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『拾都戦争』の遺骸。
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「拾都が作った人間兵器…?」
不快そうに顔を歪めて言う六衣。武器を作る職人とはいえ、材料に人間を使うのは矜恃が許さないのだろう。
他の面々も、眉根を寄せたり、口を押さえたりしている。
「そうじゃ。…五重、書物に書き置きがあったそうじゃの」
「あ、そうです。こちらになります」
まだラスクを頬張っていた五重が書類鞄から数枚の古い紙のコピーを取り出し、机の上を滑らすようにして全員が読めるように配布した。
「拾都の倉庫は不便ですね、コピー機が古過ぎます。2枚刷るのに20分ですよ!?小生の家のコピー機の方が速いです!」
「ああ、彼らにはわっちが言っておく」
ぷりぷり怒る五重に苦笑した九尾は渡された書類に目を通す。
内容は、こう言う物だった。
【拾都戦争につき、「九想典」に勝つ為、
人間兵器を作る。
対象は、幼き女児。
子供であれば、「九想典」を油断させられるからである。
異能力は、触った相手を殺すことが出来ると言うもの。
近くの兵は殺されないようにすべし。
即死である。
唯一、殺されない方法がある。
それは】
ここでメモは血でふやけて途切れていた。
「触っただけで人を殺す…しかし、開発途中で逃げたようじゃの」
九尾が狐のように目を細めて、紙を睨んだ。
まるで、このメモを書いた人物に向けるかのように。
五重は、血痕を見た為か、吐き気を堪えるように、口にハンカチを当てて
「ええ、その後は人間オークションやマフィア抗争に使われたそうです。…本当に、酷い。まだ、9歳ですよ!?人権侵害も甚だしい!本当に、拾都は汚い真似を…!」
「良い良い、五重。また血圧が上がるぞ。…それで、伊織の奴は触られても死なないのか?」
新しく開けた軟骨ピアスの調子を確かめながら、霊七が、
「うん。僕が触ったら、霊魂が1個亡くなった。でも、その後、伊織が遺骸を風呂に入れても伊織は大丈夫だった」
「伊織が、脱いだのか!?」
ガタン、と椅子を倒しそうなほどの勢いで九尾が立ち上がった。
霊七はキョトンとして、
「いや、服は着て、六衣が作った猫脚バスタブに入れてあげてた。痴人の愛みたいだった」
「そうか…なら、良い」
安堵したのか、九尾が椅子に座り、冷や汗を拭って、扇子で顔を扇いだ。
「それで…その遺骸ちゃん、どうします?拾都は今や小生達の管理下です。人間を兵器にするような奴らに返しますか?」
「たわけ」
九尾がバッと扇子を振るう。白檀の香が強くなる。
「遺骸の事は伊織に一任する。命に無頓着なあいつにはいい機会じゃろ。…皆にはサポートを頼む。頼られたら、協力してやってくれ。いざとなったら、わっちがなんとかする故」
「御意」
全員、声を揃えて、九尾に頭を垂れた。
その頃、伊織は唯一が伊織のために用意してくれた隠れ家で惰眠を貪っていた。
隠れ家と言っても、粗末なものではなく、空調もしっかりしていて、老朽化したところは見受けない。
本来は政治家の重鎮が余生を過ごすために建てられた別荘になる予定だったが、重鎮が不祥事を働き、雲隠れした為、唯一がそれを買い取ったのだ。
備え付けのベットもふかふかで寝心地は最上級である。
昨日、ここに連れてきた遺骸は興味深そうに周りを見渡した後、ベットに飛び込み、眠ってしまったのだ。
伊織は、遺骸が眠ったのを確認してから、部屋についているシャワーを浴び、紺色のTシャツにハーフパンツというラフな格好に着替え、遺骸の横で眠りに落ちた。
今、伊織を見たら、死体の頭に嬉々として喋りかけるようなサイコパスにはとても見えまい。
「ん…」
意識が少しづつ覚醒してきた伊織が寝返りを打つと、柔らかい物体に当たった。
ゆっくりと目を開けると、天使のような寝顔の遺骸がすやすやと寝息を立てていた。
洋服も唯一が与えた水色のワンピースを着ていて、昨日風呂に入れた所為か、茶色の髪は日差しに当たって虹色に輝いていた。
壁掛け時計を見ると、昼間に近い。そろそろ、会議が終わった唯一が朝食を持ってくるだろう。
