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16 理想の朝、美食を追求する

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 ピチャピチャと少量の水が弾けるような音を耳が拾う。
 真っ暗な視界の中、重い瞼を開ていくと徐々に無感覚だった体は、覚醒をはじめるのを感じた。

 右肩をベッドに埋め、横向きな視界に映り込んだのは乱れたシーツと誰もいない空間。

 寝ぼけた頭でぼーっと見つめる今も、ピチャピチャとした弾ける音と何かを我慢するような、微かに漏れ出てしまっている誰かの息遣い音が聞こえてくる。


 鼻腔をくすぐる甘い香りは、爽やかでいて甘く上品な香り。


 「んっ、……ふぅ」

 「貴方、前と反応変わってるわよ?」


 抑えた声量で知ってる声音の会話。
 一人は黙り込んでしまったが、もう一人は追求をやめるつもりはないようだった。


 「あら、無視するなんて良い度胸。 眷族の癖に生意気だわ」


 追求する声の正体、上位吸血鬼であるアイリスは見下すような言葉を口にするものの、その声音はタダいじけて拗ねてるだけの少女そのものに聞こえる。

 追求される者、彼女の眷族であるレーテも、主のそんな態度に何を思ったのか少しの間口を閉じてはいたが、一度微かに聞こえる声量でため息を吐くと。


 「わからないのです。 ……私も初めてのこと故。 ただ、今日のは何処かが違う。 その……もしかしたら、少し敏感になってるようなのです」


 最初は淡々と、やがて徐々に消え入るようにか細い声で話すレーテ。


 どうやら二人は私より早く起きて朝食にしていたみたいだ。
 起こさない様に配慮してくれるのはこの上なく嬉しいけど、どうせなら混ぜて欲しいというのが本音のところ。


 この体になって最初の起床だけど、どうやら生まれながらの体質は変わらないみたい。

 ものすっごく……眠い。 ――でも


 「貴方がそんなんだと私まで恥かしくなるんですの! 全く……それじゃあ、もう少しだけいただく――」

 「はやいわね、二人とも。 おはよう」


 説教?になってるのかは疑問だけど、アイリスが問い詰めながらも再度吸血しようとしてるのを見て我慢ができなかった。

 未だ僅かに眠気と気だるさを感じなくはないけど、そんなことよりも優先すべきことが私にはある!
 加わりたい一心で朝――夜だけど吸血鬼的には朝――の挨拶を口にすると、朝食の手を止め、衰えることのない瑞々しさを備えた可愛いと綺麗が振り返る。


 「おはようございます、リア様」

 「まぁ! おはようございますですわ、お姉さま!」


 眠気を払う意味でも、気だるげな体を引きずるように二人の元へ這いずらせる。
 私だって欲しいのだ。 それに二人の温もりが全然足りない!


 「二人だけずるいわ。 私にも頂戴」


 そうして1日の最初の夕食を済ませ、眠気も気だるさも微塵も感じなくなった状態で改めて、今後のことで重要なことなので急遽話の時間を設けることにするリア。

 ある意味、私やレーテにとっての死活問題でもある為、無意識に顔が強張っていたのかもしれない。
 アイリスとレーテの表情には僅かに緊張が走り、躊躇いがちにまずはアイリスが口を開いた。


 「お姉様、お話とはなんでしょう?」


 ベッドの上でお互いの顔が見えるよう必然的にトライアングル状で座ることになり、吸血後というのもあって二人ともそれなりに乱れた格好をしていた為、リアの視線が自然と向かいそうになる。

 リアは少しの間だけ我慢しようと心を叱咤し、無理やりに頭を左右に振るうと本題に入ることにする。


 本題というのは今後の二人の、いや主にレーテに対する吸血量に関しての心配のようなものだった。

 今まではアイリスだけのものだったが、今後は私もいただくことになる。
 もちろん、レーテだけじゃなくアイリスのもいただくが、やはり二人から頻繁に吸血をされると顔所の体が心配なってくる。

