19 / 28
シーズン2
episode7「Spirit」
しおりを挟む
あまりにもの事実に俺は現実に帰ってきた。いや、帰ってきたと言うか強制的に引き剥がされた感じだ。
「先輩……」
樒花は俺が書いた物語を読んで心底驚いた顔をしていた。しかし辻褄は合う、最近自分が関わる記憶を見て思うんだ。記憶の中では姉貴的の樒花が今俺のことを先輩と呼ぶ理由を、しかしわかったよ。俺はこの記憶の中で登場する中藤怜恩じゃなかったんだ。
もう一度言うと、俺は中藤怜恩でもなんでもない人間なのに俺は中藤怜恩を装って刑事をしていたんだ。
「知ってたのか?樒花……」
「すみません、黙ってて」
今まで俺の憶測であってくれと願っていた推理は、樒花による謝罪で確定してしまった。
「じゃあ誰なんだ!?俺は一体誰なんだよ!!」
「先輩落ち着いてください!!」
「こんな状況で落ち着いていられるか!!俺は一体…………」
つい熱くなってしまった自分に怯える樒花を見てようやく気づいた。その目には涙がこもっているのがわかった。そして俺は今更後悔し始める。
「すまない、俺が悪かった」
「いいえ……私が黙ってるのが悪かったの……」
いつも冷静な樒花がここまで感情を出しているのは初めて見た。
「本当は伝えようと思ってたの……でも先輩と一緒に過ごす時間は、本当に怜恩と一緒にいる気持ちになれて……ここで伝えたら先輩は壊れちゃうんじゃないかって怖かったの……もう二度と怜恩に会えなくなるんじゃないかって怖かったの……」
涙交じりに出す声はだんだん小さくなって、なんて言ってるか聞こえないぐらい掠れた声だった。多分彼女は本当の中藤怜恩のことが好きだったんだろう。だからあえて死んでしまった彼を名乗る俺に同調して彼の死を紛らわそうとしていたのだろう。
「そのままでいて欲しかったの……でも何処かで彼に本当のことを伝えた方がいいのかもって思って……わざと先輩呼びしたり、わざと記憶を見させたりしたの……でもあなたは怜恩の記憶を見るたびに彼に似ていく彼に染まっていくの……終いにはこのまま本当の怜恩になるんじゃないかって思ったの……でもそれじゃダメなんだって、私何を信じていけばいいのかってわからなくなって……」
彼女が相当葛藤したのがその短い言葉で伝わった。俺は行き場のない気持ちをどうすればいいのかと考えた。彼女だってしっかり考えていたんだ。俺だって考えないといけないのかもしれないな。
「先輩!?どこに!!」
「少し一人にさせてくれ、すぐ戻る」
俺は少し調べたいことがあり自室を出た。樒花も少し一人になる時間が必要だろう。お互い大変だからな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ガチャンと扉が閉まり憧れていた怜恩に似た誰か。顔は全然違うけど、記憶と性格だけそのままだった彼は自室から出て行ってしまった。私の失態によって彼に迷惑をかけてしまった。
「……嫌われちゃったかな」
一人ポツリと立つ部屋でそう一言だけ呟く。もちろん言葉は返ってくるはずがなく返ってくるのは静寂だけ。それがまた私がしてしまったことに対しての後悔と罪深さを見にしみさせてくる。
ギュッと苦しくなる自分の心。心というか心臓というかが、私の寂しさに連動して苦しくなるのを感じた。拳で自分の胸を叩いてみるが痛いだけ、心の苦痛は治らず痛みをさらに煽るだけ。
ずっと立っているのにも疲れて一休みにも近くにあった椅子に座る。いつもは目の前の席にいるはずの彼は今はいない。静寂の中で私は自問自答を繰り返した。
私は間違っていたのだろうか?死んだ彼に似た人を愛すのは間違っているのだろうか?いいや、彼は死んでいない今目の前にいる彼は怜恩本人だと思っていたのは間違っていたのだろうか?少なくとも自分の正しいように動いたと思っていた。けど彼は自分が自分ではないことを知らなかった。だからそれを知っている私が教えてやらないといけなかったのではないか。きっとそうだ。彼が今まで自分は自分だと信じて疑わなかったのはそれを注意しなかった私のせいだ。私が…………?
終わりそうのない自問自答をやめて椅子の背もたれにピッタリと背をつける。その後は上を眺めてみたり俯いてみたり意味の無い時間が続く。警察のみんなは今頃中尾の電話先に着いた頃だろう。そろそろ連絡が……。
ピリリッピリリッと部屋の端にある黒電話が鳴る。急いで受話器を耳に当て喋る。
「もしもし!?」
「もしもし?樒花、俺だ」
電話の相手は先輩だった。
「もう……大丈夫なんですか?」
恐る恐る聞いてみる。そのことについて怒ってるんじゃないかと正直怖かった。
「ああ、大丈夫だ。そっちも大丈夫か?」
しかし私の予想よりも本人の声は軽かった。意外と気にしていないのかな?
