女神の白刃

玉椿 沢

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第3章「星を追った。ツキはなかった。花は咲いた」

第28話「水に浮かぶ影、それはピエロのおどり。風にさそわれて、ホラ、きらめきながら」

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 翌日、ヴィーがファンとエルを誘ったのは、同じ領内とは思えない寂れ方をした町だった。

人狩り・・・だよ」

 こんな状況になった原因を、ヴィーはそう告げた。

「領主は自分を守れる最強の戦士を探しててね。それを証明するために、領地の方々から人を浚っていくんだそう」

 エルは怪訝そうな目を周囲へ向けるしかない。

「剣士の見込みがあるんですか?」

 精剣せいけんを振るうのに必要な教育というものは存在していないが、最低限、これだけ・・・・という要素はある。

 相対した相手が降伏するまで、攻撃の手を緩めない事。

 これはファンやヴィーも、相当、苦労させられた。ファンやヴィーが習ったのは、剣を操る――武器を操る術であるが、精剣は武器ではなく兵器であり、容易く人の命を奪う。

 何の修練、訓練もなしに振るえるのは、何千人に一人の適性である。

 だがファンは溜息が混じる。

「……案外、不健康な方へは、早いんスよ……」

 ファンは顎をしゃくり、自分たちが出て来た街の方を指した。そこにいた衛兵がそうであるように、身の丈に合わなさすぎる力は、案外、簡単に人を変えてしまう。

「参ったというまで全力を出して、参ったといわれたら止めて、握手で去れるのは難しいッス。でも、参ったといわれても無視してなぶるのは、なりやすいッス」

 精剣は大規模なスキルを連発するだけである程度の効果が見込められ、しかも個人の尊厳や矜恃を粉砕しやすく、人を傷つける事が賞賛されるとなれば、人格が歪んでしまう人間は珍しくない。

「まぁ、そんな街だ」

 自分の気持ちをわかってくれるかと訊ねるヴィーは、ファンに断られる事など想像していない。

 事実ファンも首を振るなら縦だ。

「せめて笑わせたいと、思うッスね」

***

 人狩り――つまり何人もの隣人を連れて行かれた挙げ句、一人も帰っていないという状況なのだから、大道芸人がただ芸を見せるというだけでは笑わせる事できなかっただろう。

 そこはエルがいる。

 音楽と話術――とはいえ道化役に徹するファンがいてこそ、一時を忘れられる雰囲気を作る事ができる。

 ファンがラッパで奏でる軽快な音楽と共にヴィーが軽業を披露した所で、エルが二人へハンドサインを送った。

「では、私は次の衣装に着替えてきます」

 そのセリフはアドリブだった。

「は?」

 ヴィーは頓狂とんきょうな顔をしてしまうが、エルは三本指の敬礼をして、

「繋いでて下さい」

「いやいやいや、ちょっと無理がある、無理があるッス」

 などと、大仰な身振り手振りで断ろうとするファンだが、慣れたものだ。アドリブを入れるのも、エルの才能だ。いいタイミングで、ファンが困りそうな事をいう。それに対し、ファンが困った顔をするから受ける。

「では、ナイフ投げをするッス。ヴィー、的を――」

 ファンがヴィーの方へ顔を向けるのだが、ヴィーはフッと笑い、

「よろしければ、お客様に手を貸していただける方はいらっしゃいますか?」

 ヴィーが呼びかけたのは観客に対してだった。

「私のような醜男しこおが的になるよりも、美しい方の手に持っていただいた方が、こいつもやる気が出るというものです」

「ああ、ああ。そりゃ、うん、そりゃそうッスね」

 これもアドリブだが、ファンが乗った。

「そこの、最後尾にいるお美しい女性、お二方、いかがですか?」

 ヴィーが観客の隅にいた女二人を指定したのは、偶然である。

***

 この領地は、そんな歪な構造を持っているのだが、確固たる防衛力を持っている事は大きなメリットをもたらしてくれる。

 街道沿いに、見せかけだけでも治安の良い街があるのならば、安全補償費のためにも隊商が通る場所に選べる。

 人狩りによって疲弊していく村々もあるのだが、領主の街は朝食すらも豪勢だった。

 だが――、

「うーん……」

 豪勢な食事を前にしても、手にしたナイフとフォークを使えずにいた。


 心配事があまりにも強い。


 ――心配……。不安……。

 口には出さない。周囲のメイドたちとて、万全の信頼を置けるものではないと思っているくらいだ。

 元々、猜疑心の強い性格であり、今も自分を守るために力を求めている。Lレアを宿し、領主の妻となり、今は領主となって自らに宿ったLレアの精剣を振るうに相応しい相手を探す理由は――、

「剣士……」

 これは呟いた。

 ――辺境の領主を、ただ一人の剣士がやって来て討ったというじゃないの……。

 その噂は、フミを討ったファンである。フミが近衛兵長に持たせていた精剣はHレア、その他にもレアの精剣を持った近衛兵が山といたはずだが、その全てを蹴散らし、領主のフミは屍を晒す事となったという。

 ――最近、ぐっすり眠れてない。誰かの視線を感じる。

 不安症を患っていた。

 誰かが見ているのは当然といえば当然。領主とは、そんな存在である。メイド、衛兵、事務官――数えればキリがない程の人間が、領主の傍に控え、注意を払っている。

 しかし、それを「見張っている」と感じ始めていた。

 ――誰かが見張っている……。領主を殺した剣士も、一人で真っ向から乗り込んだ訳ではないでしょ。手の者を忍ばせているかも知れない……。

 そう思いつつ、白身魚のムニエルへナイフを入れ、フォークを刺す。

 口元へ持っていくが――、

「!?」

 些か大仰に領主を驚かせたのは、茶を持ってこようとしたメイドがトレイごとカップとポットを落とした音だ。こんな朝の爽やかさとは無縁の場所になってしまっているのだから、不必要な緊張から来る凡ミスだが、領主は歯が鳴ってしまう程、怯え、その怯えと入れ替わりに怒りが沸く。

「馬鹿者が!」

 右手に握っているナイフをメイドに投げつける。スローイングナイフの心得はなかったのだが、ナイフは空中で半回転してメイドの額に突き刺さった。

「!?」

 広間にいた誰もが息を呑まされたのだが、領主は気にしない。そう深く突き刺さった訳ではないのだから。

 メイドの事など知った事かと声を張り上げる。

「補佐官! 補佐官!」

 傍に控えていた男がひざまずくのも待たず、領主は怒鳴り散らす。

「まだ、私を守る戦士は見つからないの!? この世には、そんなにも強い者がいないのか!?」

 昨日、村人に刺し殺された大男を思い出し、忌々しいとばかりに眼前の皿へ跳ね飛ばすように手を振う領主へ、よい知らせはない。

「探しております。……しかし……」

 補佐官も苦い顔をするしかないではないか。


 領主はフミを討ったファンを怖れているのだから、剣士は除外している。


 今の世の中、精剣を使わずとも戦える存在は希だ。戦士、騎士を名乗る者はこぞって精剣を求め、より強い、格の高い精剣のために殺し合い、奪い合っているような状態なのだから。

「しかし!?」

 どう口答えする気だと領主が睨むと、補佐官は二歩、三歩と後退りさせられる。

「……目下、捜索中です。募集も、同じく」

 防壁での審査が甘いのも、募集や捜索をかけているからでもある。

「早くしろ!」

 怒鳴った領主は、息切れを起こしていた。
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