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第3話 影を喰らう妖怪

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俺は龍馬さんと菜々芽と三人で依頼してきた妖怪の元へと向かう。
 愛娘の影が盗まれたという依頼妖怪の雪女の氷駄菓子屋に足を運ぶと、さっそく俺たちは雪女の女将から話を聞いた。
 泣きっぱなしの雪女の女将は両目からとめどなく氷の粒をぽろぽろとこぼす。
 娘は友達と遊びに出掛けてから影が無くなってしまったという。
 相手は鬼だと娘が言ったがショックからか記憶は朧《おぼろ》げで正体の姿ははっきりとはしていないそうだ。
 それじゃあ犯人はさ、鬼かもしれないし鬼じゃないかもしれないのか。

 そういやこの店、令和かくりよにもあるんだよな。変な感じだ。
 店の外観も俺の知ってる駄菓子店そのまんま。
 唯一違う点は看板に『氷菓あり〼』の筆文字と渋い雪女の浮世絵が描かれている点かな。
 令和かくりよでは看板はもっとポップな字体で『アイスあります』と書かれ、キョートなアイドルのコスチュームを着た雪女のデザイン画があった。

「龍馬さん、菜々芽。俺達、直接は被害者の雪女の子供には会わせてもらえなかったな」
「ああ、熱を出しゆうき、仕方ないがやろ」
「雪女が熱を出すなんて、……大ごとだわ。悪くすれば死んでしまうかも」
「マジでっ? それって早く犯人を見つけないとヤバいじゃねえか」
「だから焦ってんのよ! 流樹はさあ、仮にも自分の中に流れてる血の半分は妖怪のくせに妖怪の知識が無さすぎ。自分の生きる世界に関心が足らないわ」
「あーもう、うっせえなあ。菜々芽はぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ、小言ばっかし。黙ってりゃあ可愛いのに」
「ばっ、馬鹿っ。……わたしが可愛いって。余計なのよ、動揺するじゃない」
「可愛いもんを可愛いってただ言っただけだ」
「あのね、一言褒めるのに余計なのが多いわよ。褒めるんなら褒めるで流樹は素直に可愛いってわたしを褒めなさいよ」
「……可愛い」
「はっ?」
「菜々芽が可愛いって言ってんだよ! これで良いのかよ?」
「ふっふっふ~。照れちゃって」
「悪いかっ! ……もぉ、知らねえ。からかっただけだってことで良い」
「からかったあ? このわたしをからかったですって?」
「ふんふん。青春じゃのう。まっこと菜々芽は照れてる姿も怒った顔も可愛いき。流樹もちょっかいかけたくなるがよ」
「龍馬まで……。あーもぉ、二人してわたしをからかわないでよね。兎に角聞き込みしましょう」
「はははっ。……まずは情報屋と、雪女の娘が遊んだ友達を訪ねてみるのが良《え》いと儂は思うがどうぞね?」
「そうしよう」

 俺が見ると、まだ菜々芽は猫耳をピクピク動かし顔を朱くして照れながらプンプン怒ってた。
 俺は猫好きなのでその仕草に萌える。だって猫だ。可愛いな。唐突にたまらず頭を撫でてしまったら、菜々芽から頬を平手打ちされた!
 俺のほっぺたから軽快な音が鳴った。

「何すんだよ、いってえなあ」
「気安く触らないでっ!」
「ふはははっ」

 俺はじんじん痛む頬を抑える。龍馬さんは大声で笑ってる。


 まずは確かな情報が欲しくて、街の通りから外れた暗がりの辻裏にひっそりと建つ怪しげな幕末かくりよの裏情報屋で聞き込みをした。
 ここは龍馬さんの顔見知りらしい。
 一寸先も見えないぐらいの不気味に暗い店内。
 店の主人《あるじ》の顔すら見えない。主人の手だけが仄暗く光って見える。青白い手が代金と紙の端切れを交換する。

「はあ、薄気味悪い手だったな~」
「あの店主『小袖の手』って妖怪だよ。手しかない妖怪なの」
「手だけ……」
「だけんど機嫌が良い日和《ひより》にはお喋りになるき。面白い妖怪じゃ思うぞね」
「手だけなのに話すんだ」
「そうよ。……恋の話とか噂話が大好きなのよね、あの『小袖の手』は」
「だったら納得。噂や世間の出来事を集める『情報屋』にぴったりだな」