 それなら吸血をやめればいいんじゃないか?と誰かに言われた気がするが、それはありえない。

 私だって彼女を味わいたい。
 吸血をやめることはできない、でもレーテの体が心配、頻度を減らす事も難しい……。


 「私とアイリス、どちらからも、となると貴方が持たない可能性もあるんじゃない?」

 「ご心配していただき感謝いたします。ですが、私に支障はありません。 お二人の血肉になれるのであれば幾らでもこの身を捧げます」


 心配だということを伝えると、レーテはさも当然といった顔で表情を変えずに淡々と返してくる。
 アイリスは特に気にした様子もなく黙って話を聞いていた。

 以前の私であればもう少し別の想いが浮かんできたのかもしれない、しかし彼女が差し出すというのであれば喜んでいただく事にしよう。

 何かが変わってしまったような、もしくは杞憂でなにも変わってないのかもしれない。
 これは、吸血鬼間、主従間では当たり前のこと。

 上位の者が下位の者をどうしようとそれは上のものの自由。

 そして下の者はそれを当たり前に受け入れるものであり、何か違和感を感じるのは、もしかしたら前世(ゲーム)だった時の名残なのかもしれない。

 それに彼女も吸血鬼だ。
 
 「そう、貴方がそういうなら」

 血を満たす為人間を食する、いくらでもあるのだから大丈夫――


 「あっ」


 ――じゃない!!!


 「お姉さま? どうされましたか?」


 不自然な言葉の切り方に加え突然固まってしまった私に、アイリスが心配した様子で覗き込んでくる。

 レーテが人間を食すということは、どこのだれかもわからない馬の骨、ましてや男の血がレーテに入るということ。
 つまり! レーテの豊潤でさっぱりとした舌辺の甘い血に下賤なものが入ってしまい、折角の味が損なわれてしまうということに他ならないのではないだろうか?

 どうすれば……、と思い悩んでいると咄嗟の閃きが脳裏に過ぎった。


 リアはインベントリを開いて、これまで得てきた数々の膨大な素材を漁り始める。
 膨大といっても大半が倉庫に預けてしまっているが、ある種のアイテムだけはかなりの数を持っているのだ。


 「レーテ、これらから好きなものを選びなさい」


 取り出したものは3つの試験管のような容器、その全てに赤い液体が入っている。
 レーテはリアの手元に視線を向け、「これは・・・・」と呟いた。

 「お姉さま、それは?」

 「これは『ロイヤルフェアリーの血漿』、それでこっちは『光翼竜の血』、最後に『吸血皇女の血液』よ。 レーテ、今後貴方は私から貰った血だけを飲みなさい」

 「「…………は?」」


 理解ができないといった様子で固まるアイリスとレーテ。

 思わずといった様子で無意識に漏れ出た言葉は、今にも空気に溶けてなくなってしまう程の気の抜けたもの。
 それは今の彼女達の心情をこれ以上にない程に物語っていた。

 唖然としていた二人、しかし当事者ということもありレーテは咄嗟に意義を申し立てはじめる。


 「いえ! そうではなくっ、何故私のようなものにこれ程のものを? そ、それに……吸血皇女の血液とは、つまり……リア様の――」

 「ああ、それ私のじゃないわ。 なんだったかしら……上位だったか真祖だったかの文字通り皇女から取った血よ」


 リアとしても詳しい相手の詳細までは覚えていない。
 というのもIDダンジョンの周回をクラメンとしてたら勝手に溜まっていたものだからだ。

 吸血鬼のパッシブとして素材に『血』という文字が書かれたものは例外なく使用することが可能であり、使用物によって特定のバフが得られるというがあった。

 その為、血という素材はなるべくインベントリに蓄えるようにしていたのだが、恐らくバフ効果がリアにとって無価値だった為忘れていたのだろう。


 しかし、リアの回答はレーテの、いや彼女たちのお気に召すものではどうやらなかったみたいだ。


 「だ、だとしてもです。 私のようなものが上位、あるいは真祖の方々の血を飲むなど……」

 「そうですわお姉様。 そんな貴重なものをこの子に与えるなど、考え直してくださいまし!」


 吸血に関する話にあまり関心のなさそうだったアイリスが慌てた様子で止めに入り、行為中以外では冷静なレーテがここまで動揺を表にだすとは。

 素材に関してはなんの血が好みなのかわからなかった為、全く違う種族のものでピックアップしてみたが、どうやら吸血鬼の階級社会は私が思ってる以上のものなのかもしれない。


 「わ、わかったわ。 じゃあコレ皇女の血以外として、妖精とドラゴンどっちの血にする? 試飲してみてもいいわよ」

 「いっいえ、ですから私などがそのような希少な物をいただくわけには――」

 「大丈夫よ。 これらなら4桁はいかないくらいの個数持ってるから」


 個数の心配をしてるなら無用な心配だ。
 彼女からすれば『希少な物』4桁にならないくらい持っているというのだから、レーテが絶句するのも無理はないのかもしれない。

 「そ・れ・にっ」と強調して、レーテの瞳をまっすぐに見つめながら言葉を続ける。

 「貴方の美味しい血が損なわれない為にも必要なことなのよ。 貴方は上質な血を飲み、貴方の中で生まれた最上な血を私達が飲む。 貴方のためでもなくはないけど全部私のため、だから気にしないで。 ね?」


