上 下
36 / 71

36:クリスマスプレゼント

しおりを挟む
 自宅に戻り、入浴と就寝の準備を終える。
 ベッドにごろんと横たわって携帯電話を弄っていたところ颯斗からの連絡が入った。
 電話のタイミングを窺ってくる彼に応じれば、すぐさま携帯電話が着信を知らせて振動しだす。

 まずは他愛もない会話を交わし、そして話題はクリスマスプレゼントへと移った。

『ありがとうな』

 颯斗の嬉しそうな声に、雛子は落ち着きを無くしながらも「うん」とだけ返した。
 電話越しの声はまるで耳元で囁かれているようで、気恥ずかしくなってしまう。

「でも、そんなに期待しないでね」
『期待って?』
「どんなのが好きかとか、そういうのまだよく分からないし……。それに私、プレゼントは予めなにが欲しいか聞く派なの」

 だから趣味に合わないものを買ってしまったかもしれない。そう前もって話しておけば、そんな雛子の不安を察してか電話の向こうで颯斗が小さく笑うのが聞こえてきた。
 変わらず明るい声で『大丈夫だって』と宥め、物よりも貰えたことが嬉しいのだと話す。
 その言葉に雛子はほっと安堵し、それほど喜んでくれることに胸を暖めた。……のだが、

『今の俺は最新オナホールでも面白コンドーム詰め合わせでも嬉しい』

 という言葉はどうかと思う。
 思わず眉根を寄せて、意味がないと分かっていても携帯電話を横目で睨みつけてしまう。

「……わかった、今後の参考にするわね」
『冗談だって。つまりそれぐらい嬉しいってこと。それじゃ、開けるから』

 まずは自分からと考えたのか、一言告げてからしばらく颯斗の声が聞こえなくなる。
 きっとラッピングを解いているのだろう。なんだか落ち着かない。
 そうして少し待つと、電話口の向こうから『カトラリー?』と小さな声が聞こえてきた。

 雛子が颯斗へのプレゼントに選んだのはカトラリー、ナイフやフォークのセットである。
 一口にカトラリーと言っても用途はもちろん質や値段もピンからキリまで。雛子が選んだのはデザート用カトラリーセットで、洒落たデザインをしている。
 選んだ際に相談に乗ってくれた店員曰く、食器系の業界では有名なブランドで、贈答品としても人気が高いのだという。数人分のセットがきっちりと並んだ様は食器ながらに高価な雰囲気があり、洒落た箱に入っていて見栄えも良かった。

「調理器具にしようかと思ったんだけど、よく分からないし、キッチンに色々と揃えてるでしょ。だから素人の私が選んでもなって思ったの。食器ならあっても邪魔にはならないし、冴島君や職場のひとと試作品とか作って食べる時に使って貰おうと思って」
『そっか、色々と考えて選んでくれたんだな。ありがとう。すげぇ嬉しい』
「……う、うん。それなら次は私が開けるね」

 穏やかな声色で素直にお礼を言われるとより気恥ずかしさが増して、それに耐え切れなくなって今度は自分の番だと枕元に置いていた紙袋から箱を取り出した。
 先程の颯斗に倣って一言告げて包装を開いていく。中から出てきたのは手のひらサイズの箱で、それを開けると……。

「名刺入れ?」

 箱から出てきたものをそのままに呟いてしまう。これもまた先程の颯斗のようではないか。
 だが雛子が呟いた通り、箱に入っていたのは名刺入れだ。革製で造りもしっかりしていて、それでいて重苦しさはない。落ち着いた色合いにさり気なくあしらわれたブランド名と留め具のベルトが洒落ている。右下には雛子のイニシャルも入っている。
 見惚れて「素敵」と呟けば、電話の向こうで颯斗が安堵したのが伝わってきた。

『前に名刺入れの蓋が緩んでるって言ってただろ。もしかしたら買い換えたかもしれないとは思ってたんだけどさ』
「蓋が……。そう、蓋が緩んでたの。でも買い換えてない。覚えてる限りでは、颯斗と出会ってからも三回は鞄の中で名刺が散らばってる」
『お前なぁ……、それによって俺に脅される羽目になったの忘れたのか?』

