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16:二度ある事はと言いますし
しおりを挟む『二度あることは三度ある』という言葉がある。
その言葉を凪咲は頭の中で何度も繰り返しながらドラッグストアの一角で佇んでいた。
目の前には目薬コーナー。といっても別に目薬で悩んでいるわけではない。悩みの種は現在地から更に棚二つ奥にあるコーナーだ。
ちら、と視線をそちらに向ける。ついでにそそ……と近付き、前を通り過ぎ、そして移動する。
一見すると買物の最中に棚の前を通ったぐらいに見えるだろう。
だがよく見ると特定の棚の前を通りすぎる時だけ少し足取りが遅く、そしてちらちらと横目で棚を見ているのが分かる。幸いそれに気付く者はここにはいないが。
平日の日中だけあり客は少なく、店員もレジと品出しで別の場所にいる。凪咲が挙動不審気味な動きをしても気に掛ける者はない。
天井に設置た監視カメラだけは気になるが、きっと何の棚かを理解すれば納得してくれるだろう。そう信じておく。
目当ての棚には小さな小箱が並べられている。
一見するとタバコのように見えるだろう。中には煌びやかだったり鮮やかな色合いの箱も有り、かと思えば黒字に灰色で数字だけが書かれた物もある。派手な色合いや可愛らしいデザインのものは食料品コーナーにあればお菓子と思われるかもしれない。
だがこれはタバコでも無ければお菓子でもない。
……コンドーム、いわゆる避妊具である。
「……買っておいた方が良いんだよね」
と、誰にも聞かれないようにポツリと呟き、再びそそ……と近付こうとし、別の客が通り過ぎたため慌てて踵を返して別の棚へと向かった。
一度目の夜、更に先日、武流とは既に二度も体を重ねている。
どちらも避妊具は使っていない。二度目は武流は気を遣ってくれていたが、我慢が出来ずに凪咲から求めてしまった。
日にちから考えて大丈夫だと判断したうえだ。だが安全日というものが絶対に安全というわけではなく、武流は何かあれば責任を取ると言ってくれたが、その言葉に楽観視するわけにはいかない。
「私が持ってたら変に思われるかな……。期待されてるって思われたらどうしよう……」
もしも仮に三度目があったとして、コンドームを出したら武流はどう思うだろうか。
一度目は酒に、二度目は空気に溺れて事に及んでしまった。軽い言葉ではあるが成り行きというもので、お互い予期せぬ夜だった。
だがコンドームを用意していたとなれば『予期せぬ夜』とは言い張れない。三度目を想定していた事になる。
でも、だけど……。
三度目を期待しているのも事実なのだ。
「……よし、買おう!」
覚悟を決めて、コンドームが並べられているコーナーへと向かう。
……もっとも、買うと覚悟を決めたはいいものの、今度はサイズや薄さという問題が浮上し、かといって箱を手に取ってまじまじと見比べるわけにもいかず、その後も二度ほど不自然に棚の前を行き来することになったのだが。
◆◆◆
買物を終えて自宅に戻る。
コンドームは寝室のヘッドボードの引き出しに隠した。普段、凪咲の家で武流の帰宅を待つ際にも、乃蒼は言いつけを守って不用意に物を漁ったり寝室や仕事部屋に入ろうとしない。
時折「お人形見せて」と許可を求めてくることはあるものの、人形どころかキャビネットのガラスにさえも触れず、まるでショーウィンドウを眺めるようにうっとりとするだけだ。
ゆえにコンドームの箱をどこに置いても、乃蒼がそれを手に取り、ましてや開けるような事はないだろう。それが分かっても出来るだけ遠ざけたいと思ってしまうのは人間の真理である。正直に言えば、幼い乃蒼とコンドームを同じ家の中に存在させることすらも罪悪感を抱かせる。
それと……、と、チラと壁に掛かっているサコッシュに視線をやった。
このサコッシュは間宮家に行く時に使っているものだ。
子供を預かりに行くとはいえ同じマンション内の隣家。なにか忘れ物があればすぐに戻って来られるし、そもそも食事や飲み物は全て武流が用意してくれている。
持っていくものは携帯電話と家の鍵ぐらい。ゆえに間宮家との行き来のためにとサコッシュを買って愛用している。
「これに、ゴムを……。でも乃蒼ちゃんに見つからないようにしないと」
乃蒼はサコッシュの中を勝手に見たりなどはしないだろう。他人の荷物に触れる時は必ず許可を求める子だ。
だがふとしたタイミングで中身が零れてしまい、その中にコンドームがあったら……。何も知らない乃蒼は善意で拾ってくれるだろう。更にそれが武流の居る場所でなんて事になったら……。
さぁ、と凪咲の中で血の気が引いた。
想像だけで絶望感と罪悪感が胸に湧く。
「な、なにかポーチに入れておかないと!! それに内ポケットに!」
念には念を入れないと! と、慌てて手頃なポーチは無いかと棚を開けた。
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