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24:クリスマス商戦
しおりを挟む「あぁ、地獄だ。紛れもなく地獄だ」
そうはっきりと颯斗が断言してきたのは、後輩とのクリスマス談義から数日後。
場所はラブホテル……、ではなく颯斗の部屋。リビングのソファに座りお酒を飲みながら他愛もない話をしていたところ先日の話になり、今の颯斗の言葉である。
ちなみに今回も雛子は颯斗の服を着ている。大きめのパーカーで、袖も裾もだいぶ余るが部屋着としてはゆったりしていて着心地が良い。
だが今回もまたズボンは借りられなかった。もう少し寒くなったら本格的に文句を言おうと心に決めておく。
「クリスマスが地獄って、なんだかロマンの無い話ね」
「そう言うなって。うちの店は二十四日の早朝どころか明け方から仕込みして、二十五日の深夜まで臨時で店開くんだ。まさに地獄だろ」
「えぇ、まさか一日中! それを二日間も!? だ、大丈夫なの? そんなに働いて辛くないの……?」
「なんだ妙に心配するな。でも安心しろよ、さすがにぶっ通しじゃないし交代制だ。まぁ、手伝うために早出したり引き留められて残業するけど、そこらへんは本人の采配だし覚悟の上でのこの仕事だ」
だから平気だと話す颯斗に、雛子はほっと安堵した。
この心配しように颯斗が不思議そうに見てくるが、それに対しては「なんでもない」と返した。
「そういえば、合コンの時にも『これから地獄の季節』って言ってたもんね」
「九月か、あの時もう今年のクリスマス商品は決まってたな。その前にも全店共通のコンペがあったり、それに合わせて夏前から新作案出し合ったり……。考えてみると殆ど一年中クリスマスについて考えてるかもしれないな」
「一年中クリスマスかぁ……。響きは素敵だけど、美緒が聞いたら悲鳴をあげそうな言葉ね」
素敵なイベントの裏側とはどこもこんなものなのか。
そう味気ない話をしていると、颯斗がなにかを思い出したように話し出した。
「合コンの時に雛子もこの時期は大変だって言ってたよな。クリスマスプレゼントだっけ」
颯斗の言葉を受け、雛子の脳裏に合コンでの会話が更に蘇る。
あの場で雛子は自分の会社を『玩具会社』と説明した。いわゆる『大人の玩具』ではなく、『子供の遊具』としての玩具会社だ。
お店を出て駅へと向かう際も、さも子供向けの玩具会社に勤めているような口振りでクリスマスは大変だと颯斗と話したのだ。そしてその直後に真相が彼にバレて今の関係に至る。
だが『玩具会社』というのは嘘であっても、クリスマスが大変だという話は嘘ではない。
「うちだってクリスマス商戦で慌ただしくしてるんだもの、忙しいってことに関しては嘘は吐いてないわ」
「アダルトグッズの会社が忙しいのか?」
「そうよ。良いことを教えてあげるから覚えておきなさい。世間が恋に浮かれる時、同じように世間は愛にも浮かれてるのよ!」
はっきりと断言する雛子の言葉に、颯斗がきょとんと目を丸くさせ……、
「なるほど、確かにクリスマスはラブホテルが混むって言うもんな。恋に浮かれる時には愛にも浮かれてる……、これは真理だ」
と、わりと早く話を理解してくれた。
雛子もこれには素直にコクリと頷いておく。つまりそういう事なのだ。
「クリスマスに使うために買ったり、恋人にプレゼントしたりするんでしょうね。この時期頃からアダルトグッズがよく売れるのよ。だからそれに合わせて新商品を出したり、特集を組んだりするの。さすがにパティシエみたいに一年中クリスマスについて考えてはいないけど、この時期はうちにも大事な勝負時だから早く動いてるのよ」
「確かにそれは忙しそうだな。お互い冬は地獄ってことか。……もしかして、その地獄はクリスマスの後も続くのか?」
物言いたげな颯斗の問いに、雛子はじっと彼を見て、次いでふっと笑みを零した。
うんうんと深く頷くのは「皆まで言わずとも分かる」という意味だ。心なしか颯斗の瞳に期待の色が浮かんでいる。さながら同士を前にしたかのような期待の色だ。
