生命の宿るところ

山口テトラ

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生命が宿った者たち

死なない男の物語 最終話

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 死なない男の物語 最終話




 サカグチクン

 最初はなんて言っているのかさっぱりわからなかった。聞き覚えのあるリズム、トーンで奏でられるその音は全く別の異国の言葉とさえ思えた。

 さかぐち……くん

 ようやく咀嚼できた気がする。さかぐち……この言葉をよく知っている。どんな言葉よりも比べ物にならないほど聞いてきた。そして俺の口から喉から何回も出てきたのを覚えている。

 坂口……くん

 そうだ名前だ。俺の名前だった。坂口というのは俺の名前で苗字にあたる部分である。たくさん聞くのも当たり前だ名前なのだから一日には必ず一回は聞くだろうからな。
 そんな俺の名前を仕切に呼んでいるのは誰だ?
 
 坂口君………。

 微かに聞こえたその声の主ははっきりとはわからなかった。でも知っている人間なのはわかっていた。漠然とだがそう思うのだ。
 
 さようなら、坂口君。先に待ってるわ。

 その誰かに頬を撫でられた。柔らかい感覚が頬に伝って自然と安心感すらも覚える。
 さようなら、その言葉にどんな意味が含まれているのか。きっと生死に関わる何かには間違いない。俺の瞼の向こう側にいる声の主はきっと死んでしまうのだろう……だから残ってしまう俺にはさようなら、待っていると告げたのだろうか。

 起きろ。

 声の主人が変わった。さっきまでの優しい声ではなかった。鋭い棘があるような辛辣な声だったこれはわかる男の声だ。そしてこの世で一番知っている声……そう俺自身の声だった。

