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48 始祖による均衡の崩壊

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 段々と視界が良くなってくる中、リアは一人寂しそうに周囲へと声を上げていた教皇に堪えかねて、善意かどうかで問われたら全く違うわけだが、声をかけてあげた。

 だがそんなリアの応答に対して、教皇はその皺だらけの顔を強張らせると勢いよく振り返る。


「っ! ――貴様っ! きゅ……吸血鬼か!?」


 現在のリアはフードを被っておらず赤い瞳と白い髪を露わにしていることから、勢いよく振り返った教皇は瞬時にその種族を看破した。

 その目はまるでここに居るのが信じられないような反応であり、同時に思考を巡らせているのがその表情を見ればはっきりと見て取れる。


「ええ、そうよ。私は吸血鬼」


 リアは胸に手を当て、胸を張りながら愉快そうに微笑みを浮かべる。


「さっきまで剣聖と遊んでたのだけど、私の一番の目的はアレと遊ぶことではないから。……来ちゃった♪」

「っ!」


 明らかに警戒を露わにした教皇。
 支えとして杖替わりにしていた長杖を構え、その先端に嵌められた宝玉をリアへと向ける。

 せっかく声をかけてあげたのに、そのつれない態度にムッとした気持ちが湧き出た。

 まぁ、教皇を今の状況に陥れたのもリアであり、この状況で突然現れた吸血鬼リアに警戒しない方が可笑しい話ではあるのだが。
 それとこれとでは話が別なのである。

 レーテの復讐対象でもあり、彼女の憎悪と怒りの過去を知ってるからこそ、リアにとっても憎い相手。

 そんな相手の滑稽な姿を見れたことで胸がすくような気持ちになり、少し上機嫌に揶揄ってしまったというのはある。


「それで? 抵抗するなら手足くらい――いや、無理やり連れていくわ」


 リアは向けられた杖に冷めた視線を送り、頭を軽く振るってすぐに行動に移ることにした。

 上機嫌に加えて相手は一人、変な邪魔も入らない状況のこの機会。

 自然と、ゆっくり甚振ってから連れて行こうと思ってしまったが、仮にこの状況で邪魔が入りリアの慢心で逃すことになっては目も当てられない。


「例え真祖の吸血鬼だろうとッ、ここは聖王国、儂は現教皇ルクセンス・ヴィルヘルム! 貴様などアウロディーネ様に選ばれなかった劣等種に過ぎんのだぁ!!」


 意気揚々と吠える教皇に、呼応するかのように手に嵌めた銀の指輪と金の指輪が同時に煌めきだす。

 すると時間差もなく発動されたそれは教皇の前方へと黄緑色の障壁を展開し、同時にリアを閉じ込めるような障壁が張り巡らされていく。

 出来上がったのは水晶のような材質の、強固さを感じさせる堅牢なドームだった。


 リアは張られた透明のドームに思わず足を止め、目の前のドームをノックしながら教皇へと目を向ける。

(あれは……装飾装備アーティファクト? 瞬時に上級魔法と天上魔法並みの魔法を展開できるということは、この世界で考えたらかなり良い物の筈よね。  ――でも詠唱が終わる前に、障壁2枚すら私が破れないと思ってるのかな)


「なめられたものね」


 教皇は血走った目でドームに閉じ込めたリアを睨み続け、絶え間なく動かす口元は音の聴こえない状況ではまるで呪詛のように感じられる。

 リアは手元に持つ黒獅ノ血剣を握り直し、教皇アレが絶対の信頼を置いているであろう、この水晶のようなドームを壊す姿勢へと入った。


 目を向けた先には長杖の宝玉にそれなりに魔力が溜まっており、その輝きは落ち着いてきた砂煙を突き破り、外までその眩い煌めきを放っていることだろう。


(いい加減、光ばかりで目が痛くなってきた……。どいつもこいつも光系統魔法ばっかり使って、吸血鬼の身にもなってみなさいよ!)


