女神の白刃

玉椿 沢

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第5章「大公家秘記」

第66話「ボウルがもっと丈夫だったら、もっと長い歌ができたでしょう」

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 10年前であれば、大上段に剣を構える意味が分かる者が幾人も大公のかたわらに侍っていたが、今、大公の問いに対し、正確に答えられる者はいない。

「あれは、何をしている?」

 残念ながら、今はその・・10年後である。剣技、剣術が廃れてしまった現在だ。

 通常ならば、大上段は相手の攻撃を誘い、膂力りょりょくと剣の重量にモノをいわせて相手を上回る斬撃を繰り出す構えであるが、ユージンも剣技を修めている訳ではないから、大上段から何を繰り出すという訳ではない。

 ――バカか。

 対峙しているムンは心中で言葉を吐き捨てた。

 ――剣術なんてものは、使い古された過去の遺物!

 構えなど意味はなく、自分の間合いに呼び込む事などできないのだ。

 ――精剣せいけんが現れ始めた頃ならばいざ知らず、剣術とスキルの連携こそが正しい!

 精剣を持つ手をだらりと脇に垂れさせているムンは、剣技など修めていない。剣とスキルの連携というが、それは不可能だ。

 精剣が現れ始めた頃は、スキルを補助に斬り込むという戦い方が主だった。ノーマルに宿っている攻撃スキルでは必殺は望めず、また強化とて超人的な肉体を与えてくれる訳ではなく、弱体も動きを完全に封じてしまう程ではなかった。

 だがレア、Hレアと稀少な精剣が現れるごとに、剣技は忘れられていった。


 10年超の修練で手に入る剣技を、格の高い精剣のスキルは一瞬で上回ったからだ。


 Sレアともなれば、発振される魔力は戦場を蹂躙じゅうりんする兵器・・となる。

 兵器を操る者にとって、剣技など何の意味も、価値も持たなかった。

「いいや、どれだけ強力なスキルを発動させられるか、それが勝負を分けるのだ!」

 故にムンの言葉は正しい。

 どんなスキルに対しても接近戦を挑むファンが異常なのであり、その点だけを見ればムンのいう通り狂人の類いといっていい。

 ムンが垂らしている切っ先が動く。上下か左右か、それも判断つかないくらいの僅かな動きだったが、ユージンには見えた。呼吸さえも読め、その時、確かにムンは息を吸い込んだ。

 しかしユージンは……、

 ――逃した。

 動けなかった事に、ユージンは口の中だけで舌打ち。

 ――ファンなら突っ込んでいったぞ。

 ファンの動きがユージンの脳裏に浮かぶ。相手がどんなスキルを持っているのかも分からないのだから、無謀とも思える動きになるが、ファンは驚異的に踏み込みを備えている。スキルの発動前に切っ先を届かせる術があるのだから、無謀ではあっても不可能とは断じられない。

 ムンには、ユージンに呼吸や動きの起こりを読まれたという自覚はなかった。

 ――動けるものか。

 互いに相手のスキルを知らず、間合いも何もないのだから、というのがムンの理屈。

 そして、その理屈に従ってムンは行動している。

 ――Sレア。

 ユージンは動かない、とムンが確信している理由はそれだった。

 ――水平にスキルを放つ事などできん。

 Sレアに宿っているスキルは、敵陣すらも切り裂く大規模なものだ。実際、ユージンの帝凰剣ていおうけんに宿るオーラバードは、ただ一人でコボルトの集団と闘える程だったのだから。

 ――だが今、一対一の状態では、そのスキルの規模こそが足枷あしかせだ!

 水平方向へ放てば、ムンだけではなく広範囲に被害が広がる。決して大公と陪観ばいかんする貴族を傷つけてはならないのだから、自然と使えるスキルは限られてしまう。

 ――迷った……いや、日和ひよったな!

 ムンの出した結論は、それだ。


 覚悟が足りない――と。


 それも正解だ。ただし、ある意味に於いてだけだが。

 ムンは、剣技などというカビ臭いものに頼るユージンを断じる。

「単細胞が!」

 言葉を発したムンは、もう一度、起こりを見せたのであり、ユージンは歯を食いしばって飛び込む。

「ッッッ!」

 覚悟が足りないとは、正鵠を射ている。

 ――二度の迷いはない!

 確かにユージンはオーラバードを、この場で乱舞させる事はできなかった。前方を薙ぎ倒しながら飛翔させる、降下させる、旋回からの急襲させるなど、全て大公や貴族を巻き込む危険性があるため使えない。唯一、足下から垂直に飛び立つのはだけは使えるが、それとては自分の足下の一点からだけ。

 ユージンが今、ファンと同じく接近戦に挑んだ事こそが勝因だった。

「!」

 ムンが息を呑まされた。しかし呼吸を読まれ、吸い終える瞬間を狙われている。咄嗟とっさに動こうとするならば息を吸おうとしてしまうのが人間の反射であるから、吸えないタイミングで吸わされては隙となる。

 ただし隙は一瞬。

 ユージンよりも一瞬だけ遅れ、ムンのスキルは発動する。防御も回避も遅れるが、攻撃だけはスキルに頼
れた。

 ただしスキルの方も、ユージンと同じ。


 水平に放つ事のできないスキルは、足下から上空へと伸びるものでなければならなかった。


 足下――踏み込んでくるユージンは、その背に熱を感じた程度なのだから、防御のできないムンへと帝凰剣が振り下ろされる。

 その一閃でユージンの口元が、やっとゆるむ。

「そこそこ、ファンの境地だ」

 最初から最後までスキルを頼ったムンは、頭上から敗北が降ってきた事すらも認識できていなかった。ユージンがスキルを使わない事、精剣を刃物として扱う事……それらを想像できなかったムンの負けである。

「勝者、赤方! ユージン!」
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