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 こうしてリオの専属メイドになったものの、多忙な彼は、王城に行くと二、三日は戻らないことが多い。
 その間、ソレーヌは広い屋敷にひとりきりだ。
 もちろん使用人はたくさんいるが、一緒に食事をすることや、何気ない会話を交わすことはない。
 そんなソレーヌの話し相手が、今のミラベルの主な仕事だった。
 今日も朝からソレーヌの部屋で、ふたりでゆったりとお茶会をしている。
 リオが忙しいのは、おそらくミラベルが失踪したことにも関係があるに違いない。
 それなのに、張本人のミラベルはサザーリア公爵邸で守られ、こんなふうに寛いでいるなんて、何だか申し訳ない気がする。
「私のせいなのに」
「ミラベルのせいじゃないわ」
 思わずそう口にしたミラベルを、ソレーヌは慰めてくれた。
「私がロランド様と婚約してから、ずっとこんな感じよ。だからミラベルというよりは、むしろ私のせい」
 ソレーヌはそう言ったが、彼女を王太子の婚約者に推したのは、彼が後ろ盾を得ることを恐れた側妃である。
 彼女も、まさかリオが妹を守るために、ここまで奮戦するとは思わなかったのだろう。
 側妃の思惑とは裏腹に、ソレーヌを得たロランドは、リオという強力な味方を手に入れて、第二王子と対等な立場になってしまった。
(でも……)
 ミラベルは不安に駆られて、思わず両手を握りしめる。
 逆にリオさえいなければ、ロランドもソレーヌも危険な立場になる。だから専属メイドを買収して、リオを排除しようとしたのだろう。
 リオは、権力など欲していない。
 ただソレーヌを守るために、戦っているだけなのに。
「ミラベル?」
 ふと名前を呼ばれて、我に返る。
 顔を上げると、ソレーヌが心配そうに覗き込んでいた。
「とても不安そうな顔をしていたわ。ミラベルの心配事は、元婚約者のニースこと?」
「ううん、違うわ」
 ミラベルは首を横に振る。
 彼が自分を見つけ出せるとは思わない。
 むしろ早々に理由をつけて、ミラベルの捜索を断念しそうだ。
「ニースのことなんて、考えてもいないわ。ただ、リオ様が心配で」
 リオと呼んでほしい。
 彼にはそう言われていたが、ソレーヌの前で彼を名前で呼ぶのは恥ずかしくて、いつも通りに敬称をつけてリオの名前を口にする。
 本当にリオと呼ぶのは、ふたりきりのときだけになるだろう。
「お兄様が?」
「うん。王城も、安全な場所ではないから」
 最近は第一王子であるロランドを推す者も増えてきたが、やはり隣国との関係が悪化していることもあって、側妃派の方が強い。
 そんな王城に何日も滞在していたら、気が休まらないのではないかと心配になってしまう。
「そうね。ロランド様は剣の達人だけれど、お兄様には剣術は無理ね。でも、信頼できる護衛が傍にいるし、ロランド様からも護衛をつけてくださっているから、大丈夫よ」
 リオの存在が命綱だということは、ロランドもよくわかっているのだろう。
 かなり腕の立つ護衛騎士が、毎回サザーリア公爵邸まで送り届けてくれるようだ。
「それに、もう三日目だもの。さすがに今日は帰ってくるはずよ」
 ソレーヌはそう言っていたが、昼頃に、王城にいるリオから伝言が届いた。
 もう二、三日留守にすると書かれた手紙には、ソレーヌの好きな焼き菓子が添えられていたらしい。
「もう、お兄様ったら。私はもう、お菓子で誤魔化される年齢ではないわ。いつまでも子ども扱いするんだから」
 ソレーヌはそう怒りながら、背後にいるメイドに合図をする。するとメイドは、手紙と小さな鉢植えの花をミラベルに差し出した。
「えっと、これは?」
「お兄様からよ。いつも予定よりも帰りが遅くなると、こうして手紙とプレゼントをくれるの。ミラベルの分も用意したのは、さすがね」
 そう言って、ソレーヌは嬉しそうに笑う。
「私にはお菓子で、ミラベルには花なのね」
 からかうように言われたが、ミラベルにはそれに答える余裕もなく、どうしたらいいかわからず狼狽えていた。
(手紙……。リオ様から?)
 頬が熱くて、紅潮しているのが自分でもわかる。
 そっと手紙を開くと、美しい文字で、予定通りに帰れないことを謝罪する言葉が書かれていた。
(どうしよう……。リオ様から手紙をもらうなんて……)
 婚約者だったニースも、何度か手紙を送ってくれた。
 でも、こんなに動揺したことも、頬が紅潮してしまったこともない。
 動揺しながらも、小さな鉢植えの花を見つめる。
 令嬢に花を贈るのならば、花束がふさわしいだろう。
 でもミラベルは切り花よりも、鉢植えを好んだ。自分で水遣りをして育てるのが好きだった。
 リオは、それを知っていたのだろうか。
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