 完全な夜目である吸血鬼に対し、最近になって漸く太陽へも慣れてきたというのに、今日一日で一体何回光を直視させられたことか。

 怒気を含ませた目を細めながら、目の前の教皇アレを無力化させようと脚に力を入れた瞬間――



 突如として現れた黒い落雷が空を斬り、呪詛を呟く教皇へと真っ直ぐに落ちていくと夥しいほどの鮮血が宙へと撒き散らされた。


 黒い落雷レーテは長杖を持った腕を一刀両断し、空中で体を捻りもう一方の手に持っていた短剣で残った腕を斬り跳ね、更に下半身をぐるんっと回転させ遠心力にて抉るように鋭利な斬撃を両膝へと放った。


 ローブをはためかせメイド服の裾が宙に舞い、一瞬にして対象の四肢を使い物にならなくさせたレーテを見てリアは感嘆の吐息を洩らす。

 そして、その奇襲を受けた教皇はというと唖然とした表情を浮かべながら、自分の身に起きたことを黙って見詰め、押しのけられたように地面に尻もちを付くと漸く理解したようだ。


「は? ……ぁっ? ぁっ、ぁぁっ、ぁぁぁぁああああ!!!  腕がっ、儂の腕がぁぁぁぁ!!」


 せき止められていたものが噴出したように、けたたましい断末魔の叫びを上げだした教皇。

 絶叫にも思えたそれをリアは不思議と煩いとは感じず、その視線は未だ宙に降り注ぐ血によって、全身を赤く染め上げた美しいレーテへと向けられていた。


(えぇぇぇ! レーテかっこよすぎない!? えっ、えぇぇ?? あんな子を私好きにしていいんでしょう? あっ、ダメ、惚れちゃう。ていうか惚れてるけど惚れ直したわ! あぁ、唯一残念なのはその血があのゴミのものっていうのが、私の血とかなら……ううん。速く洗い流してあげないと)


 《血鬼ノ斬撃》《エクスキューション》


 リアは全身を血に染めた切れ長の目を教皇へと向けるレーテに見惚れ、半分無自覚に邪魔な障壁を叩き壊しながら気分上々で歩み寄っていく。


 無くなった腕から止めどなく溢れる血に、ただもがくことしかできず口をパクパクと動かしながら涙を垂らす醜い爺。

 そんな爺の傍でただ冷たい目で見下ろすレーテに、漸く復讐がその彼女の手によって叶ったのだと思うとリアは自分のことのように嬉しい気持ちが湧き上がってくる。


「思わず見惚れてしまったわ。教皇コレがもう二度と、何かを持つことをさせなくした気分はどう? レーテ」

「……リア様」


 歩みよりながら微笑みを浮かべるリアに、レーテは血にまみれた顔で無表情に振り返る。

 その顔はどこか放心しているような、夢見心地の様な感じになっているのだろうか。


 すぐにその視線は啜り泣き口から泡を吹きながら涙する教皇へと向けられる。

 そんなレーテにリアは困ったように眉を潜め、「それじゃあ」と口にした瞬間。


「っ!」


 リアは刹那の間に手に持った血剣をレーテの首元付近へと差し込んだ。

 すると一瞬の後に甲高い音が鳴り響き、聖光な斬撃を受け止めた血剣から感じられるは微弱な振動と怒りの感情。


「貴様っ! ヴィルヘルム様をっ……!」


 纏う神々しいオーラと光の鎧、そして白金の髪に黄金の瞳。
 誰が見ても聖なる存在だと分かる筈なのに、その黄金の瞳は曇り、正反対の属性に類する憎悪と憤怒を含ませていた。


「怒りたいのはこっちよ。貴方、誰のモノを殺そうしたの?」


 黄金の瞳と深紅の瞳が交える剣ごしに交差し、刀身からは絶え間ない火花を散らし続けている。
 リアは目の前の剣聖から感じられる存在感プレッシャーが更に増したのを感じ、【血脈眼】によってその状態を盗み見ることにした。


 『【聖なる煌光】【剣聖の威光】【獅子奮迅】【信仰ノ剣】《筋力強化》《筋力真強化》《瞬発力強化》《瞬発力真強化》《体力強化》《体力真強化》《自然治癒力上昇》《破邪の光》《聖母の祈り》《聖神のご加護》《心眼》《エンチャント・聖》《光身憑依》』


(かけすぎじゃない? 前世ゲームでもトーナメントかクラン対抗戦でしかやらないレベルのバフ盛りだよこれ。 なるほどねぇ、通りで剣が先程の数倍重いわけだ。 でもレーテに1回剣を向けたこと忘れないわよ?)