 目を覚ますんだ。お前はまだ残っている。

 目を覚ます?残っている?一体どういう意味なのだろうか。

 お前はまだここにいる。

 まだここにいる、目を覚ます、まだ残っている………なんだか嫌なことを思い出しそうだ。
 
 あんたは死んでいない。生きているんだ。

 そうだ……俺は………澪と………澪と…………。
 首を吊ったんだった。


 瞼が開いた。
 今の状況が一瞬にしてわかった。俺は澪と一緒に首を吊ったんだ。
 周りを見渡そうとしたが首が動かないことに気がつく。よくよく見てみれば宙に浮いているではないか。いや、宙に浮いているわけではなかった……首に……まだロープがかかったままだ。俺はてっきり自殺に失敗してしまったのではないかと思ったのだがそうではなかった。首は確かに吊った、でも死ななかったんだ。
「ああ………うぐっ………」
 ダメだ、首にロープがかかって声が出ない。
 死に物狂いで手足をばたつかせた。
 いろんなものが足に当たってガシャガシャと音を立てながら落ちたり崩れたりしてしまったがなんとかロープは体重に負けてちぎれてしまった。
「はあ……はあ………」
 一体何が起こっているんだ。確かに首にはロープがかかっていたし足は地面についていなかった。なのに苦しいだけでそれ以上でもそれ以下でもなかった。ちょっと首にものが絡まっている程度でなんともなかった。
 こんな状況に困惑を隠せないまま周りを見渡した。
 机の上にあったコップ、文具がそこら中に散らばっていた。無惨にちったコップの破片を眺めているうちに違和感を覚えた。
 そうだ。ここは俺の家じゃないし、このコップに注がれていた水を飲んでいたのも俺ではない。それでは果たしてここのものたちは一体誰のものだろうか。
 それは考える必要もない、澪のものだ。それでは次に彼女自身はどこに行ってしまったのか。再度周りを見渡す。そして視界の端に見えたものに言葉にならないほどの不安を覚えた。
 澪と俺は首を吊った。失敗してしまったのかと思ったがあれほどの時間宙に浮いていたにも関わらず生きていたのは俺だけだとしたら………彼女は今頃………。視界の端に映ったものを中心にとらえた。
 ああ、足だ。何者かの足だった。一、二、三、四、五、しっかりと五本の指がついている足が右と左で存在していた。その二本は風に揺れるカーテンみたくゆらゆらとひとりでに揺れていた。流れるように足に続くものに目を動かす。
 彼女は制服を着ていた。自分の家だというのに制服でいるのは不自然に思えた。そんな制服のスカートからのぞかせる白い太ももやふくらはぎや膝………普段黒いタイツしか履いている姿しか見ていなかったからこうして彼女の足を見るのは不思議な気分だ。いろんな箇所に刻まれた激しく痛々しい一生消えない傷跡、何回見ても可哀想だという気持ちが溢れてしまうほどの惨劇。それ以上はスカートに隠れて続いては胴の方へ上がっていった。
 胴の部分は至って普通だった。学校に行けばこれと全く同じ制服っを着ている女子はごまんといるのだ。正直顔を隠されてこの制服だけ見せられたら誰でもその人物が何者であるかは見当もつかなくなるだろう。そんな胴体の制服はスカーフをつけていた。
 次に腕を見た夏服だから袖は短くその病的に白い肌を纏った細い腕はすらっと綺麗に伸びて見えた。相変わらず心配になるほどの白さだ、こう見えても小学生の頃の澪はよく俺と外で遊んでいたから黒く日焼けしていたほとんどは俺が走り回っているのに彼女が離れずついてきていただけだったが、まあそんな彼女がここまで白くなるとは思わなかった。そこが唯一の救いか彼女の腕には消えない傷は刻まれていなかった。ただ単に見えるところに傷はつけまいとした邪悪な心を持った義理の父の人物像が垣間見えた瞬間とも言える。
 そしてとうとう胴体まで上り詰めてしまった。意を決して見上げた。
 まず最初に目に飛び込んできたのは首だった。ロープが首に酷く食い込んでしまい変色していた。思わず目を細めてさらに上を見た。
 しかし不思議と顔はどうともなかった。いやどうもなかったということはつまり不可解なのだが彼女はまるでこの世界から解放されて幸せという具合に安楽死のような全く自然な顔をしていた。この状況が首吊りではなかったらただ眠っているのではないかと勘違いしてしまうほどに綺麗だった。
 だが俺は気づいてしまった。これは彼女の能力に違いない。最後まで俺にとって俺の知る清澄澪であってほしいという彼女の願いが具現化した姿なのかもしれない。出なければこんな顔で自殺する人間がいるものか。
 目を擦って再度彼女の顔を見た。
 やはりそうだった。彼女の顔はこの変色してしまった首に見合うほどの惨劇を写していた。思わず目を背けてしまった。目を擦ってしまったことを後悔した。あのまま美しい顔のままでいられたら幾分お互い幸せだっただろう。だが事実を知らないままではいけない気がした時、反射的に目を擦ってしまっていた。
 その後の俺はというと何回も首を吊った。彼女の隣で何回もロープを作り何回も何回も何時間も何時間もかけた。しかし俺には死ぬことなんてできなかった。いつもギリギリで目を覚ましてくるのだ。どこかしら俺の声に似た誰か目を覚ましてくる。無視を決め込んだ時もあったがまるで意味がなかった。無視しても自然と目が開く。
「もうだめだ…………」
 最後の気力を振り絞って澪の死体を下ろしてベットの上に寝かせた。
 地面に転がった文具や物はきれいに片付けてうる覚えに並べた。バラバラに散ったコップも勝手に箒をかりて塵取りで回収して邪魔にならないところに放置した。それがせめてもの俺からの謝罪だった。一緒についていけなかった澪に対しての謝罪。

