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灰色の死の世界
桜篇 其の弐
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1
久しぶりの外へ出てみた。何だか気分が乗ったのだ。今までなら考えられなかったものだが、やはり色のついた人間に出会ったことが俺の中では大きな出来事だったに違いない。だってこんなにも俺の心は気分が昂っているのだから。
想像よりもぬっとした生暖かい空気が肌に当たる。入院した時に配布された患者服がやけに邪魔ったらしく肌に引っ付いてくる不快感、忘れていたが今は夏真っ最中改めて自分がエアコン環境にいることの幸福感を痛感する。
「どうですか?外の空気は」
そう聞く俺の横にいるのは看護師の二神和歌さんだ。俺と変わらないくらい短く切った髪、俗にいうボーイッシュってやつか。外に出ると俺が言ったら休憩中らしく、一緒に来たわけだ。俺の横で体を伸ばしたりしている。
「懐かしい匂いだ……稲の匂い、川の匂い。音もそうだ。川の流れる音、鳥の鳴き声、全部感じる。昔忘れた記憶がこうして蘇ってきそうだ」
ふふ、少し笑うと。ただでさえ俺の横にいて近かった和歌さんの体が、もっと近くまで近づいてくる。
「ようやく話してくれた。医長としか話さないから嫌われてるのかと思っちゃった」
そんなことかと少しため息をこぼす。まあ確かにずっとお世話になっていたのに俺はずっとダンマリなのは少しを通り越してとても失礼なことだった。
「別に和歌さんのことは嫌いじゃないよ。ただ何話せばいいのかわからなくて……」
「何だ、そんなことだったのね。まあ、センシティブな時期だからね」
安心したと胸を撫で下ろしている。自分が入院してからダンマリをし続けて看護師さんたちは近づいて来なくなった。でもただ一人、和歌さんだけはずっと俺のことを見捨てずにみてくれていた。それに気づいたのはここ最近のことで、彼女にも色が見えた気がする。男性の様な風貌をしているが、心は誰よりも繊細で女の子のかけらが残って見える桃色。
「ねえ、少し私の相談に乗ってくれないかな」
そう提案してきたのは和歌さんの方だった。断る理由もなく、俺たちは診療所のベランダと呼ばれる場所へと向かった。そこは木材で作られていて歩くたびに音が鳴る。目の前に三神中央川が流れていた。暑い夏風と川から流れてくる涼しい風が合わさってちょうどいい温度に感じられる。
「いい場所でしょ、ここ」
椅子を運んできながら和歌さんはいう。ベランダの真ん中に置かれた机と椅子が二つ、何だかカフェみたいね、と和歌さんは笑っていた。
「涼しい……」
一人呟く。聞き逃さずに和歌さんはにっこりと笑顔を作る。よく笑うひとだな。
「この川はね、三神村を上と下で分ける大事なものなの。村のみんなだって、この私だってこの川を見て育ったし、この川でよく遊んだわ。シンボル的立ち位置なの」
そうして俺こと桜と二神和歌の相談会が始まるのだった。
2
最初は本当に雑談だった。記憶はどうだとか、体調はどうだとか、村の事情とか、隣の家の人がどうとか、友達が……とかもう話の内容はめちゃくちゃでとにかくよく喋る人だと感じた。だからこそ退屈しないで、返事に困った時も笑って返してくれる。しかし和歌さんが色を変えたのはその後だった。
「桜さんって医長のことどう思う?」
さっきと同じ調子で喋ってはいたが明らかに動揺して見えた。何事かと思う前に少し顔が赤らんで見えたため何となく理解する。
「別に何とも思ってない」
俺の顔を覗き込む。少々顔を伏せぎみにした。
「それならいいんだけど、ちょっと聞きたいことがあるの……」
本人が口を開けるよりも前に、なぜだか聞きたくなってしまったことを聞きてしまった。反射的に出たため自分でも驚く。
「もしかして……好きなんですか?」
瞬間、俺の口を和歌さんは両手を使って押さえた。反応的にこういうことは下手にいうものではないのかと学習する。何とか説得して手を外してもらえた。
「桜さん、いつも医長とばかり話してるから好きなんじゃないかって……」
「いやいや、そんなことないですよ…」
次は自分の顔に両手を当てて顔を隠す様にしていた。さっきからなかなか顔を見せないがきっと赤くなっているのには違いないだろう。自分の中で竜胆先生について考えてみる。でもやはりそういう好きという感情は出て来なかった。
「お似合いだと思うよ」
この前読んだ恋愛小説とやらの内容から学んだ言葉で返してみた。ハッとした顔で俺の顔をみる和歌さん。
「本当に……本当に似合ってる?」
「うん……似合ってる」
