上 下
16 / 36

16:二度ある事はと言いますし

しおりを挟む
 

『二度あることは三度ある』という言葉がある。
 その言葉を凪咲は頭の中で何度も繰り返しながらドラッグストアの一角で佇んでいた。
 目の前には目薬コーナー。といっても別に目薬で悩んでいるわけではない。悩みの種は現在地から更に棚二つ奥にあるコーナーだ。
 ちら、と視線をそちらに向ける。ついでにそそ……と近付き、前を通り過ぎ、そして移動する。

 一見すると買物の最中に棚の前を通ったぐらいに見えるだろう。
 だがよく見ると特定の棚の前を通りすぎる時だけ少し足取りが遅く、そしてちらちらと横目で棚を見ているのが分かる。幸いそれに気付く者はここにはいないが。
 平日の日中だけあり客は少なく、店員もレジと品出しで別の場所にいる。凪咲が挙動不審気味な動きをしても気に掛ける者はない。
 天井に設置た監視カメラだけは気になるが、きっと何の棚かを理解すれば納得してくれるだろう。そう信じておく。


 目当ての棚には小さな小箱が並べられている。
 一見するとタバコのように見えるだろう。中には煌びやかだったり鮮やかな色合いの箱も有り、かと思えば黒字に灰色で数字だけが書かれた物もある。派手な色合いや可愛らしいデザインのものは食料品コーナーにあればお菓子と思われるかもしれない。

 だがこれはタバコでも無ければお菓子でもない。
 ……コンドーム、いわゆる避妊具である。

「……買っておいた方が良いんだよね」

 と、誰にも聞かれないようにポツリと呟き、再びそそ……と近付こうとし、別の客が通り過ぎたため慌てて踵を返して別の棚へと向かった。



 一度目の夜、更に先日、武流とは既に二度も体を重ねている。
 どちらも避妊具は使っていない。二度目は武流は気を遣ってくれていたが、我慢が出来ずに凪咲から求めてしまった。
 日にちから考えて大丈夫だと判断したうえだ。だが安全日というものが絶対に安全というわけではなく、武流は何かあれば責任を取ると言ってくれたが、その言葉に楽観視するわけにはいかない。

「私が持ってたら変に思われるかな……。期待されてるって思われたらどうしよう……」

 もしも仮に三度目があったとして、コンドームを出したら武流はどう思うだろうか。
 一度目は酒に、二度目は空気に溺れて事に及んでしまった。軽い言葉ではあるが成り行きというもので、お互い予期せぬ夜だった。
 だがコンドームを用意していたとなれば『予期せぬ夜』とは言い張れない。三度目を想定していた事になる。

 でも、だけど……。

 三度目を期待しているのも事実なのだ。

「……よし、買おう!」

 覚悟を決めて、コンドームが並べられているコーナーへと向かう。

 ……もっとも、買うと覚悟を決めたはいいものの、今度はサイズや薄さという問題が浮上し、かといって箱を手に取ってまじまじと見比べるわけにもいかず、その後も二度ほど不自然に棚の前を行き来することになったのだが。


 ◆◆◆



 買物を終えて自宅に戻る。
 コンドームは寝室のヘッドボードの引き出しに隠した。普段、凪咲の家で武流の帰宅を待つ際にも、乃蒼は言いつけを守って不用意に物を漁ったり寝室や仕事部屋に入ろうとしない。
 時折「お人形見せて」と許可を求めてくることはあるものの、人形どころかキャビネットのガラスにさえも触れず、まるでショーウィンドウを眺めるようにうっとりとするだけだ。
 ゆえにコンドームの箱をどこに置いても、乃蒼がそれを手に取り、ましてや開けるような事はないだろう。それが分かっても出来るだけ遠ざけたいと思ってしまうのは人間の真理である。正直に言えば、幼い乃蒼とコンドームを同じ家の中に存在させることすらも罪悪感を抱かせる。

 それと……、と、チラと壁に掛かっているサコッシュに視線をやった。

 このサコッシュは間宮家に行く時に使っているものだ。
 子供を預かりに行くとはいえ同じマンション内の隣家。なにか忘れ物があればすぐに戻って来られるし、そもそも食事や飲み物は全て武流が用意してくれている。
 持っていくものは携帯電話と家の鍵ぐらい。ゆえに間宮家との行き来のためにとサコッシュを買って愛用している。

「これに、ゴムを……。でも乃蒼ちゃんに見つからないようにしないと」

 乃蒼はサコッシュの中を勝手に見たりなどはしないだろう。他人の荷物に触れる時は必ず許可を求める子だ。
 だがふとしたタイミングで中身が零れてしまい、その中にコンドームがあったら……。何も知らない乃蒼は善意で拾ってくれるだろう。更にそれが武流の居る場所でなんて事になったら……。

 さぁ、と凪咲の中で血の気が引いた。
 想像だけで絶望感と罪悪感が胸に湧く。

「な、なにかポーチに入れておかないと!! それに内ポケットに!」

 念には念を入れないと! と、慌てて手頃なポーチは無いかと棚を開けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

処理中です...