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第2章「夢を見る処」
第17話「男の子は何でできている?」
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10日という時間が、どれだけ正確であるかが分かるのは、次に襲撃時である。
「10日、ね」
だからユージンは、慌てて工事を始めた村人を一瞥しながら、ファンに笑いかけた。
「それで、どれだけの事ができるってんだ? しかも命じた本人は、石積んで遊んでるのか?」
ユージンが見下ろしているのは、ファンが小石を積み上げて作っている小塚。
「モデルッスよ、モデル。完成形を想像するために必要な」
ファンは簡単に返しつつ、ぐらぐらと揺れている小塚に爪の先ほどの小石を詰めていく。
「ここ、ここ……ここ?」
そして手を止め、ユージンに向かって軽く手を広げて「はい」と、したり顔を見せた。
「何だよ、これ」
さっきまでグラグラしてただろうがと、小塚に蹴りを入れるユージンだったが――、
「何?」
思わぬ衝撃に目を剥かされた。
確かに強く蹴った訳ではない。
思い切り蹴飛ばし、その粒をファンに浴びせかけてやろうと思った訳ではなく、蹴散らせばいいくらい軽さではあったのだが、爪先から返ってきた衝撃は、小塚がユージンの蹴りを跳ね返したものだった。
ファンはパンパンと手を払いながら、「割とよくできたッスわ」と独り言つ。
「精剣が、ここまで戦場の主役になる前の技術なんスけどね」
これも御流儀の中にある知識である。
「大きいものと小さいものが衝突したら、小さい方に強い衝撃が行くんスよ。で、重いものと軽いものとが衝突したら、軽い方に強い衝撃が行く。つまり、大きくて軽い石、小さくて重い石、小さくて軽い石、大きくて重い石、それぞれをちゃんと組み合わせると、その程度でも崩れないんスよ」
その工事を今からやるのだ、とファンは拳を鳴らした。
「10日……3交代で進めるんスよ」
家と家の間に、木材や石、岩で壁を築く。
その壁は、城壁ともいうべきものになるのだ。
「壁か……。こんなボロ屋で、防壁か?」
「防壁ッス。別に完全に防げなくても、乗り越えてくる一手間があればいいスから。バラバラに入ってきたら、村の人に捕まえてもらうッスよ」
「防御魔法の代わりになるかよ」
ユージンの声は、吐き捨てるという表現そのままだった。
「ならないッスねェ」
ファンからも反論はない。防壁といっても、大部分は平屋の住宅だ。一点突破を図られれば危うい。
「みんなで、ちょっとずつ頑張るしかないッスよ」
ミマの守りがなくなったのだから、皆で少しずつやるしかないだろうといいながら、ファンがユージンを振り返る。
しかしユージンは既にいなかった。
手伝いに行っては、くれないらしい。
***
家と家の間を壁で繋ぐ――城壁には程遠い急造の壁であるが、10日もの間、村人が総出で工事を行えば、村の外苑に位置していた民家を全て繋いでしまえた。
警戒すべきは火を掛けられる事だが、村の中へ入り、油でも撒いたならば兎も角、村の外からではそう簡単に火は点かない。藁や枯れ葉が集まっている所に火矢を放てば可能かも知れないが、それはファンの指示の元、村人が全て撤去している。
「ま~、畑に影響があるから、火はないッスよ」
タバードの上から革のベルトを斜めに掛けたファンは、そこに一本ずつナイフを差しながら、おっかなびっくり武器を取っている村人を見遣った。防壁を乗り越えてきたコボルトがいたら、捕らえて隔離する役目を任せられたが、天下分け目の大戦から今まで、武器などろくに触っていなかった村人である。武器を手にしている事、そのものが大きな恐怖となっている。
エルも村人へは、難しい顔を向けてしまう。
――好んで武器を振るえる人は、希ですから……。
そもそもファンとて、御流儀の剣技で最初に徹底された事は「相手が参ったというまで、攻撃し続けられる事」だった。ファンでも、その癖が抜けるまで年単位の時間が必要だったのだから、村人が他者を傷つける道具を振るう事に対する抵抗は強い。
本来ならば殺せという所を、捕らえろといっているのが、ファンの最大限の譲歩だ。
ならばとファンは、いつもの顔を見せる。
「うん、いいッスね、やっぱり」
ベルトに差したナイフは、笑顔を作るまでもなく、ファンの口元を綻ばせるものだ。村人が持っていたペティナイフを削って改造したスローイングナイフに改の刃は、陽の光を受けて輝いている。寒気がする程の銀色だ。
流白銀製である。
急いで加工したためバランスはすこぶる悪いのだが、ファンにとっては至高だ。
「これ、もらってもいいッスかね……?」
スローイングナイフは武器としても使用できるが、曲芸にも定番のナイフ投げかある。
「これで腕を磨いて、ジャグリングからのナイフ投げをできるようになりたいッスわ。エルは的ッスよ」
「上手くなってくれれば、いくらでも。玉乗りもして下さい」
エルもバカな事を、とはいわなかった。
理由もなく戯けるファンではないからだ。
窓から見える陽が陰る。
夕暮れは襲撃に向く時間だ。そして鉱山に住む魔物であるコボルトにとって闇は強い味方となり、人間は夜目が利くといっても限度がある。特に精剣のスキルではなく剣技で戦うファンには、視覚こそが技の始点と終点だ。
