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19:家族

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 そうしてしばし乃蒼と亮也がメルティララトークに花を咲かせるのを横目にこちらも話をしていると、兄の正樹が「そういえば」と何かを思い出した。

「亮也が、凪咲に裏切られたってずっとグチグチ言ってたな」
「えぇ、私が亮也兄さんを? なにもしてないよ」

 実に覚えのない話に凪咲が疑問を口にすれば、ちょうど乃蒼と話し終えた亮也がこちらの話題に気付き、不満そうに「裏切りだ」と訴えてきた。
 もちろん凪咲は兄を裏切るような事はしていない。兄妹仲は良いと自負しているぐらいだ。
 だがそんな凪咲の目の前に、亮也が携帯電話を突きつけてきた。画面に写っているのはソーシャルゲーム。凪咲もやっているもので、亮也とはフレンドになっている。

「なにこれ、亮也兄さんからみた私のプレイヤー情報?」
「俺の推しの限定SSRをサポートに入れるなんて、これは俺が引いていないことへのマウントだろう……」
「えぇ!? 私はただこれ使えるようにしたら亮也兄さんが喜ぶだろうと思って設定しただけだよ」
「いいや、違う。これはマウントだ……。無課金なのに俺の最愛を手に入れて……」

 亮也の口調は随分と恨みがましい。本気で凪咲が見せびらかしていると思っているのだろう。
 思わず凪咲が「そんなぁ」と情けない声をあげれば、聞いていた正樹が「落ち着け二人とも」と宥めてきた。

「お客さんがいるのに兄妹喧嘩なんてするなよ」

 正樹の言葉は尤もである。
 だがこれに対して凪咲と亮也は、

「SNSに筋肉の写真を流す人に言われたくないわ」
「SNSを開くたびに兄弟の筋肉写真を見せられる俺達の身にもなれ」

 と、ほぼ同じタイミングで不満を訴えた。
 ついでに凪咲はささっと携帯電話を操作してSNSを開き、正樹に見せつける。

 ドールの趣味アカウントだけあり、凪咲のリストには可愛らしいドールの写真で溢れている。
 愛らしい顔付きでふわふわのドレスを着る女の子のドール。格好良い顔付きでスマートな着こなしをする男の子のドール。幼い顔付きも居れば大人びた子もいる、動物や商業キャラクターのドールもある。どれも華やかで愛が感じられる写真達だ。
 だがその中に時折、肌色の写真が紛れている。セクシーな衣装を着るドールではない。生々しい男の肉体、自宅の鏡で撮ったのか逞しい筋肉を更に強調したポーズ。
 言わずもがな正樹である。愛らしいドール達の中に紛れ込むとよりいっそう違和感を覚える。これが兄なのだからなおさら。

「私のSNSを汚しておいて、なにが兄妹喧嘩は恥ずかしいよ。他人のSNSに裸体をさらすほうが恥ずかしいわ」

 凪咲が訴えれば、正樹は悪びれる様子無く「俺の界隈じゃ普通のことだ」と言い切った。それに対して凪咲と亮也が呆れの表情を浮かべる。
 そんなやりとりの中、クスクスと笑う声が聞こえてきた。それも二人分。
 見れば武流と乃蒼が楽しそうに笑っている。彼等は自分に視線が集まっていることに気付くと、武流は笑うのをやめて「すみません」と謝罪の言葉を口にしたが、乃蒼はまだ口に手を当てて肩を揺らしていた。

「笑ってすみません。ただ、なんだか賑やかで。俺も二人兄弟だったから口喧嘩はよくしましたが、三人になると言い争いが混ざってこんな風になるんだなと思って」

 最初は正樹と凪咲が話し、亮也が凪咲を恨んでいるという話題だった。それをもとに亮也が凪咲にソーシャルゲームの恨みを話し、凪咲が困惑する。そんな二人を正樹が宥め、かと思えば亮也と凪咲の正樹に対しての不満が爆発した。
 敵味方が入れ替わるやりとりは凪咲にとっては日常的なものなのだが、どうやら武流には新鮮に感じられたらしい。
 さらには乃蒼までもがくすくすと楽しそうに笑って凪咲を呼ぶ。

「凪咲お姉様、普段は大人だから落ち着いてるのに、なんだかここに居ると乃蒼と同じ子供みたい」
「そ、そうかな……。兄さん達と一緒だとどうしても子供の時みたいになっちゃうのかも」
「昔からそうだったの?」

 乃蒼がコテンと首を傾げる。
 それに対しての返事は凪咲や兄達ではなく、凪咲の母からだった。
 二人ぶんの紙コップを手にしており、武流には暖かなお茶を、乃蒼にはホットレモネードを手渡す。凪咲達に対しては「自分で買ってきなさい」と告げるあたりがなんとも母親らしい。

「昔からこの子達は変わらなくて、いっつも騒いでたのよ。静かな時と言えば、凪咲が人形遊びをして、亮也がアニメを見て、正樹は見よう見まねのトレーニングをしてる時で……。本当、うちの子達は昔から変わらないし、変わらないまま仕事してるわ。ここまで揃ってるとさすが兄妹だと思えてくるわね」
「でも……、私、凪咲お姉様は違うおうちから来たって聞いたの」

 自分のことと重ねて話題にしにくいのか、乃蒼がつたない語彙力ながらに話す。
 それに対して凪咲の母は穏やかに微笑み「凪咲もうちの子よ」と返した。
 それは乃蒼を励ますための口調でもなく、他者からの指摘に反論するものでもない。ただ事実を事実として話しているだけの、強さも意志もさほどない、断言とすら言えない、心からそう思っているからこそ自然と口から出た言葉だ。

「凪咲お姉様もお母様の子……?」
「そうよ。私が育てて、一緒に生きてきたの。その時間はけっして嘘を吐かない。正樹も亮也も、凪咲も、私の大事な家族よ」

 穏やかに微笑んで話す凪咲の母を眺め、次いで乃蒼が視線を向けたのは武流だ。
 乃蒼の言わんとしていることを、そして求めていることを察したのだろう、武流が「おいで」と優しく乃蒼を呼ぶ。それを受けた乃蒼がちょこちょこと武流に近付き、足下にぎゅっと抱きついた。
 武流の手が優しく乃蒼の頭を撫でる。

「乃蒼、いちご飴食べたい」
「さっき売ってたな。買いに行こうか」
「……抱っこで行きたい」

 ぎゅっと抱きついたまま乃蒼が強請る。
 それに対して武流が断るわけがない。了承の言葉を口にするやすぐさま乃蒼を抱き上げた。
 武流の首にぎゅっと抱き着いた乃蒼が今度は凪咲へと視線を向けてくる。

「……凪咲お姉様も一緒が良い」
「私も? 良いよ。一緒に買いに行こう。私も食べようかな」

 一緒にと望んでくれる乃蒼が可愛く、もちろん凪咲もこれに応じる。
「行ってくるね」と家族に告げ、乃蒼を抱っこした武流と共に屋台の集まる方へと歩いていった。


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