 †

 それからの俺はあの学校で進級もして最高学年までいった。周りの生徒たちが進学やら就職やらの話で忙しい中俺はあることをしていた。
 それが心中だった。毎月十三日の十七時に行われるこの学校の噂とされる心中事件の犯人はこの俺だった。その噂によって集まってくる人間は想像以上に存在していた。集まってくる人間は皆死にそうな顔をしていた、事実今から死ぬことになるのだから間違ってはいないのだがな。しかし澪ほどに死の香りのする人間は今のところ見たことがない。
 なぜこんなことをしているのかというと、澪みたいにこの世に絶望している人間を解放するというのも理由の一つだった。でも本当の理由は俺と同じ人間を探すためだ。
 俺と同じ能力を持つ人間がいるのではないかと囁かな願いを込めての行為だった。実際俺のこの能力の発現は死という衝撃によって引き出されたのだ。だから皆衝撃を受けないから目覚めていないだけでこの才能があるわけだ。なら引き出すためにはこの行為がいちばんのものだと感じた。
 そうだ、俺は寂しいんだ。この世で唯一自殺ができない俺は寂しくて仲間を探し求めたいるんだ。寂しいから仲間を探すのはいけないことなのだろうか。少なからず俺は間違いだとは思っちゃいなかった。
 心中をする直前の女子に一度喋ったことがあった。いつもは必要最低限の会話以外はしないようにしている。じゃないと情が湧いたらお互い気まずくなってしまうだろうから、でもそんな考えの俺が喋ろうと思ったわけは………知りたかったんだろうこの理不尽な世の中で生きている俺たちのことを他の人間に知って欲しかったんだろう。
 呆然と空を眺める女子は俺よりも背丈が低かった。彼女の顔を見ようとするなら下に見える地面も同時に見ることとなってしまい不気味だった。
「なあ、知ってるか?」
 急に喋りかけられて女子は戸惑っていた。
「な、なに?」
 どうやら俺に怯えているようだった。それはそうだろうこの噂できた人間なら少なからず俺が不死身の人間であると知った上できているのだから、不死身の人間が現実離れしていて怖いのだろう。
「この学校は少しおかしいんだ。だってこんなに死人が出ているのにも関わらず休校にすらならないし、いまだに閉校にすらならないんだぜ?これはいろんな人間の力が関わってできた歪みだよ。じゃなきゃおかしい」
 なんのことだかさっぱりわかならないと言った顔をしていた。まあ仕方ない別に理解を求めていたわけでもなかったしな。
「この洽崎も本当は一つの能力によってできた世界かも、なんてな。まあ少なからず人の記憶いじくれる人間が平然と紛れ込んでるこの街はとうの昔に死んでるよ」
 彼女は最後まで変な顔をしていた。そしてそのすぐに飛びとりた。

 彼女もハズレだった。

 †

 ようやくにして天罰が降る時が来た。それは珍しく男子が来た時のことだった。そいつは一個下の二年生だった。
 そいつを見た時に俺は目を疑った。まるで澪そっくりだった。それは雰囲気が似ているとか死のにおいがするとかそういう次元の話ではないく、そっくりというのも変な表現だと思わせる澪そのものだった。
「澪……いや違う。彼女は死んだはずだ」
 案の定そいつはだんだん澪の皮が剥がれていき雰囲気が似ている程度の男子に見えた。
 焦りを落ち着かせて、彼といつのもルーティーンとしている会話をした。不思議なやつだった。まるで生気が抜けていて死んでいるようだった。今思えば死んでいたのかもしれない。
 こいつは間違いなく俺と同じ能力者だと気づいた。

 
 落ちる………。相手から突き落とされて上にいる奴を見上げるのは初めてだった。上手いように騙されてしまった。奴は俺を殺そうとしている。その時にようやく澪が言っていたことがわかった。確かに俺たちは存在してはいけないものだ。こんな能力、最初から存在してはならなかったんだ。記憶をいじってまでこの能力の漏洩を阻止した奴の気持ちもなんだかわかった気がした。 

 自殺では死ねない人間か…………もっと早くわかっていればこんなことをすることもなかったのになぁ………。

 落ちていく中、唯一願ったはずの澪との心中が失敗したことを恨んだ。あの時に死んでいたら俺はこんなことにもならなかったのに………。

 俺はどこで間違ったのだろうか。今になって探しても無駄か。

 澪………。ごめん、俺はそっちにいけそうにないよ。


 end…。
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