女神の白刃

玉椿 沢

文字の大きさ
上 下
17 / 114
第2章「夢を見る処」

第17話「男の子は何でできている?」

しおりを挟む
 10日という時間が、どれだけ正確であるかが分かるのは、次に襲撃時である。

「10日、ね」

 だからユージンは、慌てて工事を始めた村人を一瞥いちべつしながら、ファンに笑いかけた。

「それで、どれだけの事ができるってんだ? しかも命じた本人は、石積んで遊んでるのか?」

 ユージンが見下ろしているのは、ファンが小石を積み上げて作っている小塚こづか

「モデルッスよ、モデル。完成形を想像するために必要な」

 ファンは簡単に返しつつ、ぐらぐらと揺れている小塚に爪の先ほどの小石を詰めていく。

「ここ、ここ……ここ?」

 そして手を止め、ユージンに向かって軽く手を広げて「はい」と、したり顔を見せた。

「何だよ、これ」

 さっきまでグラグラしてただろうがと、小塚に蹴りを入れるユージンだったが――、

「何?」

 思わぬ衝撃に目を剥かされた。

 確かに強く蹴った訳ではない。

 思い切り蹴飛ばし、その粒をファンに浴びせかけてやろうと思った訳ではなく、蹴散らせばいいくらい軽さではあったのだが、爪先から返ってきた衝撃は、小塚がユージンの蹴りを跳ね返したものだった。

 ファンはパンパンと手を払いながら、「割とよくできたッスわ」とひとつ。

精剣せいけんが、ここまで戦場の主役になる前の技術なんスけどね」

 これも御流儀ごりゅうぎの中にある知識である。

「大きいものと小さいものが衝突したら、小さい方に強い衝撃が行くんスよ。で、重いものと軽いものとが衝突したら、軽い方に強い衝撃が行く。つまり、大きくて軽い石、小さくて重い石、小さくて軽い石、大きくて重い石、それぞれをちゃんと組み合わせると、その程度でも崩れないんスよ」

 その工事を今からやるのだ、とファンは拳を鳴らした。

「10日……3交代で進めるんスよ」

 家と家の間に、木材や石、岩で壁を築く。

 その壁は、城壁ともいうべきものになるのだ。

「壁か……。こんなボロ屋で、防壁か?」

「防壁ッス。別に完全に防げなくても、乗り越えてくる一手間があればいいスから。バラバラに入ってきたら、村の人に捕まえてもらうッスよ」

「防御魔法の代わりになるかよ」

 ユージンの声は、吐き捨てるという表現そのままだった。

「ならないッスねェ」

 ファンからも反論はない。防壁といっても、大部分は平屋の住宅だ。一点突破を図られれば危うい。

「みんなで、ちょっとずつ頑張るしかないッスよ」

 ミマの守りがなくなったのだから、皆で少しずつやるしかないだろうといいながら、ファンがユージンを振り返る。

 しかしユージンは既にいなかった。

 手伝いに行っては、くれないらしい。

***

 家と家の間を壁で繋ぐ――城壁には程遠い急造の壁であるが、10日もの間、村人が総出で工事を行えば、村の外苑がいえんに位置していた民家を全て繋いでしまえた。

 警戒すべきは火を掛けられる事だが、村の中へ入り、油でも撒いたならば兎も角、村の外からではそう簡単に火は点かない。藁や枯れ葉が集まっている所に火矢を放てば可能かも知れないが、それはファンの指示の元、村人が全て撤去している。

「ま~、畑に影響があるから、火はないッスよ」

 タバードの上から革のベルトを斜めに掛けたファンは、そこに一本ずつナイフを差しながら、おっかなびっくり武器を取っている村人を見遣みやった。防壁を乗り越えてきたコボルトがいたら、捕らえて隔離する役目を任せられたが、天下分け目の大戦から今まで、武器などろくに触っていなかった村人である。武器を手にしている事、そのものが大きな恐怖となっている。

 エルも村人へは、難しい顔を向けてしまう。

 ――好んで武器を振るえる人は、希ですから……。

 そもそもファンとて、御流儀の剣技で最初に徹底された事は「相手が参ったというまで、攻撃し続けられる事」だった。ファンでも、その癖が抜けるまで年単位の時間が必要だったのだから、村人が他者を傷つける道具を振るう事に対する抵抗は強い。

 本来ならば殺せという所を、捕らえろといっているのが、ファンの最大限の譲歩だ。

 ならばとファンは、いつもの顔・・・・・を見せる。

「うん、いいッスね、やっぱり」

 ベルトに差したナイフは、笑顔を作るまでもなく、ファンの口元を綻ばせるものだ。村人が持っていたペティナイフを削って改造したスローイングナイフに改の刃は、陽の光を受けて輝いている。寒気がする程の銀色だ。


 流白銀りゅうはくぎん製である。


 急いで加工したためバランスはすこぶる悪いのだが、ファンにとっては至高だ。

「これ、もらってもいいッスかね……?」

 スローイングナイフは武器としても使用できるが、曲芸にも定番のナイフ投げかある。

「これで腕を磨いて、ジャグリングからのナイフ投げをできるようになりたいッスわ。エルは的ッスよ」

「上手くなってくれれば、いくらでも。玉乗りもして下さい」

 エルもバカな事を、とはいわなかった。


 理由もなくおどけるファンではないからだ。


 窓から見える陽が陰る。

 夕暮れは襲撃に向く時間だ。そして鉱山に住む魔物であるコボルトにとって闇は強い味方となり、人間は夜目が利くといっても限度がある。特に精剣のスキルではなく剣技で戦うファンには、視覚・・こそが技の始点と終点だ。

「来ました!」

「!」

 村人の叫び声が聞こえるや否や、ファンの顔から笑みが消え、エルを伴って飛び出す。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

青空ベンチ ~万年ベンチのサッカー少年が本気で努力した結果こうなりました~

aozora
青春
少年サッカーでいつも試合に出れずずっとベンチからみんなを応援している小学6年生の青井空。 仲間と一緒にフィールドに立つ事を夢見て努力を続けるがなかなか上手くいかずバカにされる日々。 それでも努力は必ず報われると信じ全力で夢を追い続けた結果…。 ベンチで輝く君に

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

無限初回ログインボーナスを貰い続けて三年 ~辺境伯となり辺境領地生活~

桜井正宗
ファンタジー
 元恋人に騙され、捨てられたケイオス帝国出身の少年・アビスは絶望していた。資産を奪われ、何もかも失ったからだ。  仕方なく、冒険者を志すが道半ばで死にかける。そこで大聖女のローザと出会う。幼少の頃、彼女から『無限初回ログインボーナス』を授かっていた事実が発覚。アビスは、三年間もの間に多くのログインボーナスを受け取っていた。今まで気づかず生活を送っていたのだ。  気づけばSSS級の武具アイテムであふれかえっていた。最強となったアビスは、アイテムの受け取りを拒絶――!?

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...