「レーテ、私から離れないで欲しいわ。安心して、傷一つ付けさせないから」

「っ、……はい、畏まりました」


 ここまで過剰なバフが盛られれば今の剣聖は間違いなく、この世界に存在したと言われる魔王ともサシでやれてしまうか、もしくは勝ててしまうのではないだろうかと、アイリスの話しを思い出し想像するリア。

 離れられては守るのが大変だと感じ、こればかしは信用の問題だろうと少しだけ不安を覚えるが、どうやら杞憂だったようで直ぐに返された返事とその声音に思わず口元を歪め笑みを浮かべてしまう。


 鉄の剣レベルだった斬撃が今では紛うことなき剣聖の剣となり、打ち合う剣からは確実に私とレーテどちらも滅するという想いが煩いほどに伝わってくる。

 打ち合う度に発生する衝撃波は鋭利な斬撃となり、周囲へと撒き散らされたそれは互いの背景を破壊し尽くすともはや聖都市であった筈の大地は見る影もなくなっていた。


「その女が大事だというのならッ! 貴様の前にッ!この世から滅してやろう!」

「ええ、とっても大事なの♪ でも、貴方如きがアプローチしていい女性じゃないわ、出直しなさい雑種」


 既に数え切れない程の剣戟に余裕の笑みを浮かべながら全ての斬撃を打ち落とし、発生してしまった衝撃波はどうでもいい方向へと逸らす。

 白と黒の軌跡が数千数万と重なりあい混ざりあう光景に、レーテは黒髪を靡かせ瞬きはすれど逸らす事なく真っすぐにその視線を向けている。

 打ち合いながらも【戦域の掌握】にてレーテの行動を把握し、微動だにせず自身を信じて動かないでいてくれることにリアは堪らなく暖かいものが胸に広がるのを感じていた。

 そんなリアの態度が気に入らないのか、それとも一向に攻撃を当てられないことによって焦燥感に苛まれたのか。

 剣聖は憤怒に顔を歪め、剣戟の最中でありながら光剣に魔力を溜め始める剣聖。


「この世に淘汰された劣等種族よ、この聖なる一撃にて滅されよ!!」


 勢いよく振り下ろされた光剣は後ろのレーテ諸ともリアを滅そうと、目を向けるのすら億劫になるほどの眩い光を放ち続けその光を強め膨張させていく。

(それずるい! 目潰し剣、ほんとずるい! 前世ゲームの時はまだ鮮明じゃなかったし、今の目ほど光に敏感じゃなかったのに、もう目が痛い気がしてきたよ。 後で絶対、叩き折ってから殺す)


 《漆喰ノ剣》に注ぐ魔力を高め、光剣の放つ斬撃と一寸も違わず同じ角度同じ向きにて、ほぼ0距離で無効化させるリア。

 だが攻撃はそのままでは終わらず、すぐさま返しの剣にてこちらへ放たれた2本の聖なる十字架を見据え、切り上げるモーションに入るが。


(これ間に合わないわね。 ――《過剰な血気》)


 身の丈以上の十字架は、リアのスキルによって"完全に同時"に放たれた斬撃に衝突すると、その禍々しい闇によってその存在はあたかも最初からなかったかのように宙で消失した。

 剣聖の後方、遠目に見えるのはこちらに両手を翳して肩で息をする赤毛の聖母。


(そういえばまだアレに清算してもらってないわ。 っ、おっと)


 いつの間に詰め寄ってきていたのか。
 胸元にⅢの数字を付けた聖騎士の金髪の女性が、手に持つ剣に蒼雷を纏わせリアの首元へと斬撃を差し込んだ。

 リアは首を傾げ頬の皮膚擦れ擦れで躱すと、すれ違いざまにその腹部へと蹴りを叩き込み、銀鎧を凹ませると聖母の方へと送り返す。


(もう来ないで欲しいわ、美人を殺すのはちょっと……というか、大部憚れる! 吸血鬼に勧誘したらなってくれないかな? いや、無理やりするのもいいかも?)