ここは小説でも出なかった場面で言葉が詰まるが、何とか絞り出した言葉で答える。
「でも、だめなんだ」
「え……どうして?」
「医長私のこと嫌いだから……昔ね、私性格悪くて学校でも有名な不良生徒だったの。その時にいじめてた子がr医長の友達で私一発殴られたんだ。最初はムカついたけど更生しようって思えるきっかけを作ってくれたの。だから其の時染めてた髪も全部切って今に至るってわけなの。だから医長は私を好きにはなってくれないわ」
全部話してもう吐くものがないと言わんばかりにため息を数回繰り返し吐き出す。そうこうしているとベランダの前に一台の車が止まる。中に乗っていた人物はもちろん竜胆先生だった。
「誰だか俺の噂してる奴いただろ。さっきからくしゃみが出て止まらんのよ。……というか、珍しいな。桜外に出てるなんてな」
「はい、出たいと言っていたので私が付き添って出てたんです」
さっきまでの和歌さんはおらずとっくにいつもの看護師さんみたく真面目そうな性格になっていて俺の報告をした。
「ああ、そうだったのか。ご苦労だった」
「医長は、今までどちらに?」
エンジンを止めると車から荷物を下ろして鍵をしめた。
「割と深刻な事情だ。向こうをみてみろ」
竜胆先生が指を刺した先にあったのは学校だった。森の生い茂りや建物があって少し見えなかったが、かすかに赤く光っているのがわかる。一番に反応したのは和歌さんだった。
「もしかして……警察?」
うんと頷く竜胆先生はタバコを吹かしていた。普通のタバコではなく何だか甘い匂いのする煙だった。自分は煙がかなり苦手らしいすぐにむせてしまい涙目になる。
「ああ、今日学校に用があってな。その先で少し事件があった。女子生徒が一人殺されたんだ」
「殺されたって、本当ですか……?」
「本当だよ。天月さんの娘さんだ。ここの交番だけでは手が負えないらしいから、鯨鮫さんに隣町の警察署から援護を呼んでもらったんだ。これじゃあ、明日には村中で大騒ぎだぞ……」
「天月の娘って、まさか允ちゃんですか?」
「何だ、知ってるのか?」
「家が隣同士で、よくあっていたんです。まさか彼女が……」
天月允……知っている名前みたいだ。微かに記憶の奥底に眠る学生生活の思い出や嫌な思い出が彼女の名前によって刺激される。彼女と俺の関係性は如何なるものだったのだろうか?天月本人が死んでしまった以上、調べる方法は一つしかないだろう。
久しぶりの外へ出てみた。何だか気分が乗ったのだ。今までなら考えられなかったものだが、やはり色のついた人間に出会ったことが俺の中では大きな出来事だったに違いない。だってこんなにも俺の心は気分が昂っているのだから。
想像よりもぬっとした生暖かい空気が肌に当たる。入院した時に配布された患者服がやけに邪魔ったらしく肌に引っ付いてくる不快感、忘れていたが今は夏真っ最中改めて自分がエアコン環境にいることの幸福感を痛感する。
「どうですか?外の空気は」
そう聞く俺の横にいるのは看護師の二神和歌さんだ。俺と変わらないくらい短く切った髪、俗にいうボーイッシュってやつか。外に出ると俺が言ったら休憩中らしく、一緒に来たわけだ。俺の横で体を伸ばしたりしている。
「懐かしい匂いだ……稲の匂い、川の匂い。音もそうだ。川の流れる音、鳥の鳴き声、全部感じる。昔忘れた記憶がこうして蘇ってきそうだ」
ふふ、少し笑うと。ただでさえ俺の横にいて近かった和歌さんの体が、もっと近くまで近づいてくる。
「ようやく話してくれた。医長としか話さないから嫌われてるのかと思っちゃった」
そんなことかと少しため息をこぼす。まあ確かにずっとお世話になっていたのに俺はずっとダンマリなのは少しを通り越してとても失礼なことだった。
「別に和歌さんのことは嫌いじゃないよ。ただ何話せばいいのかわからなくて……」
「何だ、そんなことだったのね。まあ、センシティブな時期だからね」
安心したと胸を撫で下ろしている。自分が入院してからダンマリをし続けて看護師さんたちは近づいて来なくなった。でもただ一人、和歌さんだけはずっと俺のことを見捨てずにみてくれていた。それに気づいたのはここ最近のことで、彼女にも色が見えた気がする。男性の様な風貌をしているが、心は誰よりも繊細で女の子のかけらが残って見える桃色。
「ねえ、少し私の相談に乗ってくれないかな」
そう提案してきたのは和歌さんの方だった。断る理由もなく、俺たちは診療所のベランダと呼ばれる場所へと向かった。そこは木材で作られていて歩くたびに音が鳴る。目の前に三神中央川が流れていた。暑い夏風と川から流れてくる涼しい風が合わさってちょうどいい温度に感じられる。
「いい場所でしょ、ここ」
椅子を運んできながら和歌さんはいう。ベランダの真ん中に置かれた机と椅子が二つ、何だかカフェみたいね、と和歌さんは笑っていた。
