は、幼い頃から共にあり、ファンが生まれた夜、彗星へ向かって「一生懸命、お仕えします」と願った相手に対するものではない。
「アブノーマル化の効果なのか、とても……いえ、凄く、嫌な気分にさせられています」
声を震わせているエルは、それでも必死に押さえている。
メダルを祭壇に捧げた時から、エルは何者かに心中を掻き混ぜられたような違和感に襲われていた。
それはファンに対する不満。
――何故、騎士ではなく旅芸人を選んだのですか?
ファンは大帝にまで繋がる子爵の甥であるのだから、騎士に叙任される事も難しい話ではない。
だが現実にはファンは騎士ではなく、旅芸人として方々を回る道を選んでいる。
――煤けた顔を笑顔に、赤茶けた大地を街や畑に……本当に、それを望むなら、何故、騎士となり、役人として栄達しようとしなかったのですか?
遠回りというよりも、敵わない道を選びつつ、大言壮語を放っているだけと感じてしまう。
それら、何故とつく言葉が、いくらでもエルの中に生まれて始め、そして最終的には――、
「私に、非時しか宿らなかったからですか?」
もしエルに宿った精剣がノーマルではなく、レア以上だったならば、子爵位を持つ伯父がファンを騎士に推薦できていたはずではないか、と自分自身へと攻撃を加えてしてしまう。
こんな状態で信頼関係も何もない。
ムゥチのいっていた通りだ。
――相手の欠点を我慢できなくなるらしいんでやす。
今、押さえ込めていられるのは、エルだからこそ。だが自分を疑い、ファンを疑ってしまっているのだから、健全とはいい難い状態だ。
致命的な状況に陥ったと、グリューがファンとエルの頭上で精剣を振りかざす。
「土の子は地にお前の親を立ち上がらせろ! 風の子は天空より、お前の親をそこへ落とせ!」
青白い煌めき。
「サンダーボルト!」
しかしファンとエルへ向けられた落雷は、横から飛び出した人影が二人を突き飛ばして回避させた。
「しっかりせい!」
ファンを突き飛ばしたのは、遺跡から飛び降りてきたキン・トゥ。
「棒立ちになっていて、誰が笑ってくれるものか」
エルを突き飛ばしたのはレスリーだった。
「お師匠……」
驚くファンであったが、レスリーは「しっかりしてくれよ」とファンを向き直り、
「まぁ、時間を稼ぐ事になったのは、よかったかも知れんな」
レスリーは懐からスローナイフを取り出し、もう一度、今度は四人にサンダーボルトを放とうとしているグリューへ投げつけた。それはファンよりも研ぎ澄まされた一撃である。
しかも額や胸のような、一撃で致命傷を与える箇所はではなく、手元を狙う。
そのスローナイフに対するグリューの感想は一言であり、それ以上の言葉を吐く余裕もなかった。
「姑息な!」
ジリオンで弾き返しこそしたグリューは、次の行動が遅れる。
それで十分なのだ。
「!」
ファンは見た。
――お師匠は、このためッスか!
祭壇に座らされているネーへ、身体を引き摺るように近寄っていくムゥチの姿を。
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