「何かわかったんですか?」
「ああ、俺自身が誰か、どういう経緯で今になったか全ての全貌が見えてきたよ」
その声はなんだか嬉しそうだった。私にはなぜだかわからないが彼が元気そうなら私もそれに合わせること。これが大事だと今は思った。
「聞いてもいいですか?」
そう聞くと、ああ。とだけ返してくれた。いつも通りの先輩だ。何事に対しても''ああ''ばっかりでよくわからない。感情が読み取れないっていうか……でも彼は''ああ''としか言わないが絶対に拒否はしない。私がどんなことを言っても絶対に否定はせずに、だけど容認もせず……やっぱり面倒臭い性格だ。怜恩と全然違う。
「あ………」
私はあることに気づき声を漏らす。
「ん?どうした?」
心配そうに彼は問う。でも大丈夫だ。もう迷わない。
「いいえ、なんでもないです」
それだけ伝えた。
なんだ……私はとっくの昔に気づいていたんだ。彼と怜恩が同じじゃないってことに。
シーズン2 エピソード7「精神」
「先輩……」
樒花は俺が書いた物語を読んで心底驚いた顔をしていた。しかし辻褄は合う、最近自分が関わる記憶を見て思うんだ。記憶の中では姉貴的の樒花が今俺のことを先輩と呼ぶ理由を、しかしわかったよ。俺はこの記憶の中で登場する中藤怜恩じゃなかったんだ。
もう一度言うと、俺は中藤怜恩でもなんでもない人間なのに俺は中藤怜恩を装って刑事をしていたんだ。
「知ってたのか?樒花……」
「すみません、黙ってて」
今まで俺の憶測であってくれと願っていた推理は、樒花による謝罪で確定してしまった。
「じゃあ誰なんだ!?俺は一体誰なんだよ!!」
「先輩落ち着いてください!!」
「こんな状況で落ち着いていられるか!!俺は一体…………」
つい熱くなってしまった自分に怯える樒花を見てようやく気づいた。その目には涙がこもっているのがわかった。そして俺は今更後悔し始める。
「すまない、俺が悪かった」
「いいえ……私が黙ってるのが悪かったの……」
いつも冷静な樒花がここまで感情を出しているのは初めて見た。
「本当は伝えようと思ってたの……でも先輩と一緒に過ごす時間は、本当に怜恩と一緒にいる気持ちになれて……ここで伝えたら先輩は壊れちゃうんじゃないかって怖かったの……もう二度と怜恩に会えなくなるんじゃないかって怖かったの……」
涙交じりに出す声はだんだん小さくなって、なんて言ってるか聞こえないぐらい掠れた声だった。多分彼女は本当の中藤怜恩のことが好きだったんだろう。だからあえて死んでしまった彼を名乗る俺に同調して彼の死を紛らわそうとしていたのだろう。
「そのままでいて欲しかったの……でも何処かで彼に本当のことを伝えた方がいいのかもって思って……わざと先輩呼びしたり、わざと記憶を見させたりしたの……でもあなたは怜恩の記憶を見るたびに彼に似ていく彼に染まっていくの……終いにはこのまま本当の怜恩になるんじゃないかって思ったの……でもそれじゃダメなんだって、私何を信じていけばいいのかってわからなくなって……」
彼女が相当葛藤したのがその短い言葉で伝わった。俺は行き場のない気持ちをどうすればいいのかと考えた。彼女だってしっかり考えていたんだ。俺だって考えないといけないのかもしれないな。
「先輩!?どこに!!」
「少し一人にさせてくれ、すぐ戻る」
俺は少し調べたいことがあり自室を出た。樒花も少し一人になる時間が必要だろう。お互い大変だからな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ガチャンと扉が閉まり憧れていた怜恩に似た誰か。顔は全然違うけど、記憶と性格だけそのままだった彼は自室から出て行ってしまった。私の失態によって彼に迷惑をかけてしまった。
「……嫌われちゃったかな」
一人ポツリと立つ部屋でそう一言だけ呟く。もちろん言葉は返ってくるはずがなく返ってくるのは静寂だけ。それがまた私がしてしまったことに対しての後悔と罪深さを見にしみさせてくる。
ギュッと苦しくなる自分の心。心というか心臓というかが、私の寂しさに連動して苦しくなるのを感じた。拳で自分の胸を叩いてみるが痛いだけ、心の苦痛は治らず痛みをさらに煽るだけ。
ずっと立っているのにも疲れて一休みにも近くにあった椅子に座る。いつもは目の前の席にいるはずの彼は今はいない。静寂の中で私は自問自答を繰り返した。
私は間違っていたのだろうか?死んだ彼に似た人を愛すのは間違っているのだろうか?いいや、彼は死んでいない今目の前にいる彼は怜恩本人だと思っていたのは間違っていたのだろうか?少なくとも自分の正しいように動いたと思っていた。けど彼は自分が自分ではないことを知らなかった。だからそれを知っている私が教えてやらないといけなかったのではないか。きっとそうだ。彼が今まで自分は自分だと信じて疑わなかったのはそれを注意しなかった私のせいだ。私が…………?