「涼しい……」
一人呟く。聞き逃さずに和歌さんはにっこりと笑顔を作る。よく笑うひとだな。
「この川はね、三神村を上と下で分ける大事なものなの。村のみんなだって、この私だってこの川を見て育ったし、この川でよく遊んだわ。シンボル的立ち位置なの」
そうして俺こと桜と二神和歌の相談会が始まるのだった。
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最初は本当に雑談だった。記憶はどうだとか、体調はどうだとか、村の事情とか、隣の家の人がどうとか、友達が……とかもう話の内容はめちゃくちゃでとにかくよく喋る人だと感じた。だからこそ退屈しないで、返事に困った時も笑って返してくれる。しかし和歌さんが色を変えたのはその後だった。
「桜さんって医長のことどう思う?」
さっきと同じ調子で喋ってはいたが明らかに動揺して見えた。何事かと思う前に少し顔が赤らんで見えたため何となく理解する。
「別に何とも思ってない」
俺の顔を覗き込む。少々顔を伏せぎみにした。
「それならいいんだけど、ちょっと聞きたいことがあるの……」
本人が口を開けるよりも前に、なぜだか聞きたくなってしまったことを聞きてしまった。反射的に出たため自分でも驚く。
「もしかして……好きなんですか?」
瞬間、俺の口を和歌さんは両手を使って押さえた。反応的にこういうことは下手にいうものではないのかと学習する。何とか説得して手を外してもらえた。
「桜さん、いつも医長とばかり話してるから好きなんじゃないかって……」
「いやいや、そんなことないですよ…」
次は自分の顔に両手を当てて顔を隠す様にしていた。さっきからなかなか顔を見せないがきっと赤くなっているのには違いないだろう。自分の中で竜胆先生について考えてみる。でもやはりそういう好きという感情は出て来なかった。
「お似合いだと思うよ」
この前読んだ恋愛小説とやらの内容から学んだ言葉で返してみた。ハッとした顔で俺の顔をみる和歌さん。
「本当に……本当に似合ってる?」
「うん……似合ってる」
ここは小説でも出なかった場面で言葉が詰まるが、何とか絞り出した言葉で答える。
「でも、だめなんだ」
「え……どうして?」
「医長私のこと嫌いだから……昔ね、私性格悪くて学校でも有名な不良生徒だったの。その時にいじめてた子がr医長の友達で私一発殴られたんだ。最初はムカついたけど更生しようって思えるきっかけを作ってくれたの。だから其の時染めてた髪も全部切って今に至るってわけなの。だから医長は私を好きにはなってくれないわ」
全部話してもう吐くものがないと言わんばかりにため息を数回繰り返し吐き出す。そうこうしているとベランダの前に一台の車が止まる。中に乗っていた人物はもちろん竜胆先生だった。
「誰だか俺の噂してる奴いただろ。さっきからくしゃみが出て止まらんのよ。……というか、珍しいな。桜外に出てるなんてな」
「はい、出たいと言っていたので私が付き添って出てたんです」
さっきまでの和歌さんはおらずとっくにいつもの看護師さんみたく真面目そうな性格になっていて俺の報告をした。
「ああ、そうだったのか。ご苦労だった」
「医長は、今までどちらに?」
エンジンを止めると車から荷物を下ろして鍵をしめた。
「割と深刻な事情だ。向こうをみてみろ」
竜胆先生が指を刺した先にあったのは学校だった。森の生い茂りや建物があって少し見えなかったが、かすかに赤く光っているのがわかる。一番に反応したのは和歌さんだった。
「もしかして……警察?」
うんと頷く竜胆先生はタバコを吹かしていた。普通のタバコではなく何だか甘い匂いのする煙だった。自分は煙がかなり苦手らしいすぐにむせてしまい涙目になる。
「ああ、今日学校に用があってな。その先で少し事件があった。女子生徒が一人殺されたんだ」
「殺されたって、本当ですか……?」
「本当だよ。天月さんの娘さんだ。ここの交番だけでは手が負えないらしいから、鯨鮫さんに隣町の警察署から援護を呼んでもらったんだ。これじゃあ、明日には村中で大騒ぎだぞ……」
「天月の娘って、まさか允ちゃんですか?」
「何だ、知ってるのか?」
「家が隣同士で、よくあっていたんです。まさか彼女が……」
天月允……知っている名前みたいだ。微かに記憶の奥底に眠る学生生活の思い出や嫌な思い出が彼女の名前によって刺激される。彼女と俺の関係性は如何なるものだったのだろうか?天月本人が死んでしまった以上、調べる方法は一つしかないだろう。
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