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62:ホワイトデー
しおりを挟む「ホワイトデーが終わると、『一年乗り切った!』って感じがしません?」
「気持ちは分からないでもないけど、今日がホワイトデーだからね」
カレンダーを眺めながら雛子が後輩に告げたのは、三月十四日、世間ではホワイトデーと呼ばれている日である。
終わったろどころか今日がまさに当日だ。現にSNSやネットの記事はまだホワイトデーを前面に押し出しており、百貨店に行けば特設コーナーが賑わっていることだろう。
もっとも、雛子も口では指摘したものの、後輩の言葉には概ね同意である。彼女の言う通り『乗り切った』という気持ちは既にある。
クリスマスに続いてバレンタインデー、間を置かずにホワイトデー。世間が賑わうのと同時にアダルトグッズ会社が忙しくなる時期である。
最後を飾るホワイトデー企画のメンバーに選ばれた雛子も、二月下旬の撮影同行を終え、それらが仕上がり三月になると仕事も平常運転に戻っていた。
クリスマスやバレンタインデー同様、顧客の手に商品が届く頃にはデザイナーの仕事は既に終わっているのだ。
そしてホワイトデーが終わるとしばらくの間はアダルトグッズの売上に関与しそうな大きなイベントはなく平穏が続き、春になると新たな年度を迎える。
そんな一年の流れからか、ホワイトデーが終わると一年の終わりを感じるようになっていた。
「そういえば、今日は休まなくて良かったの? 彼氏は?」
「安心してください、ホワイトデーのプレゼントは昨日ちゃんと回収しておきました。でも、それを言うなら先輩もじゃないですか。例のサンタクロースに会わなくていいんですか?」
「サンタクロースじゃないって何度言えば……。まぁ良いわ。例のサンタクロースとは今夜会うの。といっても今夜は友達も含めて皆で飲みだけどね」
「だから明日休みにしてたんですね」
なるほど、と後輩が頷く。
次いで話題は駅前のビアガーデンがいつオープンするかに移り、そんな雑談が終わると再び仕事に戻っていった。
◆◆◆
「羽柴さん、ちょっと良い?」
退社時間になった直後に声を掛けられ、見れば企画リーダーがこちらにと手招きをしている。
だがその表情は穏やかなあたり悪い知らせでもないだろう。焦っている様子もないので急な仕事を頼んでくる気配もない。
帰宅の準備をしていた雛子は机を片付けていた手を止め、リーダーの座る席へと向かった。
「何かありましたか?」
「ごめんね、帰る直前に呼び止めちゃって。でもこの間の宣伝写真が評判良くって、そのことだけでも伝えておきたかったの」
「宣伝写真……、本当ですか!?」
雛子の表情と声が一瞬で明るくなる。
「羽柴さんが提案してくれた写真あったでしょ。あの写真を見て買ったって意見があがってきてるのよ」
ホワイトデーは今日である。だが後輩のように数日前をホワイトデーとして過ごす者は少なくない。とりわけ平日なのだから猶更、前倒しで休みの合う日に……という者達は多かっただろう。
そういった者達からの感想が既に集まり始めており、雛子が提案した写真の効果が既に見え始めていると営業から報告があったのだという。取り急ぎ幾つか纏めたと渡された書類には、確かに宣伝写真についての意見が記載されている。
「私、咄嗟に思いついただけで、……でも凄く嬉しいです」
「確かにあの写真良かったもんね。ホワイトデーだけじゃなくて、クリスマスやバレンタインもあの路線で撮ろうって意見も上がってるの。その時はまた意見頂戴ね」
「はい!」
企画リーダーの言葉に、雛子が意気込んで返す。
そうして「引き留めてごめんね」という軽い謝罪にお礼を返し、帰宅の準備を再開させるために自分の机へと戻った。
後輩が「やりましたね!」と親指を立てて迎え、他の者達も祝ってくれる。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、雛子は照れ臭ささではにかみながら、弾むような気持ちで帰宅の準備に取り掛かった。
(大丈夫、今日ならきっと言える……)
そう自分に言い聞かせる。
自分の意見を聞いてくれる職場も、功績を純粋に祝ってくれる後輩や同僚達も、そして鞄の中から覗く名刺入れも……。
何もかもが背中を押してくれているような気がする。
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