 目を離した隙は僅か1秒にも満たない時間でありながら、剣聖とは名ばかりの小賢しい男はレーテへと標準を定め疾走しており、リアは《瞬間加速》《縮地》を行使して瞬きの間に割り込む。

 そんなリアに憎々し気な表情を浮かべた剣聖。
 いやこの時より屑男と任命するが、ソレは歪めた表情で歯軋りし、まるで毒を吐くように怒涛の声音をあげた。


「化け物め! なぜ、今更になって世に現れた!? 既に貴様らは敗北し、この世は人類種が束ねる世界であるというのに! なぜっ!!?」


 躍り出てきたリアに対して瞬時に光剣を振り下ろし、重ねられた剣越しに顔を近づけ喚き叫ぶ屑男。


「種族なんてどうでもいいわ、というか2度も私の愛する人に剣を向けたわね。……電球の分際で」


 腸が煮えくり返る思いが沸々と湧きおこり、リアの中で目の前の電球を殺すことが決まった。

(そうよ、もう教皇はレーテの手に居るのだから逃げられる心配もない。 ならこの電球は用済みってことで、殺してもいいってことじゃない! ここまで強化されると良い戦闘ができるから遂、楽しんじゃってたけど。 もう飽きてきたし、正直不快でしかないわ)


 今の現状を思い返したリア、心の中で電球に対して課せられた錠がジャラジャラと音を鳴らし外れていく。

 煩いだけのソレに対し、剣戟の最中に光剣の微かな煌めきを見たリアは厭らしい笑みを浮かべ、手に持った血剣に加える力を少しばかり高める。


「貴様らが愛を語るかっ! 無暗に死をまき散らし、世界の害となる貴様らが!! ここは人類繁栄の地にして、断じて穢れた魔族が居ていい場所ではな――」


 渾身の一撃と言わんばかりに光剣を振り下ろしながら、高らかに言い放つ電球。

 後方でレーテが息を呑む音が聴こえ、今すぐにでも抱きしめて安心させてあげたい気持ちをグッと堪える。

 愛おしい彼女に対して溢れ出す微笑みと、愚かで無様な電球に対して浮かぶ厭らしい笑みがごちゃ混ぜになり、もはや狂気の微笑みを浮かべてしまうリア。

 振り出された光剣の側面に加減なしの力を加え、更に強化効果バフのあるスキルを幾つか使用しながら遠慮なしに、渾身の斬撃でその自慢の剣を叩き折ってやった。


 パキンッという音をが鳴り響き、宙へと弾き飛ぶ光剣の根本から砕けた煌びやかな刀身。

 それは地面に落ちると同時にまるで力を消失させたかのように、元の白銀の刀身へと姿を変える。


「っ……は? え……あっ」


 電球はその光景を信じられないものを見たように唖然とした表情を浮かべ、光剣を失ったことで主力スキルの効果が切れる。
 髪や瞳、鎧から聖属性が消失していき、同時に酷くやつれた顔はまるで全ての覇気を失ったように見えた。

 そんな剣聖に対し、始祖は道端のゴミを見るような冷酷な瞳で、既に興味のなくなった対象へ無慈悲に血剣を振り下ろした。


「私の愛しい人に、貴方如きが触れられるわけないでしょう?」


 その存在は聖王国の護りの要であり、人類種の英雄の中でも一線を画す程の実力者として名を馳せていた男。

 そんな紛れもない英雄だった存在は今この瞬間、魔族に属する吸血鬼の始祖によって、その首を跳ね飛ばされたのだった。
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