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第11話

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「どうなってんだ?」

 背後にハイファの気配を感じて呟く。

「さあね。リモータに発信入れたけど、出ようとしないんだよね」

 こんな所でボーッとしていてもいいことはない、ハイファはシドを署へと促した。戻りながら周囲を見渡したが、ビルの谷間にも灰色のスーツ姿はない。

「よそのビルに間違って入っちゃったんじゃない?」
「まさか……いや、可能性は否定できねぇな」

 何気なく仰ぎ見る。超高層ビル群と、それらを串刺しにして繋ぐ通路のスカイチューブが夕方近い薄い色の空を切り取り分断していて、無論そんな所に飛んでいる筈もない。

「貴方、別にタナカさんのパパじゃないんだから、そんなに心配しなくても」
「まあ、向こうもいい大人だしな」

 言いつつシドはまだ心配しているようだ。大人だから心配なのだろう。何処かで壺だの絵画だのを売りつけられているんじゃないか、などと考えているらしい。

「とにかく課長に指示を仰ごうよ、ね?」

 仕方なく機捜課のデカ部屋に戻るとすぐに定時となり仲良く深夜番のケヴィン・ヨシノ組以外はデジタルボードの自分の名前の欄に『自宅』と入力して帰って行った。

「課長、タナカはどうします?」

 薄情にも帰ろうとしたヴィンティス課長を捕まえてシドは訊いた。訊かれた課長はミソスープのアサリの砂を噛んだような顔をした。

「いい大人なんだ、明日まで様子をみようじゃないか」
「それだけですか?」
「新人だからといって特別扱いをする必要はない。喩えキミが消えてもわたしは失踪一時間で全署員を動員してローラーをかけたりはせん」

 言われてみれば尤もで、シドは引き下がるしかなかった。

「まあ、わたしも気に留めておく。もう明日にしたまえ」

 それだけ言うと課長はデカ部屋から出て行ってしまった。

「シド、タナカさんをロストしたのは貴方のせいなんかじゃないよ。帰ろ?」

 対衝撃ジャケットをシドが羽織ると二人揃って深夜番に挨拶をする。
 ちなみにシドは単独時代から遊撃的な身分として扱われてどの班にも属さず、深夜番からも免れていた。
 何も優遇されているのではなく班に属さないのは特定人員だけに負担が掛かるのを防ぐため、深夜番に就かないのは真夜中の大ストライクで非常呼集というのを課長以下課員一同が恐れるためだ。
 シドのバディとしてハイファも同様だった。

 デジタルボードに『自宅』と入力し、シドは新人の名がまだ『在署』となっているのを眺めてからデカ部屋を出る。署のエントランスを抜けると二人は右方向に向かって歩き出した。単身者用官舎ビルはここから七、八百メートルの場所に建っている。

 だがしなやかな足取りで歩きながらもシドは背後の署の向こうを気にしてしまう。
 明るい金のしっぽを揺らしてシドと肩を並べながらハイファが首を傾げた。

「貴方、どうしてそこまで心配するのサ?」
「そんなにおかしいか?」
「うーん、ちょっと変かも。同じ旧東洋系だから?」

「そんなので肩入れしたりしねぇよ」
「じゃあなんで?」
「いや。自分で言うのも何だが今日は出勤以外で一件しかぶち当たってねぇよな?」

「もしかして『タナカさんロスト』は事件性があるって言いたいの?」
「ん、まあ、可能性だがな」
「それでもソレは貴方のせいじゃないし……」

 要は本人が非常に鈍臭いのが原因だとハイファは暗に匂わせる。シドは笑った。

「アレでもペーペーの頃のヤマサキよりはずっとマシなんだぜ?」
「えっ、本当に?」
「あれはマジで俺もキレた。何度張り倒して蹴り飛ばしたか分からん。けどな、あいつのときは途中で放り出したりしなかったんだ」
「ふうん、そっか――」

 それでパパの気持ちになっているという訳だ。ハイファは納得する。しかしだからといってできることは限られている上に本当に相手は大人なのだ。

「明日になったら『いやいや、どうも』って出てくるよ」

 根拠のない薄愛主義者の安請け合いにシドはポーカーフェイスで頷いた。

「今日は主夫の買い物はどうすんだ?」
「んー、昨日結構買ったからいい」

 見上げれば丁度、スカイチューブに色分けされた衝突防止灯が点灯したところだった。周囲を埋める超高層ビル群の窓の灯りとともに、鈴なりの航空灯は季節外れのクリスマスイルミネーションのように騒々しい。

 官舎の根元に辿り着くと、リモータチェッカとX‐RAYサーチのセキュリティをクリアして、一人につき五秒だけオープンする防弾樹脂製のオートドアを二人はくぐった。
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