 でも手だけなのにどっから話すんだろ。
 口はどこだったんだ?
 妖怪って不思議で面白いな~。俺も半分妖怪だけども。
 
 情報屋からかくりよの町の大通りに出た。時はかなり奪われていた。
 情報屋の店はかくりよの町とも時の流れを画するようだ。

 暮れ六つの刻限(現代でいうとこの午後六時ぐらいだってさ)を報せる寺の鐘が鳴っている。

 龍馬さんは顎をさすり考え事をしながら通りを歩く。俺は龍馬さんがずっと刀の柄を握っているのが気になる。

「あのお、龍馬さん。何で柄を握ったままなわけ?」
「ああ、これか? 癖やき、気にせんでええき。……儂は渡された紙に書かれた妖怪ん中でも影鰐《かげわに》と牛鬼《ぎゅうき》いう輩が気になっちゅうがよ」

 夕方、陽が落ち始めかくりよに夜の帳が支配する刻限を迎える。
 茜色の空に一番星が光り、黒く暗い闇が広がり覆うように濃くなっていく。蠢く陰気な部類の妖怪連中が目を覚ます時間が近い。

 大通りに掛かる橋や主要な道には勝手に灯籠が灯り始め、足元をぽつぽつと照らしていく。

 龍馬さんの手には情報屋から買った『纏め上げ伝票 かくりよ不審妖怪一覧』と書かれた紙。
 牛鬼って鬼妖怪なのか?
 不意に悪寒が走りゾクッとした。

「今日は遅いから事務所に戻ろう思いよったけんど……、事務所のあるそっちには行かれん。これから流樹はピストルばあ打たんね」
「えっ? どういう事……」
「流樹、鬼が来るわっ!」

 俺達を囲うように鬼が現れる。
 いち、にい、さん……全部で九頭か。
 こいつら、鬼の頭に牛の体をしていて笑っていやがる。鋭い爪を生やし悪意に染まる妖気を纏って、立ち上る煙は禍々しい蒸気を上げている。
 奴らはどろどろとした妖気を固め握りしめた。
 投げんのか! 投げてきやがれ、上等だ。

『うめえ影を、寄越せぇぇ』
『影を喰わせろぉぉっ』

 龍馬さんは刀を鞘から抜いた。菜々芽がどこかの名刀匠に作らせた特殊な刀だ。名を『砕骨鬼斬刀《さいこつきざんとう》』という鬼に特に強い妖刀だ。
 因みに俺のは龍馬さんから貰った天誅牙《てんちゅうが》という妖刀だ。だが、あえてのピストル撃ちに徹する。構えて、牛鬼に狙いを定める。
 俺はまだ剣撃が得意じゃない。
 ピストルは相性がよく筋が良いと龍馬さんも褒めてくれた。

「向こうから現れたき、捜しに行く手間が省けよった」
「お前ら影を食べてえのか。ぜってえやらねえよ」
「変化っ!」

 猫又女子の菜々芽は白い忍者服のくノ一に化ける。流石に町娘姿じゃあ戦いづらいよなあ。
 手には鎖鎌を持つ。
 龍馬さんは人間だが遠い遠い先祖に妖怪がいたみたいなんだって菜々芽がこっそり教えてくれた。かくりよの妖刀も拒否反応なしで扱う。ただの人間なら扱えない代物だ。

 牛鬼が一斉に俺たちめがけて飛び上がってきた!
 龍馬さんは八艘飛《はっそうと》びで橋の欄干《らんかん》を蹴り、次々に牛鬼を斬っていく。
 それに同時で牛鬼の投げる妖気の玉は柄でことごとく弾いてしまった。すげえや。
 俺と菜々芽も負けてはいない。
 龍馬さんに反撃しようとしてる牛鬼の額を俺はピストルに込めた天狗の妖気で何体か撃ち抜いていく。
 菜々芽は鎖鎌を牛鬼の胴体に絡めて地面に倒し懐から出した札を牛鬼に貼るとみるみる石に変わっていった。そして菜々芽は足でキックをくらわし石の牛鬼を砕く。
 ひゃあっ、容赦ねえや。

