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59:幸せになる道具※

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 密事の最中の甘い拒否の声でもなく、慌てての制止の声でもない。
 普段よりも幾分低めの本気の声色、いわゆる『ガチ目のトーン』である。じっとりと睨むように見つめれば、本気と察したのか颯斗が強引に抱き寄せると唇や額にとキスをして絆しにかかってきた。

「そんなに嫌がるなよ。なぁ良いだろ、最後は一緒にいこうぜ」
「やだ、もう寝る。おやすみ。オナホールでも買って自分で処理して。あ、でもうちの商品以外を買ったらしょうちしないからね」
「つれないこと言うなって。無理させないから、なぁ」

 ご機嫌取りのためにあちこちにキスをしながらゆっくりと膝の上に座るように促してくる。
 それに対して雛子はぺちぺちと彼の背中を叩くという抗議をしながらも大人しく膝に座った。雛子の抵抗が微弱なことから応じてくれると察したのだろう、颯斗がご機嫌で唇にキスをし、それだけではたりないと舌を入れてきた。舌を絡め、呼吸のために一度離れて再び深く唇を合わせる。

「んっ……、そんなに、激しく、しないでね」
「分かってる」

 キスの合間に告げれば颯斗が嬉しそうに笑う。次いで彼は手元にあったローションの容器を手に取ると、それを下腹部へと垂らしだした。とろりと落ちる液体が互いの下腹部を濡らしていく。
 わざと耳元に顔を寄せて「気持ちよくなろうな」と囁いてくるので、そのくすぐったさに雛子の体が小さく震えた。
 何度も果てたせいで体が敏感になっていて、耳元で囁かれるだけで体に熱が灯る。期待という名の快感がふつふつと湧き上がり、下腹部にせつなくもどかしい快感が溜まっていく。ローションがつうと垂れる感覚さえも愛撫を受けているかのようで自分の吐息が甘くなる。

「雛子、もっと体寄せて」
「ん、わかった……。すごいぬるぬるする……」

 ゆっくりと颯斗に身を寄せ、もたれかかるようにして抱き着いた。ぐいと腰を押しつければ彼の熱が秘部に触れ、擦れる快感に甘い声が漏れた。
 颯斗の手がしっかりと腰を掴み揺さぶり、更には下から突き上げてくる。そのたびに熱が秘部を擦り上げ花芽を刺激する。体の内側が快感で満ちていき、荒い呼吸の中で必死に互いの欲をぶつけるように動く。
 もう意識は殆ど蕩け切っており、快感に翻弄されるままに自ら求めるように颯斗に口付けをした。深く唇を合わせ、舌を絡ませ、離れては喘ぎ声を漏らし、再び唇を塞ぐ。
 今はもうキスで呼吸を遮られる息苦しさすらも快感になり、激しく腰を動かすことへの恥じらいを感じる余裕もない。

「颯斗、私……んんっ、もう……」
「ん、雛子……、もう少し。なぁ体制変えようぜ」
「……かえるの?」

 快感で蕩けた意識で問い返せば颯斗が頷く。額にはうっすらと汗が浮かんでおり、彼もまた限界が近いのだろう。
 そうしてゆっくりと仰向けに倒れるので、雛子は抱きしめられたまま彼の上に寝そべる形になった。互いの体がより密着し、秘部に当たっていた熱が下腹部にも触れる。

「これ……、重くない?」
「平気。それより、俺も動くから雛子も動いてくれよ」

 荒い呼吸ながらに颯斗が告げ、再び揺さぶるように動き出した。
 密着した互いの体の間、硬い熱がぬるぬると体に擦りつけられる。雛子の中で高まっていた快感がより増していき、無意識に快感を求めるように背を逸らし、気持ち良いところに当たるようにと腰を動かしてしまう。
 突き上げられては自らも腰を擦りつけ、時折は顔を寄せ合って深く唇を重ねて舌を絡め合う。

「ん、んぅ、は、あっ、颯斗……!」
「すげぇ良い眺め。雛子、俺もう……」
「わたしも、い……いきそ……。あっ、ふぅ……んんっ!!」

 自分も限界だと訴えようとするも、その瞬間に堪っていた快感が大きな波のように体を巡り、耐え切れずに言葉が嬌声に変わる。
 ぎゅうと颯斗にしがみついて体を震わせれば、彼もまた果てたのか一際強く抱きしめてきた。苦しいほどの強い抱擁、自分の体の下で颯斗の体が震えるのが伝わってくる。それすらも今はただ気持ちよく、快感の波を後押しする。

