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序章 今日はどちらだ?

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序章 今日はどちらだ?

 信長は抱きしめた。
 朗らかに笑う美しい女子《おなご》を、愛おしげに、ぎゅっと抱きしめる。

「今日は濃のほうだろ?」
「ええ、そうでございますよ? 信長様。ふふっ。私《わたくし》はあなた様の妻のほう」

 信長を敵刺客から、そっくりな双子の忍者が献身的に仕え守る。

 初めて会う者が吐息を漏らすほどの美貌を持ち、その容姿のそっくりな男女の双子は毎日入れ替わりながら、主君織田信長公を守る。
 
 一人は、ある日は信長のそばで守り、一人は、ある夜は天井裏に潜み信長を守る。
 日毎に交代しては入れ替わりで、瓜二つの双子の忍者は信長を守る。

「だめですよ、お戯《たわむ》れは。信長様。今、貴方様は私を叱りつけてから、私《わたくし》光秀を無理矢理に部屋に連れ込んでいるのです……と、言う設定でございましたでしょ? 光秀《わたくし》に意地悪をしているように、家臣には見せているのですわよね?」 

 ある目的のために信長は、光秀をいたぶる振りをしている。

「光秀となってても、俺の妻の濃《のう》であるに変わりない。お前を叱責するなどとは、いくら目的のためとはいえ、……俺は心苦しいのだ」
「良いのですよ、信長様。あなた様は私と光秀《おとうと》を思って、策を講じて下さったのですから」

 困ったように笑う愛しい女の腕を、掴んで自分の胸に引き寄せる。

 信長は、進言に構わず光秀に変装した濃姫を抱きしめる。

「今は私は光秀でございますわよ?」
「たとえ変装しても濃姫は濃姫。それにそなたと弟は、声音と肩幅ぐらいで美しさは変わらぬし。だいたい夫が愛しい妻を抱いて、なんの問題があると申すのか?」

 信長は濃姫の、白くきめ細やかな肌に頬ずりをした。

「お前とただ、ただ安穏に暮らす――
 戦をせずとも、俺は満たされるだろうな」

 月明かり射し込む畳の上で、濃姫は信長の凛々しく男らしい顔を愛おしげに見つめている。

「貴方様が戦をせぬなど、出来ますかしら?」
「俺はそばに濃がいるだけで、それだけで良いのだとしたら?」
「とても嬉しい」
「そうだろう?」
 
  信長は思案していたのだ。
 
 この歴史から華麗に散る。

 そして愛しい濃姫を、長年の忍者の重責から解き放ち、ただの妻と夫して暮らす。

 難しいことだろうか?
 いや俺なら、俺たちなら出来るはずだ。

 だからこそ濃姫と光秀と実行に、移しているのではないか。

 信長は恋しい濃姫を抱きしめる。
 ある策をもう一度念入りに練りながら。
 幾時も離れがたいほどに求めてやまない、妻、濃姫をずっと強く抱く。
 時間が許されるまで、野望広がるその胸に抱きしめていた。
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