「あっ、今。流樹はわたしのことおっかないとか思ったでしょ?」
「い、いや……」
「なんちゃあ手応えがない。あっけない……、図体ばかりの妖怪じゃったのぉ」

 龍馬さんがそう言った瞬間、橋の下から巨大な魚が跳んできた。不気味な目をし開けた口から鋭い歯をひん剥いた顔が俺達を見て、橋に着地した。
 影鰐は橋と空中とを跳びはねていつ襲おうかとでも言うように舌なめずりをした。

「さ、鮫?」
「ふははっ。目当ての妖怪が立て続けに出よったき、これは好都合じゃの」
「流樹、あいつが影鰐だよっ! 影鰐も影を喰らう。気をつけて!」

 影を噛まれ喰われると寿命がどんどん減るという。
 倒せば、雪女の子に影が戻るのか?

「儂はヤツの身体を縦に斬るが。お前《まん》らは散ったもんを残らず倒したらええき」
「は、はい。龍馬さん」
「了解~。流樹はわたしに迷惑かけずに仕留めてよ?」
「散ったもんってなに……」

 龍馬さんが橋の板を踏み蹴り、低い体勢で斬り込んでいく。影鰐が躱《かわ》すからそれを追うように龍馬さんが幾度も刀を振る。
 ――まるで雷だ!
 稲妻の閃光みたいにジグザグに橋を走り、龍馬さんは粉骨鬼斬刀を影鰐に斬りつけ一気に真っ二つに裂いた。
 あんなになっても、まだ生きてやがる!
 裂かれ散った影鰐の残骸は一つ一つ鮫の形になった。体は小さいが数だけでいったら影鰐はむしろ増えた。
 
 俺は残務処理よろしくピストルの弾を分裂した影鰐に当てていき、菜々芽が鎖鎌をぶん回して倒していく。

「ハァハァ……。倒した……よな?」
「ふう、二人共よくやったぜよ」
「楽勝楽勝。わたし達ならどんな妖怪だって倒せちゃうね」

 倒した牛鬼と影鰐から人や妖怪の形の『影』がどんどん溢れ出てきて、かくりよの夜空に流星のごとく駆けていった。

「影の持ち主のところへ帰るんだわ」
「持ち主がもう死んじまってたら?」
「天に還るんだろうと儂は思うんよ」

 橋から牛鬼も影鰐も跡形もなく全部消えた。
 ふと思った。

「花火でもやりてえな」
「なんで花火?」
「なんとなく。夏だしさ」
「夏か。儂は季節を感じることさえ忘れてしまってたき、これはいかんちゃ」
「かくりよの夏、満喫してえな」
「流樹、あなたは大団扇を探すまで夏を謳歌なんか出来ないよ? さて牛鬼も影鰐も倒したから依頼人のとこ行こっか」
「流樹に菜々芽は厳しいのぉ」

 龍馬さんは刀の血を袂から出した布で拭き取って鞘にしまった。
 俺も菜々芽も武器をしまう。菜々芽は元の町娘の着物姿に戻った。
 腹が減ったなあ。
 すっかり昼飯も食べそこねている。

「待たれよ、そこなカラス天狗」

 ああ、終わったと思ったのに――。

 背後から掛けられた声は低くドスがきき、酷く獣の唸り声に近いと俺は思っていた。

 すぐさま振り返り、声の主を確認っ!

 闇に気配を隠して揺らめき俺達の前に来襲するモノがいる。
 妖気を上手く悟られないように出来るのは高等妖怪の証。レベルが高い。

 気を抜いていた。
 だって今日やるべき戦いは終わったかと……。俺は浅はかだった。
 敵にこちらの都合は関係ないんだ。
 むしろ悪事を企む妖怪ほど夜を好み、闇に紛れ活動するもんなんだ。

 ――暑く長い夜になりそうだ。

 俺の隣りにいる龍馬さんはさっと刀を抜き構えた。龍馬さんの顔はなぜか不敵にニヤリと楽しげに笑っていた。
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