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第4章「母であり、姉であり、相棒であり……」
第51話「コンコンピシャリ 犬に骨」
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本来、二刀流などというものは不条理だ。どれだけの怪力でも、片手で両手と同じ膂力を発揮するなど不可能である。
だがスキルを操るタクトと解釈すれば、複数の精剣を持つ事は決して無駄ではない。複数の属性を備え、それを連発できるとなれば、利は明白。
「――」
形容しがたい声がオークから漏れたが、笑った事は間違いない。
「炎、氷、刃……」
自身が操る三種の精剣を一瞥したオークは、その目をファンへと向けた。ここに雷が加われば代表的な属性が揃う。自分の有利は動かないといいたいのだろうが、それに加え、唯一の男オークであるという自負がオークの相貌に湛えられている。
「シューティングスター」
左手に持つ炎の精剣から火球を弾き出す。
「ボレアリス」
右手に持つ氷の精剣から吹雪をまき散らす。
「ライジングムーン」
そして宙を舞う精剣が襲いかかる。
――全く!
それら一つ一つが全て、命を散らすに十分な威力を秘めているが、ファンにとって回避は難しくない。炎だ氷だといっても、ファンの認識は攻撃だ。振り回しているだけでは、何千回、振るわれてもファンは避ける。
しかし避けていくが、避けて斬り込むというペースに持ち込めない。
火球を避けたところに吹雪が来る。
吹雪も躱したところへ刃が襲う。
――鬱陶しくて仕方ねェな!
オークの3倍近い速さがあるファンだが、この三つを攻め足を残して避け、飛び込む余裕はなかった。
いや、正確にいうならば、余裕を作ろうと思えば作れるが、それを選択できずにいる。
――ライジングムーンを叩き落とす訳にはいかないしな!
飛来してくるライジングムーンを叩き落とし、或いは弾くだけでもいいのだが、それができればオークの懐へ飛び込む余裕は生まれる。
――できないな!
インフゥが助け出そうとしたコバックの娘なのだ。
傷つける事に抵抗があった。
――せめてもう一人、味方がいれば……。
無い物ねだりかと歯噛みするファンだあるが、どうしても脳裏に今までの戦いが浮かんでしまう。ユージンの帝凰剣や、パトリシアのワールド・シェイカー、また精剣でなくともヴィーがいたならば、オークに致命的な一撃を叩き込む事もできる。
回避を続けながら周囲を探るが、オークの登場は双方に衝撃を与え、混乱をもたらしていた。そもそも孤立無援のファンであるから、この状況で加勢に回ってくれる者などいまい。
そこへ飛び込んでくる声もあるが……
「ファンさん!」
インフゥの御流儀では心許ない。
「来るな! 隠れていろ!」
ファンが怒鳴った。自分の心配だけで手一杯であるのに、インフゥまでも庇えない。
インフゥは足を止めたのだが、足を止めない者もいる。
ホッホだ。
ホッホは止まらず、ファンを追い抜いてオークへ向かっていった。
「――!」
息を呑むファンだったが、ファンが避けられるオークの攻撃を、ホッホが避けられないはずがない。
横っ飛び2回で火球と氷を躱し、前へ突進する事で刃を避けた。
ライジングムーンは弧を描いて戻ってくるが、背後から襲いかかってくるライジングムーンすらもホッホは躱した。
「――!」
ホッホの背が告げるのは、一言。
――来て!
だがファンへと投げかけられたのではない。
「行くよ!」
インフゥだ。
立ち止まったインフゥへ向かって告げたのだ。
「おい――」
行くなというファンだったが、ホッホが何も考えずに呼ぶはずもなかった。
インフゥがいう。
「抜剣!」
インフゥの手に握られる精剣は、ホッホから現れた。
「ギィ!」
オークが不快そうに唸った。確かに哺乳類であれば精剣を宿せるとはいうが、最低限度の意思疎通ができる相手でなければ、精剣を宿す意味がない。犬に宿すなど前代未聞だ。
ホッホの精剣が、然程、格の高い精剣ではないというのも不快感の原因だろう。ノーマルではないが、レア程度だ。7段階中の下から3つ目である。
「バウンティドッグ!」
そして走っているのだから、インフゥのバウンティドッグに遠隔攻撃のスキルはない。
ないが――、
「!?」
オークが我が目を疑う光景が飛び込んでくる。
精剣を持ったインフゥは、ファンが理想とする動きを見せたからだ。
――強化……? いや、違う!