「…遺骸、そろそろ起きないかい?時間にルーズだと唯一に怒られてしまうよ?」
「…まだ、眠い」
嫌嫌をする遺骸。伊織は、起き上がると、大きく伸びをした。
「唯一を怒らすと、怖いぞ。よく漫画で見るスパルタな母親と一緒さ。怒らすと、よく吠える犬のように迷惑だ」
「…それは、迷惑」
目を擦って遺骸は起き上がった。
「遺骸は、朝ご飯は食べる派かな?朝ご飯は1日のエネルギーを作り出すとは言われるものの、小食の俺にはどうも合わなくてね、いつもゼリー飲料で済ませてしまうんだ。ゼリー飲料もゲームのアイテムのようにレベルが上がっていて、充分に朝ご飯の範疇にあると思うよ」
「ふぅん…」
ベットの上に座って向き合うと、遺骸の頭は伊織の胸の位置にある程、身長差があった。
「伊織」
「なんだい?」
ん、と言って両手を広げる遺骸。
「どうかしたかい?」
「ギュとして?」
恥ずかしいのか、軽くもじもじしながら言う遺骸。
「…さびしんぼうかい?」
「…」
「嘘さ、大丈夫、遺骸は俺が守るよ」
遺骸を抱き寄せ、ギュウッと抱きしめる。…自分が親にそうされたかったかのように。
軽く揺らすと、遺骸が心地良さそうに目を瞑る。
伊織も、生きてる人間の返り血よりも温かく心地良い人間の体温に落ち着く。
が。
「ああ、ダメだ。これ以上、落ち着いたら、人を殺せなくなってしまう」
「いいの。伊織と遺骸はもう誰も殺さないの」
ギュッとしがみつく温かい力に伊織の棘で出来たような心は戸惑う。
自分は、殺人鬼なのに。
自分は、人を殺さなければならないのに。
それでしか、自分の存在が判らなくなるのに。
自分は、人から恐れられる殺人鬼でなければ、いけないのに。
「遺骸、いい加減、俺から離れた方がいい。守るどころか、殺してしまいそうだ」
いつもの飄々とした口調ではなく、硬く、低い声で伊織が言った。
「いいよ、伊織は、闇の中から明るいところへ連れ出してくれた人だから、伊織の手で一緒に闇へ戻されるのも悔いはない」
遺骸が、縋るような言葉を発し、顔を伊織の体にくっつけ、抱きつく力も強くなった
伊織は、訳のわからない気持ちに動揺する。
…なんだろう、この甘苦しい気持ちは…
不快そうに顔を歪めて言う六衣。武器を作る職人とはいえ、材料に人間を使うのは矜恃が許さないのだろう。
他の面々も、眉根を寄せたり、口を押さえたりしている。
「そうじゃ。…五重、書物に書き置きがあったそうじゃの」
「あ、そうです。こちらになります」
まだラスクを頬張っていた五重が書類鞄から数枚の古い紙のコピーを取り出し、机の上を滑らすようにして全員が読めるように配布した。
「拾都の倉庫は不便ですね、コピー機が古過ぎます。2枚刷るのに20分ですよ!?小生の家のコピー機の方が速いです!」
「ああ、彼らにはわっちが言っておく」
ぷりぷり怒る五重に苦笑した九尾は渡された書類に目を通す。
内容は、こう言う物だった。
【拾都戦争につき、「九想典」に勝つ為、
人間兵器を作る。
対象は、幼き女児。
子供であれば、「九想典」を油断させられるからである。
異能力は、触った相手を殺すことが出来ると言うもの。
近くの兵は殺されないようにすべし。
即死である。
唯一、殺されない方法がある。
それは】
ここでメモは血でふやけて途切れていた。
「触っただけで人を殺す…しかし、開発途中で逃げたようじゃの」
九尾が狐のように目を細めて、紙を睨んだ。
まるで、このメモを書いた人物に向けるかのように。
五重は、血痕を見た為か、吐き気を堪えるように、口にハンカチを当てて
「ええ、その後は人間オークションやマフィア抗争に使われたそうです。…本当に、酷い。まだ、9歳ですよ!?人権侵害も甚だしい!本当に、拾都は汚い真似を…!」
「良い良い、五重。また血圧が上がるぞ。…それで、伊織の奴は触られても死なないのか?」
新しく開けた軟骨ピアスの調子を確かめながら、霊七が、
「うん。僕が触ったら、霊魂が1個亡くなった。でも、その後、伊織が遺骸を風呂に入れても伊織は大丈夫だった」
「伊織が、脱いだのか!?」
ガタン、と椅子を倒しそうなほどの勢いで九尾が立ち上がった。
