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27:更衣室の世間話
しおりを挟む喫茶店からマンションまでの道のりは何通りかあるが、乃蒼が把握しているルートは駅を通り抜ける一本だけだという。
凪咲はその道を通ってマンションまで向かい、管理人に乃蒼が戻ってきていないかを確認した。だが乃蒼はまだ戻ってきていないらしい。管理人も随分と心配しており、マンションの周りを確認しなにかあればすぐに連絡をすると言ってくれた。
そうして今度はマンションから武流が勤めている病院までの道のりを辿る。その間にも武流と連絡を取っているが、やはり乃蒼はまだ見つかっていないらしい。
「乃蒼ちゃん、どうして一人で病院を出ちゃったんでしょうか」
そう凪咲が呟くように口にしたのは病院の裏口。乃蒼は見つからず病院まで辿り着いてしまったのだ。
武流は誰が見ても分かる程に焦りを抱いており、走って探し回っているのだろう冬場だというのに汗を掻いて熱そうにしている。それでいて顔は青ざめている。乃蒼のことはもちろんだが、彼のことまで心配になりそうなほどだ。
彼の隣では静香も居り、彼女もまた青ざめた表情でいつどこから連絡がきても取れるようにと携帯電話を握りしめている。久しぶりの再会ではあるが挨拶をしている余裕も互いにない。
「院内には大きめの休憩室があって、乃蒼は熊谷さんが来るまでそこで待たせていたんです。俺も何度も顔を出していたし、乃蒼のことを知っている人達はみんな気に掛けてくれていました。それが、看護師の一人が見に行ったら乃蒼の姿がなくて……」
「それで武流さんに教えてくれたんですね」
休憩室には乃蒼の姿も、ましてや上着やリュックサックも無かったのだという。
仮にトイレのために席を立ったのであればそれらは置いていっているはずだ。それをおかしいと感じた看護師は近くのトイレを探し、そしていないと分かるとすぐに武流に伝えに来てくれたのだという。
その後、院内や周辺を探し、マンションの管理人に連絡を取り、凪咲にも連絡を入れて今に至る。何時に乃蒼が休憩室を出て行ったのかは分からないが、少なくとも凪咲に連絡をしてから既に一時間は経過している。
既に警察も数人来ており、周辺の捜索に協力してくているという。
「あまり考えたくないんですが……、たとえば、誰かが乃蒼ちゃんを連れて行ったりは……」
不穏な話だと自覚しながら凪咲がその可能性を口にすれば、武流も考えてはいたのだろう眉根を寄せて元より焦燥感を漂わせていた表情に影を落とした。
だが休憩室は建物の奥にあり、関係者以外は立ち入り禁止となっている。病院という場所ゆえ患者や無関係な者が入ることは無理に等しい。
それに無理やりであれば乃蒼は嫌がり周囲が気付くだろうし、武流か静香以外には呼ばれても着いていかないようにと言い聞かせられている。誰かが連れて行った、誰かに着いていってしまった、という可能性は低い
それならやはり乃蒼は自らの意志で病院から出て行ったのか。
だとしたらどこに……。
焦りと不安から息苦しさすら覚え、それでも今はその感覚に囚われている場合ではないと胸元をぎゅっと強く握る。
今はまず乃蒼を探すことだ。
そう考えていると、「あの……」と声を掛けられた。若い女性看護師が三人、困惑した表情で立っている。
「間宮先生……、もしかしたら、娘さんですが……、その……」
歯切れの悪い口調で女性達が何かを伝えようとする。
武流もさすがに彼女達に問い詰めることは出来ないのだろう、それでも「どうしたんですか」と話の続きを促している。
「もしかしたら、姪御さんが居なくなったの……、私達の話を聞いたからかもしれないんです……」
「乃蒼が話を……? 何の話をしていたんですか」
「私達、悪気があったわけじゃないんです。ただ、姪御さんが休憩室で一人で居るのを見て、それで」
しどろもどろになりながら、それでも三人の女性達が事情を話し出した。
その時、彼女達は院内の更衣室で話をしていたという。
他愛もない会話。年頃の女性達だけあり話題は恋愛や結婚についてとなり、そして院内の男性なら誰が良いかというものになっていった。
本気の恋愛相談ではない。ただの雑談。あの人が良い、この人はどうだ、その人はこんな噂が……と、誰だって一度や二度はしたことのある会話だ。
そんな話の中で、武流の名前が挙がった。
患者からの評判も良く、看護師や院内スタッフに対しても親切に接してくる。性格は優しく温厚で、知的な見目と凛々しい顔付き、時には柔らかに微笑む。背が高くスタイルも良く、モデルや俳優と言われても通じそうな外見。更には腕もよく勤勉家で仕事も熱心にこなしている。
性格も見目も、申し分なしどころか最上級と言える。となれば女性達が憧れを抱くのは当然。……なのだが、その時に『でも』と意見があがった。
『でも、間宮先生って姪を養子にしてるんでしょ? それってさすがに無理だよね』
と、その発言に続いて結婚は有りえないと話が続く。無遠慮な会話は自分達しかいないという油断があったからだろう。
それに彼女達は見たところ二十代前半。六歳の乃蒼を育てる武流を結婚対象に見るのは難しいのだろう。
彼女達の話は分かるし、身内だけならばそういった俗っぽい話になってしまうのも分かる。
だけど……。
「その時になにか物音がしたんです。もしかしたら、それを聞いて……」
だから乃蒼が居なくなってしまったのかもしれない。
そう話す女性達は青ざめており、自分達の迂闊な発言を心から悔いているのが分かる。揃えたように武流に対して謝罪をし誰もが泣きそうな表情だ。
だがその話を聞いた武流も同様に青ざめている。むしろ武流の方が信じられないと言いたげな様子で、「そんな」と小さく呟いた。
「乃蒼が、それを聞いて……」
もしも仮に乃蒼がその話を聞いて居なくなったとしたら、それはつまり己が武流の邪魔になると考えて姿を消したという事だ。
青ざめていた武流の表情が辛そうなものに変わる。
そんな彼に対して、凪咲は「武流さん!」と呼んで、彼の手を強く握った。指先が冷たくなっている。
「今は理由を考えている場合じゃありません。一刻も早く乃蒼ちゃんを見つけてあげないと!」
「……凪咲さん」
「その話を聞いて乃蒼ちゃんが居なくなったなら、家に帰っている可能性は低いかもしれません。どこか他の場所に……例えば、乃蒼ちゃんが行きそうな場所はありませんか? 幼稚園とか!」
「幼稚園……、そうですね。もしかしたら先生に相談しようと考えたかもしれません」
「行ってみましょう!」
仮に乃蒼が既に幼稚園に到着していれば武流に連絡がいくはずだ。その連絡はまだ入っていない。
だが病院から幼稚園までは遠く、今は道の途中かもしれない。うろ覚えの道で途中で迷子になっている可能性だってある。
ここで乃蒼が居なくなった原因について話しているよりも行動すべきだ。
「熊谷さん、病院に残って何かあったら連絡してください」
武流が静香に頼めば、彼女は当然だと頷いて返してきた。原因となった看護師達も青ざめながらも協力を申し出てくる。
そんな彼女達に病院での事を託し、凪咲は武流と共に乃蒼を探しに病院を後にした。
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