終焉逃避行

細雪あおい

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『悪夢の襲来』

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「じゃあな、ユウ!」
「おう、明日なー!」
 中学校からの帰り道、いつもの十字路で部活仲間と別れ、帰宅の途に着いていた。
「はぁ、今回の課題、大変だったなー…」
 今日も残暑が厳しい。ちらほら見える同じ学校の女子が携帯扇風機で顔を仰いでいるのが羨ましい。
 教室や部室はエアコンが効いているので、それにはイマイチ必要性を感じないが、帰り道はエアコンなんか効いていない。
 それどころか、大きな会社の前のエアコンの室外機からは熱風が吹き出してくる。地球温暖化は、こういうところから始まるのだろうと思いながら、鞄から出した下敷きで汗が噴き出す顔を仰いだ。
 信号待ちの時、やけに今日は人通りが少ないな、と思いつつ、学校では使用が制限されているスマホにBluetoothで繋いだイヤホンを耳に入れた。
 信号がまだ変わらないのを確認して、スマホに入っているお気に入りのセットリストをタップした。最近、動画サイトで見つけて気に入ったアーティストの曲が流れてくる。
 重低音が耳に気持ち良い。少し、音量を大きめにする。ただし、周囲の音が聞こえる程度になる様にすることも忘れずに。
 耳に流れ込む音と共に課題のことを少し思い出す。
 ユウは美術部だ。今回の課題は、「見えない自分の自画像」。
(見えない自分って…レントゲンの写真でも描くのか?)
 校則ギリギリのウルフヘアの頭をポリポリと掻く。どうやら、新しく来た美術部教師とユウは感性が合わない様だ。
(見えない自分、ね)
 いろいろ考えるが、何も思い付かない。
 ここまで来ると、美術部歴2年のユウでもお手げだ。
(考えるのは辞めだ。これ以上考えるのはキリがない)
 信号が変わって歩き出し、意識を課題から音楽の方へと切り替える。
 課題に躓いた時は、特にそうすることにしている。
 不思議と歩幅が聴いてる曲のテンポと同じになってしまうのがユウの癖だ。
 今日は、良い案は浮かばなかったが、本屋に寄らなければならないことを思い出した。
 大好きで尊敬する絵師が描いた画集を取り寄せてもらったのをまだ受け取っていないのだ。幸い、営業時間は深夜までだから、一旦、家に帰ってからでも大丈夫そうだ。制服は何かと不便で、歓楽街の近くを歩けば、声をかけられるし、何処の学校に通っているかなど、チェックしてくる輩もいるのが悲しい事実である。
 角を曲がり、赤信号で止まった。夕日が赤く延びて、信号の色と同化した。
 不意に物音が聞こえた。空からだ。
 空を仰ぐと、
(何だ、あれ…蝙蝠か?)
 大きな翼を持った何かが一瞬よぎった気がした。UMAのスカイフィッシュかと思ったが、あれはカメラのシャッター速度を落としてハエなどを撮った時に起こる現象だ。ユウは裸眼。目は、カメラではない。
(まさかね…)
 ユウは昔から良からぬものを引きつけてしまう体質だった。
 それは、人間に対してもそうだし、良からぬあやかしだったりもした。 
 先ほどの汗とは違う冷や汗を掻きつつ、信号が青になった瞬間に横断歩道を走って渡った。
 今日は、新月。何故か、心がざわついていた。


「ただいま!」
 家に帰ると、誰も帰宅しておらず、中はジメッとしてまるで熱気の塊が住んでいる様である。
 ユウは一人っ子で、両親は共働き。帰りが遅い。
 買ったばかりの家のローン代と、生活費のために少しでも多く働かなければいけないのは判るが、やはり、寂しい。中2とはいえ、ほんの3年前は小学生だったのだ。
 きゅうと痛む心を抑えて、手洗いうがいをしっかりした後、階段を上がってすぐにある自室へ飛び込んだ。
 ユウの心が落ち着くのは自室だけだった。
 自室には、大好きな漫画のグッズやぬいぐるみが溢れている。
 SNSで、その日購入したグッズを投稿すると、結構いいねや評価が良かったりして、たまにほくそ笑んでいるのは内緒だ。
「早く着替えて本屋に行かないと」
 校章が刺繍されてる制服のポロシャツを脱ぐのは、汗で湿ってるせいか少し大変だった。
男子は2年でここまで体格が良くなるものなのだろうか。
 汗拭きシートで(少し石鹸の匂いがする)、身体を少し拭ってから、黒のタンクトップとデニムのハーフパンツに着替え、五芒星がプリントされている黒の本革リュックにスマホと財布、ポーチを入れた。
 服装に乱れはないかと確認するため、窓辺の鏡の前に立った時だ。
「え?」
 思わず、声が漏れた。
何故なら、窓から長い黒髪の男が煌煌と目を光らせて覗いていたからだ。
「うそ、だって、ここは…」
 2階のはずなのに。
 男と目が合った瞬間、ガシャン!と激しい音をたてて、窓のガラスが割れた。
 声にならない悲鳴をあげ、庇うように頭を抱える。
 ドクドクと心臓の音がうるさい。
 キンキンと頭が痛い。
 ガタガタと身体が震える。
『甘美なものだ、人の恐怖というものは』
 ユウはハッと目を見開いた。
 男の声は耳ではなく、ユウの脳内に語りかけて来たのである。
 クククと低い男の笑い声が聞こえる。
『そう怖がるな。お前は俺に認められた人間だ。顔を上げろ』
 恐る恐る顔を上げると、パキリとガラスを踏んだ男と目が合った。
 普通の人間ではあり得ない真っ赤な虹彩に目を奪われ、声が出ない。
『死にたいか?』
 突然言われた言葉。反射的に弱々しく首を振る。
『ならば、生きれば良い。その身に俺の呪いを抱え、のたうち回り、苦しめ』
 ふ、と男が長い髪越しに笑い、ザッと鋭く伸ばした爪でユウの首に傷をつけた。
「!」
 その傷はジクジクと痛み、そのうちに、首から肩、腕に伝わり、胃、脚へとのたうち回るほどの激痛へと変化した。
「っがああああ!ああああ!」
 首を押さえて、無様に叫び、のたうち回る。
『これで、お前は俺と同じ不死身の呪いが掛かった。共に生き、そして、俺の代わりに苦しめ』
「…だ…」
『なんだ?』
「嫌…って言ってんだよ…!」
 男は一瞬だけ驚いたかのように目を細めたが、すぐに元の冷たい目に戻った。
『…ほう。俺の呪いが掛かってもそういうのか。ならば…』
 男は、まるで人形を持ち上げるようにユウの首を掴んで持ち上げた。
 ユウの身体は痛むが、抵抗出来ない。首の関節が悲鳴を上げる。
『この世で、俺をもう1度見つけて、呪いの解除をさせて見せろ。まぁ、お前が出来れば、な』
 男は呻くような低い声で笑うと、自分の顔に手を当て、
『俺を』
 男が若い女性の顔になった。
『見つける』
 女性の顔がシワだらけの老婆になった。
『ことが出来ればな』
 しゃがれた声で話す老婆の顔が男の顔に戻る。
 その瞬間、ユウは意識を失った。
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