「来ました!」
「!」
村人の叫び声が聞こえるや否や、ファンの顔から笑みが消え、エルを伴って飛び出す。
「10日、ね」
だからユージンは、慌てて工事を始めた村人を一瞥しながら、ファンに笑いかけた。
「それで、どれだけの事ができるってんだ? しかも命じた本人は、石積んで遊んでるのか?」
ユージンが見下ろしているのは、ファンが小石を積み上げて作っている小塚。
「モデルッスよ、モデル。完成形を想像するために必要な」
ファンは簡単に返しつつ、ぐらぐらと揺れている小塚に爪の先ほどの小石を詰めていく。
「ここ、ここ……ここ?」
そして手を止め、ユージンに向かって軽く手を広げて「はい」と、したり顔を見せた。
「何だよ、これ」
さっきまでグラグラしてただろうがと、小塚に蹴りを入れるユージンだったが――、
「何?」
思わぬ衝撃に目を剥かされた。
確かに強く蹴った訳ではない。
思い切り蹴飛ばし、その粒をファンに浴びせかけてやろうと思った訳ではなく、蹴散らせばいいくらい軽さではあったのだが、爪先から返ってきた衝撃は、小塚がユージンの蹴りを跳ね返したものだった。
ファンはパンパンと手を払いながら、「割とよくできたッスわ」と独り言つ。
「精剣が、ここまで戦場の主役になる前の技術なんスけどね」
これも御流儀の中にある知識である。
「大きいものと小さいものが衝突したら、小さい方に強い衝撃が行くんスよ。で、重いものと軽いものとが衝突したら、軽い方に強い衝撃が行く。つまり、大きくて軽い石、小さくて重い石、小さくて軽い石、大きくて重い石、それぞれをちゃんと組み合わせると、その程度でも崩れないんスよ」
その工事を今からやるのだ、とファンは拳を鳴らした。
「10日……3交代で進めるんスよ」
家と家の間に、木材や石、岩で壁を築く。
その壁は、城壁ともいうべきものになるのだ。
「壁か……。こんなボロ屋で、防壁か?」
「防壁ッス。別に完全に防げなくても、乗り越えてくる一手間があればいいスから。バラバラに入ってきたら、村の人に捕まえてもらうッスよ」
「防御魔法の代わりになるかよ」
ユージンの声は、吐き捨てるという表現そのままだった。
「ならないッスねェ」
ファンからも反論はない。防壁といっても、大部分は平屋の住宅だ。一点突破を図られれば危うい。
「みんなで、ちょっとずつ頑張るしかないッスよ」
ミマの守りがなくなったのだから、皆で少しずつやるしかないだろうといいながら、ファンがユージンを振り返る。
しかしユージンは既にいなかった。
手伝いに行っては、くれないらしい。
***
家と家の間を壁で繋ぐ――城壁には程遠い急造の壁であるが、10日もの間、村人が総出で工事を行えば、村の外苑に位置していた民家を全て繋いでしまえた。
警戒すべきは火を掛けられる事だが、村の中へ入り、油でも撒いたならば兎も角、村の外からではそう簡単に火は点かない。藁や枯れ葉が集まっている所に火矢を放てば可能かも知れないが、それはファンの指示の元、村人が全て撤去している。
「ま~、畑に影響があるから、火はないッスよ」
タバードの上から革のベルトを斜めに掛けたファンは、そこに一本ずつナイフを差しながら、おっかなびっくり武器を取っている村人を見遣った。防壁を乗り越えてきたコボルトがいたら、捕らえて隔離する役目を任せられたが、天下分け目の大戦から今まで、武器などろくに触っていなかった村人である。武器を手にしている事、そのものが大きな恐怖となっている。
エルも村人へは、難しい顔を向けてしまう。
――好んで武器を振るえる人は、希ですから……。
そもそもファンとて、御流儀の剣技で最初に徹底された事は「相手が参ったというまで、攻撃し続けられる事」だった。ファンでも、その癖が抜けるまで年単位の時間が必要だったのだから、村人が他者を傷つける道具を振るう事に対する抵抗は強い。
本来ならば殺せという所を、捕らえろといっているのが、ファンの最大限の譲歩だ。
ならばとファンは、いつもの顔を見せる。
「うん、いいッスね、やっぱり」
ベルトに差したナイフは、笑顔を作るまでもなく、ファンの口元を綻ばせるものだ。村人が持っていたペティナイフを削って改造したスローイングナイフに改の刃は、陽の光を受けて輝いている。寒気がする程の銀色だ。
流白銀製である。
急いで加工したためバランスはすこぶる悪いのだが、ファンにとっては至高だ。
「これ、もらってもいいッスかね……?」
スローイングナイフは武器としても使用できるが、曲芸にも定番のナイフ投げかある。
「これで腕を磨いて、ジャグリングからのナイフ投げをできるようになりたいッスわ。エルは的ッスよ」
「上手くなってくれれば、いくらでも。玉乗りもして下さい」
エルもバカな事を、とはいわなかった。
理由もなく戯けるファンではないからだ。
窓から見える陽が陰る。
夕暮れは襲撃に向く時間だ。そして鉱山に住む魔物であるコボルトにとって闇は強い味方となり、人間は夜目が利くといっても限度がある。特に精剣のスキルではなく剣技で戦うファンには、視覚こそが技の始点と終点だ。
「来ました!」
「!」
村人の叫び声が聞こえるや否や、ファンの顔から笑みが消え、エルを伴って飛び出す。
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