彼が何を言わんとしているのかは理解出来る。なにせ多忙な時期はクリスマスだけではないのだ。
クリスマスが終わり、年が明け、そうなると……。
「バレンタインデーとホワイトデーでしょ。安心して、うちも地獄よ」
いったい何を安心しろというのか分からないけれど。
そう心の中で付け足しつつ、雛子の脳裏にこれからのスケジュールが浮かぶ。
クリスマス商戦が終わればすぐさまバレンタインデーに向けての企画が動き出す。そしてバレンタインデーが終われば今度はホワイトデーだ。
春の終わりまで多忙だと断言すれば、同志を得た喜びからか颯斗がぎゅうと抱き寄せてきた。
「そっちも大変なんだな。一緒に乗り切ろうな、雛子……!」
「うちの会社の商品って、女性向けを謡ってるだけあって全体的にデザインとかが明るめで買いやすいらしいの。だからプレゼントとか特別な日の為に……、って買うお客さんが多いのよ」
颯斗に抱きしめられながらも説明を続ける。
同士を得て感動しているのか颯斗が大袈裟に頷くためつられて雛子の頭も揺れた。
プレゼントにアダルトグッズと考えるとぎょっとされそうな話だ。贈るのがアダルトグッズだけとなると、雛子も売る側でありながらも「それは……」と躊躇ってしまう。下手すれば喧嘩別れしかねない。
だが実際の購入者は、本命のプレゼントは別にちゃんと用意している。本命のプレゼントを渡し、互いの想いを確認し、そしていざ……となった時に取り出す。
特別な夜に普段よりも少し大胆な事を……、というわけだ。
雛子の会社で扱っている商品はアダルトグッズと言えども洒落たデザインや可愛らしいデザインの物が多く、そういった特別な一夜のお供に選ばれやすい。
「そういうわけで、業界の中でもうちは忙しい方なの。まぁでも私は今年のクリスマス企画のメンバーには入ってないから、そんなに忙しいってわけじゃないんだけどね」
企画のメンバーに入らなければこれといった大きな仕事が増えるわけではない。
だが無関係というわけではなく、多忙になった企画メンバーのサポートや増えるネット注文の対応といった細々とした仕事が増える。結果的には企画メンバーに入らずとも忙しい日々を過ごすわけだ。
「それに、クリスマスは逃れたから多分バレンタインのメンバーに選ばれると思う。というか『今はゆっくりしていてね、今は』って社長から直々に言われたし」
「雛子の本当の地獄は二月か。いや、でも二月の商戦だから逆算すると……」
「やめて、逆算しないで!」
いや! と雛子が声をあげて手で耳を覆った。逆算、それすなわち地獄の始まりまでのカウントダウン。
拒否する様が面白かったのか、もしくは胸中を理解出来るのか、颯斗がクツクツと笑った。
「仕事の話はもうしない」という彼の提案に雛子はそっと耳を覆っていた手を放すことで応じる。わざとゆっくりと手を放すのは逆算を恐れているというアピールで、伝わったのだろう颯斗の笑みが強まる。
次いで彼は雛子の腰に手を添えると再び抱き寄せてきた。雛子も抗う気はないのでポスンと彼の腕の中に納まる。耳元にキスをされれば酔いもあってふわふわしてくる。
「しばらく忙しくて構ってやれなくなるけど拗ねるなよ?」
「またそういう事を……。こっちだって忙しいの。構って貰えなくて拗ねて、私の仕事のことを言い触らすなんて真似したらしょうちしないからね」
「そうだな。お互い拗ねずに頑張らないとな。……だからもう仕事の話は止めてベッドに行こうぜ」
腰を撫で、首筋にキスをして、耳元で囁いて誘ってくる。
くすぐったくて熱っぽい誘いに、雛子は仕方なく応じるという体を装い「分かった」と返した。
次いで促されるままに立ちあがり……、
「試したいもの持ってきたの!」
そう告げて、部屋の一角に置いていた鞄へと駆け寄った。
「仕事の話は止めようって言ったよなぁ」
そんな颯斗の呆れの言葉を聞きながら。
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