「……は、あ……ふぁ……」

 一気に駆け抜けた快感の余韻に耐えるように小さく体を震わせ、それが終わると体から力が抜ける。
 颯斗の体の上に乗ったまま全身の力を抜けば、苦しいほどの抱擁がゆっくりと和らぎ優しく背中を撫でてきた。片手では背を撫で、片手では髪を梳く。

「なぁ、気持ちよかっただろ?」
「……ん」
「雛子の会社の商品はどれも気持ち良くなれるし、幸せになる道具だ。そうだろ?」
「……颯斗?」

 彼の言葉に疑問を抱いて顔を上げればキスをされた。
 舌を絡めるような深いキスではなく、軽いキス。それを何度も。

「俺は気持ちよかったし、雛子と一緒に気持ちよくなれて幸せでもある」
「……私も、気持ちよかった。今も幸せ」
「だよな。つまり、雛子の会社はひとが気持ち良くなって幸せになる手伝いをする道具を売ってるって事だ」
「なにその強引な話。そのためにうちの商品を纏め買いしたの?」

 彼の体に身を預けたままふっと笑えば、颯斗がもう一度キスをしてきた。これは肯定の意味だろうか。
 それを目を瞑って受け入れ、唇が離れるとそっと彼の上から退いて横に寝そべった。擦り寄るように身を寄せて、今度は自分からキスをする。

「気持ち良くなって幸せになる手伝い……。そうね、ありがとう、颯斗」

 果てた後の心地良い疲労感、まだ熱の残る体に寄り添えば安堵も湧く。
 これは確かに幸せと言える。

(うちの会社の商品を使って、皆こんな風に気持ち良くなってるのね……)

 ぼんやりとそんな事を考える。

 今まで購入者アンケートの結果で顧客満足度が高いのは分かっていた。
『恋人と使って素敵な夜を過ごせた』『普段よりも大胆になれたし恋人にも喜ばれた』。他にも、一人で使った顧客からも『気に入って毎晩使っている』『道具は初めてだったけれど気持ち良くなれた』といった感想が寄せられていた。
 それらを見て自社の商品が好評な事を喜ばしく思っていたが、実際に使ってみるとアンケートに書かれていた言葉を実感する。

 みんな性的な快感を得て、果てた後にはこうやって程よい疲労感と甘い余韻を味わっているのだろう。
 それは必ずしも男女とは限らない。たとえば複数だったり、女性同士だったり、女性一人だったり。一応『女性向け』と謡ってはいるものの購入に制限はないのだから、男性同士の営みに使われたり、男性が一人で使っているかもしれない。

 商品の特殊差もあり、アンケートでもそこまで詳細は聞かないようにしている。
 だが購入者がどんな人物であっても、自社の道具を使って快感を得ているという事には変わらない。

「恥ずかしがって、親友に嘘まで吐いて、それが辛くて泣いて……。なんだか私一人で必死になって空回ってたみたい」
「でもそのおかげで、今俺はこうやって雛子と居られるんだけどな」
「そうね。私も颯斗に脅されたおかげで大事な事に気付けた」

 空回って傷ついたが、きっと無駄ではなかった。
 そう雛子が結論付ければ、同意なのだろう颯斗が穏やかに微笑んで額にキスをしてきた。
 そんな彼をじっと見上げる。

「ねぇ颯斗、……私、」

 颯斗の事が……。

 と、言いかけた言葉に、ぐぅぅとおかしな音が被さった。

 これは空腹の音である。
 きょとんと目を丸くさせれば颯斗も同じような表情をしている。

「私……、お腹すいちゃった」

 恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じながら告げれば、目を丸くさせていた颯斗がふっと噴き出して笑った。

「元々夕飯食べに行く予定だったもんな。俺も腹減ってきた。なんか頼もうぜ」
「ルームサービスのご飯って何があるの? あ、でも先に体を洗いたい。それと下着も新しいの買いたいし……」
「俺もこのままだと飯どころじゃないな。そうだ、せっかくだから酒も頼むか」

 二人ほぼ同時に起き上がり、サイドテーブルに置いたままのタブレットを手に取り覗き込んだ。


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