霊七はキョトンとして、
「いや、服は着て、六衣が作った猫脚バスタブに入れてあげてた。痴人の愛みたいだった」
「そうか…なら、良い」
安堵したのか、九尾が椅子に座り、冷や汗を拭って、扇子で顔を扇いだ。
「それで…その遺骸ちゃん、どうします?拾都は今や小生達の管理下です。人間を兵器にするような奴らに返しますか?」
「たわけ」
九尾がバッと扇子を振るう。白檀の香が強くなる。
「遺骸の事は伊織に一任する。命に無頓着なあいつにはいい機会じゃろ。…皆にはサポートを頼む。頼られたら、協力してやってくれ。いざとなったら、わっちがなんとかする故」
「御意」
全員、声を揃えて、九尾に頭を垂れた。
その頃、伊織は唯一が伊織のために用意してくれた隠れ家で惰眠を貪っていた。
隠れ家と言っても、粗末なものではなく、空調もしっかりしていて、老朽化したところは見受けない。
本来は政治家の重鎮が余生を過ごすために建てられた別荘になる予定だったが、重鎮が不祥事を働き、雲隠れした為、唯一がそれを買い取ったのだ。
備え付けのベットもふかふかで寝心地は最上級である。
昨日、ここに連れてきた遺骸は興味深そうに周りを見渡した後、ベットに飛び込み、眠ってしまったのだ。
伊織は、遺骸が眠ったのを確認してから、部屋についているシャワーを浴び、紺色のTシャツにハーフパンツというラフな格好に着替え、遺骸の横で眠りに落ちた。
今、伊織を見たら、死体の頭に嬉々として喋りかけるようなサイコパスにはとても見えまい。
「ん…」
意識が少しづつ覚醒してきた伊織が寝返りを打つと、柔らかい物体に当たった。
ゆっくりと目を開けると、天使のような寝顔の遺骸がすやすやと寝息を立てていた。
洋服も唯一が与えた水色のワンピースを着ていて、昨日風呂に入れた所為か、茶色の髪は日差しに当たって虹色に輝いていた。
壁掛け時計を見ると、昼間に近い。そろそろ、会議が終わった唯一が朝食を持ってくるだろう。
「…遺骸、そろそろ起きないかい?時間にルーズだと唯一に怒られてしまうよ?」
「…まだ、眠い」
嫌嫌をする遺骸。伊織は、起き上がると、大きく伸びをした。
「唯一を怒らすと、怖いぞ。よく漫画で見るスパルタな母親と一緒さ。怒らすと、よく吠える犬のように迷惑だ」
「…それは、迷惑」
目を擦って遺骸は起き上がった。
「遺骸は、朝ご飯は食べる派かな?朝ご飯は1日のエネルギーを作り出すとは言われるものの、小食の俺にはどうも合わなくてね、いつもゼリー飲料で済ませてしまうんだ。ゼリー飲料もゲームのアイテムのようにレベルが上がっていて、充分に朝ご飯の範疇にあると思うよ」
「ふぅん…」
ベットの上に座って向き合うと、遺骸の頭は伊織の胸の位置にある程、身長差があった。
「伊織」
「なんだい?」
ん、と言って両手を広げる遺骸。
「どうかしたかい?」
「ギュとして?」
恥ずかしいのか、軽くもじもじしながら言う遺骸。
「…さびしんぼうかい?」
「…」
「嘘さ、大丈夫、遺骸は俺が守るよ」
遺骸を抱き寄せ、ギュウッと抱きしめる。…自分が親にそうされたかったかのように。
軽く揺らすと、遺骸が心地良さそうに目を瞑る。
伊織も、生きてる人間の返り血よりも温かく心地良い人間の体温に落ち着く。
が。
「ああ、ダメだ。これ以上、落ち着いたら、人を殺せなくなってしまう」
「いいの。伊織と遺骸はもう誰も殺さないの」
ギュッとしがみつく温かい力に伊織の棘で出来たような心は戸惑う。
自分は、殺人鬼なのに。
自分は、人を殺さなければならないのに。
それでしか、自分の存在が判らなくなるのに。
自分は、人から恐れられる殺人鬼でなければ、いけないのに。
「遺骸、いい加減、俺から離れた方がいい。守るどころか、殺してしまいそうだ」
いつもの飄々とした口調ではなく、硬く、低い声で伊織が言った。
「いいよ、伊織は、闇の中から明るいところへ連れ出してくれた人だから、伊織の手で一緒に闇へ戻されるのも悔いはない」
遺骸が、縋るような言葉を発し、顔を伊織の体にくっつけ、抱きつく力も強くなった
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