終わりそうのない自問自答をやめて椅子の背もたれにピッタリと背をつける。その後は上を眺めてみたり俯いてみたり意味の無い時間が続く。警察のみんなは今頃中尾の電話先に着いた頃だろう。そろそろ連絡が……。
ピリリッピリリッと部屋の端にある黒電話が鳴る。急いで受話器を耳に当て喋る。
「もしもし!?」
「もしもし?樒花、俺だ」
電話の相手は先輩だった。
「もう……大丈夫なんですか?」
恐る恐る聞いてみる。そのことについて怒ってるんじゃないかと正直怖かった。
「ああ、大丈夫だ。そっちも大丈夫か?」
しかし私の予想よりも本人の声は軽かった。意外と気にしていないのかな?
「何かわかったんですか?」
「ああ、俺自身が誰か、どういう経緯で今になったか全ての全貌が見えてきたよ」
その声はなんだか嬉しそうだった。私にはなぜだかわからないが彼が元気そうなら私もそれに合わせること。これが大事だと今は思った。
「聞いてもいいですか?」
そう聞くと、ああ。とだけ返してくれた。いつも通りの先輩だ。何事に対しても''ああ''ばっかりでよくわからない。感情が読み取れないっていうか……でも彼は''ああ''としか言わないが絶対に拒否はしない。私がどんなことを言っても絶対に否定はせずに、だけど容認もせず……やっぱり面倒臭い性格だ。怜恩と全然違う。
「あ………」
私はあることに気づき声を漏らす。
「ん?どうした?」
心配そうに彼は問う。でも大丈夫だ。もう迷わない。
「いいえ、なんでもないです」
それだけ伝えた。
なんだ……私はとっくの昔に気づいていたんだ。彼と怜恩が同じじゃないってことに。
シーズン2 エピソード7「精神」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
密室島の輪舞曲
葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。
洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。
虚像のゆりかご
新菜いに
ミステリー
フリーターの青年・八尾《やお》が気が付いた時、足元には死体が転がっていた。
見知らぬ場所、誰かも分からない死体――混乱しながらもどういう経緯でこうなったのか記憶を呼び起こそうとするが、気絶させられていたのか全く何も思い出せない。
しかも自分の手には大量の血を拭き取ったような跡があり、はたから見たら八尾自身が人を殺したのかと思われる状況。
誰かが自分を殺人犯に仕立て上げようとしている――そう気付いた時、怪しげな女が姿を現した。
意味の分からないことばかり自分に言ってくる女。
徐々に明らかになる死体の素性。
案の定八尾の元にやってきた警察。
無実の罪を着せられないためには、自分で真犯人を見つけるしかない。
八尾は行動を起こすことを決意するが、また新たな死体が見つかり……
※動物が殺される描写があります。苦手な方はご注意ください。
※登場する施設の中には架空のものもあります。
※この作品はカクヨムでも掲載しています。
©2022 新菜いに
月明かりの儀式
葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、幼馴染でありながら、ある日、神秘的な洋館の探検に挑むことに決めた。洋館には、過去の住人たちの悲劇が秘められており、特に「月明かりの間」と呼ばれる部屋には不気味な伝説があった。二人はその場所で、古い肖像画や日記を通じて、禁断の儀式とそれに伴う呪いの存在を知る。
儀式を再現することで過去の住人たちを解放できるかもしれないと考えた葉羽は、仲間の彩由美と共に儀式を行うことを決意する。しかし、儀式の最中に影たちが現れ、彼らは過去の記憶を映し出しながら、真実を求めて叫ぶ。過去の住人たちの苦しみと後悔が明らかになる中、二人はその思いを受け止め、解放を目指す。
果たして、葉羽と彩由美は過去の悲劇を乗り越え、住人たちを解放することができるのか。そして、彼ら自身の運命はどうなるのか。月明かりの下で繰り広げられる、謎と感動の物語が展開されていく。
声の響く洋館
葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。
彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。
駒込の七不思議
中村音音(なかむらねおん)
ミステリー
地元のSNSで気になったこと・モノをエッセイふうに書いている。そんな流れの中で、駒込の七不思議を書いてみない? というご提案をいただいた。
7話で完結する駒込のミステリー。
双極の鏡
葉羽
ミステリー
神藤葉羽は、高校2年生にして天才的な頭脳を持つ少年。彼は推理小説を読み漁る日々を送っていたが、ある日、幼馴染の望月彩由美からの突然の依頼を受ける。彼女の友人が密室で発見された死体となり、周囲は不可解な状況に包まれていた。葉羽は、彼女の優しさに惹かれつつも、事件の真相を解明することに心血を注ぐ。
事件の背後には、視覚的な錯覚を利用した巧妙なトリックが隠されており、密室の真実を解き明かすために葉羽は思考を巡らせる。彼と彩由美の絆が深まる中、恐怖と謎が交錯する不気味な空間で、彼は人間の心の闇にも触れることになる。果たして、葉羽は真実を見抜くことができるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる