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白薔薇の約束・9
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それからノエリアと兄はしばらくのこの国に残り、アルブレヒトを補佐することにした。
大きな商会や貴族達に伝手がある兄は、きっとアルブレヒトの力になってくれるだろう。ふたりは親友で、血の繋がりのある身内でもあり、近い将来、義兄弟になる関係でもある。
「……だからと言って」
あの日から毎晩のように遅くまで、イバンの裁判やこれからの政策について話し合っている。そんなふたりの前で、ノエリアは拗ねたようにそっぽを向いた。
「私のことはいつも、ほったらかしなのね」
もちろんノエリアにも、今は大変な時期であることは理解している。
やらなくてはならないことは山積みで、寝る間を惜しんで働いても、まだ足りないくらいなのだろう。
「……もういいわ」
それがわかっているのに拗ねてみせたのは、ふたりがあまりにも不眠不休で働き続けているからだ。
大変なのはわかっている。
でも、身体も大切にしてほしい。
そう言っても、口ではわかったと言ってくれるだろうが、実行してはくれないだろう。
だから、こうして拗ねてみせたのだ。
「ノエリア?」
アルブレヒトが困ったように、優しく名前を呼ぶ。
「すまない。君をないがしろにしているわけではない。ただ少し、忙しくて」
「わかっています。だから、もういいと言ったのです」
そう言ってますます拗ねてみせると、今度は兄が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「すまない。つい、熱中してしまった。どうか機嫌を直してくれ」
ふたりとも、ノエリアが思わず笑ってしまうくらい慌てていた。
「少し休憩してください。今、お茶を用意してもらっています」
アルブレヒトと兄の手を引いて、強引に執務室から連れ出す。
ふたりとも、ノエリアが本気で怒っているわけではないと知って、安堵している様子で、おとなしくついてきた。
その手を引きながら、昔もよくこんなことがあったと思い出して、くすくすと笑う。
「ねえ、お兄様、アル。昔も、私が拗ねてしまって、こうしてふたりを連れ出したことがあったわね」
アルブレヒトと兄のセリノは、顔を見合わせて笑う。
「ああ、そうだった」
「あのときは、なかなかノエリアの機嫌が直らなくて、大変だったな」
兄はノエリアのようにただ遊んでいただけではなく、父に命じられて勉強の時間も設けていた。それにアルブレヒトも加わって、互いの文化や言葉を教え合っていたようだ。
それに参加できないノエリアが、拗ねて半日ほど、ふたりと口を利かなかったのだ。
「ごめんなさい。ふたりは勉強をしていたのに。我儘だったわ」
「ノエリアはまだ小さかったから、仕方がないよ」
「そうそう。俺達も、本当は早く遊びたかったからね」
そのときも、こうして三人でお茶会をして、仲直りをした。
当時のことを、懐かしく思い出す。
「こうしてまた、三人で過ごせるなんて夢のようだわ」
思い出した過去は、まるで昨日のことのようにはっきりと思い出すことができる。思い出を辿るように目を閉じたノエリアを、アルブレヒトが抱き締める。
「これからは、ずっと一緒だ」
「……ええ、そうね」
兄だって、しばらくはこの国に滞在する。三人で過ごせる時間は、これからも続くのだ。そう思うと嬉しくて、ノエリアはアルブレヒトの胸に、甘えるように擦り寄った。
イバンの証言を得られなかったので少し時間が掛かってしまったようだが、アルブレヒトは根気よく証拠を集め、そして何よりもカミラの証言もあって、イバンは前国王夫妻を殺害した罪で裁かれることになった。
イバンとその一族は、辺境の地にある古城に幽閉されることとなった。彼らは生涯、そこから出ることはできないだろう。
そしてイースィ王国の方でも、イバンの罪が発覚したと同時にカミラの生存が発表された。
発表したのは国王ではなく宰相だったのは、王は病に臥せってしまったからだ。
長年の心労が重なっていたところに、悩まされていたイバンの廃位と娘の生存を知って、気が抜けてしまったのだろうと言われていた。
次の王位を巡って、イースィ王国は荒れるだろう。
周辺国はそう思っていたようだ。
王太子だったソルダがその地位を返還したあと、国王は正式に王太子を定めていなかったからだ。
けれどネースティア公爵を始め、国内の有力貴族はこぞってカミラを支持した。
長く国を離れていた王女に王は務まらないと反対する者もいたようだが、カミラは慎重に、誠実に事を進めている。
いずれ彼女は女王になるだろう。
そして様々な手続きが無事に終了し、正式にロイナン王国の国王となったアルブレヒトは、正式にノエリアに求婚した。
もちろん、それを拒むはずがない。
九年前のあの日から、ノエリアの心は決まっているのだから。
最初は結婚式を行うつもりはなかった。
この国には、イバンに苦しめられていた人達がたくさんいる。こんな状況では、あまり大掛かりなことはしないほうがいいと思っていたからだ。
そんなふたりに、こんなときだからこそ明るい話題が必要だと言ったのは、兄だ。
幾多の困難を乗り越えて結ばれる、アルブレヒトとノエリアの幸せな結婚は、これからのロイナン王国の象徴になる。そう言う兄の言葉に、賛同の声も数多く上がった。
大きな商会や貴族達に伝手がある兄は、きっとアルブレヒトの力になってくれるだろう。ふたりは親友で、血の繋がりのある身内でもあり、近い将来、義兄弟になる関係でもある。
「……だからと言って」
あの日から毎晩のように遅くまで、イバンの裁判やこれからの政策について話し合っている。そんなふたりの前で、ノエリアは拗ねたようにそっぽを向いた。
「私のことはいつも、ほったらかしなのね」
もちろんノエリアにも、今は大変な時期であることは理解している。
やらなくてはならないことは山積みで、寝る間を惜しんで働いても、まだ足りないくらいなのだろう。
「……もういいわ」
それがわかっているのに拗ねてみせたのは、ふたりがあまりにも不眠不休で働き続けているからだ。
大変なのはわかっている。
でも、身体も大切にしてほしい。
そう言っても、口ではわかったと言ってくれるだろうが、実行してはくれないだろう。
だから、こうして拗ねてみせたのだ。
「ノエリア?」
アルブレヒトが困ったように、優しく名前を呼ぶ。
「すまない。君をないがしろにしているわけではない。ただ少し、忙しくて」
「わかっています。だから、もういいと言ったのです」
そう言ってますます拗ねてみせると、今度は兄が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「すまない。つい、熱中してしまった。どうか機嫌を直してくれ」
ふたりとも、ノエリアが思わず笑ってしまうくらい慌てていた。
「少し休憩してください。今、お茶を用意してもらっています」
アルブレヒトと兄の手を引いて、強引に執務室から連れ出す。
ふたりとも、ノエリアが本気で怒っているわけではないと知って、安堵している様子で、おとなしくついてきた。
その手を引きながら、昔もよくこんなことがあったと思い出して、くすくすと笑う。
「ねえ、お兄様、アル。昔も、私が拗ねてしまって、こうしてふたりを連れ出したことがあったわね」
アルブレヒトと兄のセリノは、顔を見合わせて笑う。
「ああ、そうだった」
「あのときは、なかなかノエリアの機嫌が直らなくて、大変だったな」
兄はノエリアのようにただ遊んでいただけではなく、父に命じられて勉強の時間も設けていた。それにアルブレヒトも加わって、互いの文化や言葉を教え合っていたようだ。
それに参加できないノエリアが、拗ねて半日ほど、ふたりと口を利かなかったのだ。
「ごめんなさい。ふたりは勉強をしていたのに。我儘だったわ」
「ノエリアはまだ小さかったから、仕方がないよ」
「そうそう。俺達も、本当は早く遊びたかったからね」
そのときも、こうして三人でお茶会をして、仲直りをした。
当時のことを、懐かしく思い出す。
「こうしてまた、三人で過ごせるなんて夢のようだわ」
思い出した過去は、まるで昨日のことのようにはっきりと思い出すことができる。思い出を辿るように目を閉じたノエリアを、アルブレヒトが抱き締める。
「これからは、ずっと一緒だ」
「……ええ、そうね」
兄だって、しばらくはこの国に滞在する。三人で過ごせる時間は、これからも続くのだ。そう思うと嬉しくて、ノエリアはアルブレヒトの胸に、甘えるように擦り寄った。
イバンの証言を得られなかったので少し時間が掛かってしまったようだが、アルブレヒトは根気よく証拠を集め、そして何よりもカミラの証言もあって、イバンは前国王夫妻を殺害した罪で裁かれることになった。
イバンとその一族は、辺境の地にある古城に幽閉されることとなった。彼らは生涯、そこから出ることはできないだろう。
そしてイースィ王国の方でも、イバンの罪が発覚したと同時にカミラの生存が発表された。
発表したのは国王ではなく宰相だったのは、王は病に臥せってしまったからだ。
長年の心労が重なっていたところに、悩まされていたイバンの廃位と娘の生存を知って、気が抜けてしまったのだろうと言われていた。
次の王位を巡って、イースィ王国は荒れるだろう。
周辺国はそう思っていたようだ。
王太子だったソルダがその地位を返還したあと、国王は正式に王太子を定めていなかったからだ。
けれどネースティア公爵を始め、国内の有力貴族はこぞってカミラを支持した。
長く国を離れていた王女に王は務まらないと反対する者もいたようだが、カミラは慎重に、誠実に事を進めている。
いずれ彼女は女王になるだろう。
そして様々な手続きが無事に終了し、正式にロイナン王国の国王となったアルブレヒトは、正式にノエリアに求婚した。
もちろん、それを拒むはずがない。
九年前のあの日から、ノエリアの心は決まっているのだから。
最初は結婚式を行うつもりはなかった。
この国には、イバンに苦しめられていた人達がたくさんいる。こんな状況では、あまり大掛かりなことはしないほうがいいと思っていたからだ。
そんなふたりに、こんなときだからこそ明るい話題が必要だと言ったのは、兄だ。
幾多の困難を乗り越えて結ばれる、アルブレヒトとノエリアの幸せな結婚は、これからのロイナン王国の象徴になる。そう言う兄の言葉に、賛同の声も数多く上がった。
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