 貴方の為じゃなくて私の為。
 こういえばこれ以上反対されることもないと思い話したが、事実として全部私のためなのだから気にしないで欲しい、というか私のためにもお願いだから飲んで欲しい。

 レーテは納得してないというより、遠慮が勝っている困惑したものが表情に滲みでていたが、必死の説得のおかげかこれ以上反対の言葉はでてこなかった。


 結局、レーテは『ロイヤルフェアリーの血漿』を恐る恐るといった感じで受け取り、しばらく試験管を見つめていたレーテに早速飲んでみるように勧めてみた。


 躊躇いがちではありながら試験管の栓を抜くとたちまち周囲に血の匂いが漂い、香りを嗅いだレーテの動きに躊躇いが消えた。

 最初に一口、続いて二口、三口と止まらなくなりあっという間に試験管の中身が空になる。


 「な、なんですか、これ……。 あぁ……口にした途端、解けてなくなってしまうほどまろやかな舌触り。 臭みが全くなく、一飲みするごとに強い甘みと刺激が同時に駆け巡る。 病みつきになりそうな……それに、気のせいでなければ魔力もどこか調子が良いような」

 「ふふ、気に入ったみたいね。 魔力に関しては血の効果よ。 数時間、貴方の魔力に強化効果バフが付与されるの」


 頬を染め恍惚とした表情で目を見開くと、レーテは己の両手を見つめだし、思い出したように頭を深く下げ始めた。

 「感謝いたします、始祖様。 これ程のもの……私には勿体ない限りではありますが、私の血肉、心はアイリス様のものですので、それ以外の全てを貴方様に」

 (いやいや、こちらこそありがとう。 私の平穏はいま、守られたわ)

 「これぐらいお安い御用よ。 そう思うなら最上の血を創りなさい。 いい? 常にケアは怠らないで」


 顔を上げたレーテは心得た様子で何度も頷いてくれたので気を付けてくれるだろう。
 今後が楽しみだ。

 そういって吸血問題も解決したように思えたが、隣に座るアイリスが不満全開といった様子で睨むようにレーテを見ていた為、試飲として同じものを与えることにした。

 その後の反応はレーテと同じようなもので、主従似たもの同士でちょっと笑えてしまったのは秘密だ。




 そうして0時を過ぎた辺りで宿をでた私達は、いま闇ギルドへと足を運んでいた。

 入口の酒場のようなスペースでは前日より人数が増えているようにも思えたが、絡んでくることはなく、皆視線や気配を殺し窺ってくるのみにとどまっていた。

 恐らくグレイと名乗ったあの眼鏡の男が注意喚起でもしてくれたのだろう。


 私達が酒場に着いたと同時に一人の男が退出していったのが見えた。
 眼鏡の男を呼びにいってくれたのだろう。

 そうして数分、視線が鬱陶しくはあるが酒場の空いたスペースで待っていると、扉が開きグレイが微かに息を荒げて姿を見せる。

 隣のアイリスから「人間如きが……始祖であられるリア様を待たせるなんて」と小さな声で不満をぶちまけるのが聞こえてくるが、私を想っての言葉だったので遂ニマニマしてしまう口が止めれなかった。


 グレイは乱れた身だしなみを整えてから声を掛けてくると、私達はすぐに先日の部屋へと案内されることになる。

 部屋へ入り、グレイが奥のソファへと腰をかけ私も手前のに座るとアイリスとレーテは先日と同様に私の後ろへと立ち並んでいた。

 (おかしい、昨日と今日で距離が縮まったと思ったんだけど……)

 寧ろ扱われ方が先日より僅かに……いや、ないない。 ――ないよね?
 通路で必要以上に周囲に殺気を撒き散らしたり、酒場では男共から私の姿が目に入らないよう立ち位置を調整、通路での移動では距離が近かったのに部屋に入ると途端に距離が開け一緒に座ってくれない。

 (敬意というか敬いレベルが数段上昇してるのは気のせいかしら。 もっとイチャイチャしたいのに)


 そんなことを考えていると話の準備は整ったと捉えたのか、グレイが仰々しい態度で両手を広げ口を開く。


 「アルカード、わざわざ足を運んでくださりありがとうございます。 そしてようこそ、闇ギルドアビスゲートへ。 お三方のお力、これから頼りにさせていただきます。 まずはこれを」


 そう言い放つとテーブルの上にいくつもの物を置きだす。
 黒いオカリナのような物と、灰色の正方形に折りたたまれ重ねられた少し汚い布のようなもの。

 それらに目を向けていると、グレイが取り出した物の説明を始めだしたのだった。

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