ファンも目を見張るインフゥの動きは、強化されただけの動きではない。ただ強化されただけならば、ファンの目は捉える。そもそも究極的には野獣とどう戦うかを突き詰めたものが御流儀なのだから。
インフゥの動きが変わったのは感覚を鋭敏化だ。
バウンティドッグのスキルは、鞘となっているホッホの感覚を剣士に反映させる事。
犬の感覚を得たインフゥは、ファンが叩き込んだ動きを理想的な形で再現した。
だがスキルを操るタクトと解釈すれば、複数の精剣を持つ事は決して無駄ではない。複数の属性を備え、それを連発できるとなれば、利は明白。
「――」
形容しがたい声がオークから漏れたが、笑った事は間違いない。
「炎、氷、刃……」
自身が操る三種の精剣を一瞥したオークは、その目をファンへと向けた。ここに雷が加われば代表的な属性が揃う。自分の有利は動かないといいたいのだろうが、それに加え、唯一の男オークであるという自負がオークの相貌に湛えられている。
「シューティングスター」
左手に持つ炎の精剣から火球を弾き出す。
「ボレアリス」
右手に持つ氷の精剣から吹雪をまき散らす。
「ライジングムーン」
そして宙を舞う精剣が襲いかかる。
――全く!
それら一つ一つが全て、命を散らすに十分な威力を秘めているが、ファンにとって回避は難しくない。炎だ氷だといっても、ファンの認識は攻撃だ。振り回しているだけでは、何千回、振るわれてもファンは避ける。
しかし避けていくが、避けて斬り込むというペースに持ち込めない。
火球を避けたところに吹雪が来る。
吹雪も躱したところへ刃が襲う。
――鬱陶しくて仕方ねェな!
オークの3倍近い速さがあるファンだが、この三つを攻め足を残して避け、飛び込む余裕はなかった。
いや、正確にいうならば、余裕を作ろうと思えば作れるが、それを選択できずにいる。
――ライジングムーンを叩き落とす訳にはいかないしな!
飛来してくるライジングムーンを叩き落とし、或いは弾くだけでもいいのだが、それができればオークの懐へ飛び込む余裕は生まれる。
――できないな!
インフゥが助け出そうとしたコバックの娘なのだ。
傷つける事に抵抗があった。
――せめてもう一人、味方がいれば……。
無い物ねだりかと歯噛みするファンだあるが、どうしても脳裏に今までの戦いが浮かんでしまう。ユージンの帝凰剣や、パトリシアのワールド・シェイカー、また精剣でなくともヴィーがいたならば、オークに致命的な一撃を叩き込む事もできる。
回避を続けながら周囲を探るが、オークの登場は双方に衝撃を与え、混乱をもたらしていた。そもそも孤立無援のファンであるから、この状況で加勢に回ってくれる者などいまい。
そこへ飛び込んでくる声もあるが……
「ファンさん!」
インフゥの御流儀では心許ない。
「来るな! 隠れていろ!」
ファンが怒鳴った。自分の心配だけで手一杯であるのに、インフゥまでも庇えない。
インフゥは足を止めたのだが、足を止めない者もいる。
ホッホだ。
ホッホは止まらず、ファンを追い抜いてオークへ向かっていった。
「――!」
息を呑むファンだったが、ファンが避けられるオークの攻撃を、ホッホが避けられないはずがない。
横っ飛び2回で火球と氷を躱し、前へ突進する事で刃を避けた。
ライジングムーンは弧を描いて戻ってくるが、背後から襲いかかってくるライジングムーンすらもホッホは躱した。
「――!」
ホッホの背が告げるのは、一言。
――来て!
だがファンへと投げかけられたのではない。
「行くよ!」
インフゥだ。
立ち止まったインフゥへ向かって告げたのだ。
「おい――」
行くなというファンだったが、ホッホが何も考えずに呼ぶはずもなかった。
インフゥがいう。
「抜剣!」
インフゥの手に握られる精剣は、ホッホから現れた。
「ギィ!」
オークが不快そうに唸った。確かに哺乳類であれば精剣を宿せるとはいうが、最低限度の意思疎通ができる相手でなければ、精剣を宿す意味がない。犬に宿すなど前代未聞だ。
ホッホの精剣が、然程、格の高い精剣ではないというのも不快感の原因だろう。ノーマルではないが、レア程度だ。7段階中の下から3つ目である。
「バウンティドッグ!」
そして走っているのだから、インフゥのバウンティドッグに遠隔攻撃のスキルはない。
ないが――、
「!?」
オークが我が目を疑う光景が飛び込んでくる。
精剣を持ったインフゥは、ファンが理想とする動きを見せたからだ。
――強化……? いや、違う!
ファンも目を見張るインフゥの動きは、強化されただけの動きではない。ただ強化されただけならば、ファンの目は捉える。そもそも究極的には野獣とどう戦うかを突き詰めたものが御流儀なのだから。
インフゥの動きが変わったのは感覚を鋭敏化だ。
バウンティドッグのスキルは、鞘となっているホッホの感覚を剣士に反映させる事。
犬の感覚を得たインフゥは、ファンが叩き込んだ動きを理想的な形で再現した。
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