 颯斗の声に呆れの色が混ざる。電話の向こうでは溜息を吐いて肩を落としているのだろう。

 確かに颯斗の言う通り、雛子が使っていた名刺入れは蓋が緩んでおり、それにより鞄の中で名刺が零れ、結果的に颯斗に勤めている会社がアダルトグッズ会社だとバレてしまった。もと正せば原因はあの名刺入れだ。
 だが買い替えることなくそのまま使い続けている。気に入っていたわけでもなく、なんとなく買い替える機会を失っていたのだ。
 ……あと、やはり脅されているという意識が薄いせいもあるかもしれない。
 これで本当に脅されて無理やりに体を求められて泣く泣く応じていたのなら、その原因となった名刺入れなど見るだけで思い出すと直ぐに処分しただろう。

 だがそれをせず今日まで使い続けていた。
 三回ほど鞄の中で名刺を散乱させ、そのたびに「買い替えなきゃ」と話しながら。

「だって買物に行った時は忘れちゃうし、思い出すのは職場だし。それに一つのお店にそんなに多くは置いてないでしょ」

 だから、と言い訳じみたことを話せば、颯斗が『確かに』と同意を示してきた。

『まぁでも、見るのも嫌だからすぐに捨てたって言われるよりはマシだな』
「そんなことする関係ならそもそもクリスマスプレゼントなんて受け取ってないと思うんだけど」
『それもそうか』
「でも名刺入れのこと覚えててくれたのね。ありがとう、さっそく明日から持っていくね」

 素直に感謝を告げれば、颯斗がふっと軽く笑うのが聞こえてきた。
 次いで彼は『それに』と話を続けた。

『あの名刺入れ使ってまた同じような事になって、俺以外の奴に脅されたら困るだろ?』
「それって『俺にだけ脅されてろ』ってこと?」
『まぁ、そんなところだな』

 遠まわしでありながらも分かりやすい訴えに、雛子は思わず小さく笑ってしまった。

「そうね。さすがに二人から脅されたら堪らないから、脅されるのは颯斗だけにしてあげる」
『もしも誰かに脅されたらちゃんと俺に相談しろよ?』
「脅してる男とは思えない発言ね」
『お互い様だな』

 そんな会話を交わし、互いに笑い合う。
 しばらくは他愛もない会話を続け、夜も更ける頃、漂い始める甘い空気に浸って色濃い一時を過ごした。


 通話を終えた頃には日付はとうに変わり二十七日になっていた。
 クリスマスの翌日どころか翌々日だ。世間はもうクリスマスの飾りを撤去し、早いところでは年末年始に向けての飾りを出しているかもしれない。
 それでも程よい疲労と甘さを体に纏う雛子の気分はまだクリスマスで、自分の気持ちが浮かれていることを自覚しながらもゆっくりと目を瞑った。

「おやすみ、颯斗。メリークリスマス」

 ちょっと遅れたけど、と付け足して、枕元に置いた携帯電話と名刺入れに軽くキスをした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

瞬く星に見守られて~若き国王と娼婦の秘め事~

Cocytus
恋愛
若き国王陛下と娼婦の夜伽。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

番+メイド+ペット+肉便器

アズサ
恋愛
まぁまぁお金持ちの貴族の家の不義の家の子として生まれたソフィアは12歳になったある日、市民街に捨てられた、そんな時に当時14歳だった王太子であったルカディオが番であったソフィアを見つけ、、 クソみたいな話です。

アリアドネが見た長い夢

桃井すもも
恋愛
ある夏の夕暮れ、侯爵令嬢アリアドネは長い夢から目が覚めた。 二日ほど高熱で臥せっている間に夢を見ていたらしい。 まるで、現実の中にいるような体感を伴った夢に、それが夢であるのか現実であるのか迷う程であった。 アリアドネは夢の世界を思い出す。 そこは王太子殿下の通う学園で、アリアドネの婚約者ハデスもいた。 それから、噂のふわ髪令嬢。ふわふわのミルクティーブラウンの髪を揺らして大きな翠色の瞳を潤ませながら男子生徒の心を虜にする子爵令嬢ファニーも...。 ❇王道の学園あるある不思議令嬢パターンを書いてみました。不思議な感性をお持ちの方って案外実在するものですよね。あるある〜と思われる方々にお楽しみ頂けますと嬉しいです。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。史実とは異なっております。 ❇外道要素を含みます。苦手な方はお逃げ下さい。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇座右の銘は「知らないことは書けない」「嘘をつくなら最後まで」。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

小柄な先輩と普通の後輩

yua
恋愛
小柄な先輩より背やスタイルが良い後輩に 先輩が弱みを握られて後輩のおもちゃにされちゃう話です。 (小柄な先輩はロリっ子のイメージ) 高校2年生と高校1年生のお話し

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

処理中です...